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観聞噺  作者: 五位鷺
第二章 楽しんで地獄へ行くか、苦しんで極楽へ行くか
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第八話 うろ覚えの無花果風味

 ベルの音が鳴ると同時にエレベーターの降下が止まる。

 扉が開く。

「さ、着いたわ」

(めぐる)さんがさっさと降りる。僕も後に続く。

 まず目に入ったのは、本棚。本棚本棚本棚本棚。どこもかしこも本が一杯に詰まった本棚だらけ。

「まずここは、まあ見ての通り、大図書室。それ関連の資料しか無いけれど、広さと量ならきっと全国一よ」

というか、そういえばここ、山の中なんですよね。山がまあ見事にくりぬかれてるよねコレ。ねえ、ちょっと。

 巡さんはスタスタと奥へさっさと行ってしまうので、僕は見失わないよう追いかける。

「今夜はとりあえず、ここでみっちり基礎勉強かしらね」

「あれ? さっき(前回の最後辺り)は何か、全部案内するような言い方でしたけど?」

「だって面倒なんだもの」

あっさりと。

「面倒って……」

「まあまあいいじゃないの」

「そうですって。男の子は神経質だと嫌われますよ?」

痛いとこ突かれた。

「そうですかねえ、自分的にはそこまで神経質だとは思ってないんですけどね」

「自分では気づかない部分だってありますよ。だからこそ、普段からそういうのは気にするべきですって」

むう。そうなのか。

「じゃあ、どうすればいいんですかね?」

「う~ん……少しくらい大雑把になってみては? 気が楽になりますし、大雑把なほうが、男の子らしいですよ。昔から元気な男の子は人気ですって」

「そうなのですか……!?」

「あら、どうなされました?」

「……誰!?」

いやホント誰!?

 何? え、怖い! 何か怖い!

「ああ、そういえば、自己紹介がまだでしたね。つい、いつもの通り会話に混ざってしまいましたね」

「あまりにも綺麗に入り込んできたから違和感が全く無かったですよ」

「ふふ♪ 初めまして見習いさん。私はこの図書室の司書を務めさせて頂いている、百目鬼 和泉(どうめき かせん)と申します。お気軽にわーちゃんやいずみちゃんとでもお呼び下さいませ」

和泉さんは軽くお辞儀をする。

 和泉さんは、真っ白いその長髪を右に纏めて縛っている。サイドテイルというやつか。左側には鬼みたいな手を模ったような不気味なかんざしを挿している。髪の毛は白髪ではなく、染めているわけでもないようだ。銀色に近い白というか何というか。そんな色だ。

 着ているのはまあ何とも動き辛そうだが、綺麗な十二単。

 そしてお顔はまたしても美人さん。美人が揃いすぎている。作者の好みか。いや、作者はケモナーだ。ただのド変態だ。そのうちお涼さん(猫バージョン)見ただけで鼻血出すだろう。

 それはさて置いて。

「和泉はここにある本、全部暗記してるから、読みたい資料を言えば十秒経たずに持って来てくれるわよ」

「いやいやそんな」

「あれとあれとあれとあれとあれにそれに、ああ、あれとあれと……あれにそれもお願い」

巡さんは難しい? 題名の本を次々言う。数十冊くらい。

「もう取って来ましたよ」

「有難うね」

「早っっ!!」

それを巡さんが言っている途中でもう取ってきていた和泉さん。

 どこぞの吸血鬼が住んでそうなお屋敷のメイド長みたいな能力でも持っているというのだろうか。

 瀟洒か。瀟洒なんだな!?

「あ、ちなみに和泉は人間じゃないわよ。ナイフも持たないわ」

「そうだろうと思いました。ナイフは持ちませんか」

まあ、そうだろうね。うん。そうだと思ったよ。

「ええ、私は文車妖妃(ふぐるまようひ)という(あやかし)です」

百々目鬼(どどめき)じゃないのよねえ、残念な事に」

「名字が百目鬼だからって、それは酷い」

妖怪やら何やらの事に詳しい人ならば、直ぐ解るのであろうが、僕には全然解らない。

「その、文車妖妃というのは……」

「ん? ああ、そういうのは後回し。とりあえず、今夜はこれ全部読みきって更に理解してもらうわよ」

どんと机に積み上げられた、数十冊もの本。

 僕は、気絶したくなった。






 翌朝。いや、翌晩。というか二日後二十八日の午前二時。

 僕が巡さんに指定された本を読みきったのはほんの五分前のこと。

 最早眠気も疲労も無い。感じないほど眠いし疲れている。

「お疲れ様です」

和泉さんが僕の前にいかにも温かそうな湯気の立っている湯呑み茶碗と赤とピンクの間の色をした羊羹がのったお洒落な小皿を置く。

 僕は一言お礼を言うと、湯呑み茶碗に入った緑茶を飲む。温まる。

「この、羊羹は……」

小皿の上の羊羹を見る。

 見たこと無い色の羊羹である。

「ああ、それは無花果(イチジク)の果肉や果汁に餡子を混ぜ合わせたものを使って作った、特製の羊羹です」

「ほう。それはそれは」

実は僕、無花果を食べた事が無い。どういう味なのかも知らない。

「お(りょう)ちゃんと一緒に、試しに作ってみたものですので、御口に合いますかどうか……」

とりあえず一口。

 とりあえずは甘い。うん。そして美味しい、のだろう。

 無花果の素の味を知らないから、無花果の中でも甘いほうなのか、とかそういうのは全く解らない。

 だけど、美味しいのは美味しいので。

「ぅん、美味しいですよ」

と、正直に感想を言う。

「まあ! それは良かった♪」

手を合わせ、とても嬉しそうに笑う和泉さん。ううむ。うむ。

「それはそれとして」

ずうっと気になっていることがあった。

「先程から、巡さんの姿が見当たらないんですけど」

補足しておくが、今言った先程=十二時間前の事だ。

 僕が訊くと、和泉さんは。

「ああ、お嬢様なら、眠くなったから明日まで眠ると」

「あンの野郎……ッ!!」

こっちが約二日間一睡もしていないというに!!

 と、文句を言いたいのは山々であったが、先述の通り、約二日間一睡もしていないので、とても眠い。今になって眠くなってきた。

 ふわあと大きな欠伸をする。

「ふふ♪ あらあら。お疲れでしたら、この奥に私の部屋がありますので、少しお休みになされては?」

「……それなら、そうさせて、もらいます……」

「お布団を敷いて参りますので、少し待っていて下さいね」

そう言うと、和泉さんは奥へと消えていった。

 眠りかけの意識で、ふと思い出す。

 二日前、僕が見た異形。そのことを巡さんに話すのをすっかり忘れていた。

 あの、牛のような鬼のような、それでいて、今思えばどういうわけか、微かに女性のような雰囲気を持った、あの。

 でも、まあ、いいか。

 決して良くは無いのだろうが、兎に角僕は眠りたくて、考えるのを放棄した。






 十二月三十日。大晦日の前日。

 僕はお涼さんに買い物を頼まれ、部活帰り、近所のスーパーに立ち寄った。

 そしてその帰り。

 僕はベンチに座っている。

 時刻は十一時二十七分。もうすぐ正午だ。

 此処は第三公園。第二公園とはまた別の場所にある公園だ。第二公園よりは少し小さい。

 前にも言ったが、第一は無い。だが第四まではある。何とも不思議だ。

 微妙に高い(標高が)現在の自宅へ帰る前に、僕はひとまず休憩をしていた。

 気温は十度を下回っている。マフラーと手袋をしていても、寒い。

 そんな寒い中、幼稚園から小学校低学年くらいの小さな子たちが、一箇所に集まって座っていた。

 その先には、一人の青年がベンチに座っている。

 どうやら絵本を読み聞かせしているようだった。

 物好きなものだ。

 本の題名はなんだろうか。僕は双眼鏡でそれを見る。この時点で僕は通報されても仕方ない気がするのだが。

 題名は、ハーメルンの笛吹き。やめろよ。

 やめろよ。

 僕は何となく、ここに居るのが厭になって、あの山に向かって自転車を走らせる。

 奇妙な笛の音が聞こえた気がした。

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