第七話 帰れる場所在り
茨城県と埼玉県の境。河川の規模としては日本最大級の利根川に、僕、九十九 肇はいた。
何故かと言えば、それはお見舞いの帰りである。
高木 健。
僕の昔からの友達であり、どこかお調子者で憎めない奴。
そんな高木は、猫に憧れる鼠に憑かれていた。
いや、高木がそれを自ら生み出し、鼠に成ったのだ。
一週間ほど前、そんな鼠の事件が終わった。たった二日間の出来事だ。
鼠が消え去った後、高木は意識不明のまま、今も病院で眠っている。
鼠を消し去ったあの女性が言うには、高木は鼠に存在ごと蝕まれていたらしく、その後遺症だとのことらしい。三週間あれば意識は戻るとも言っていた。
まあ何にせよ、僕は高木のお見舞いをした帰りだ。ここにいるのも、その病院が茨城県にあったからだ。
ただ、それだけだ。
腕時計を見る。時刻は十六時四十三分。
そして今日は十二月二十六日。
もう薄暗い。
一昨日は、あの二人の喧嘩を止めた後、三人で買い物に行き、その晩は軽く豪華な食事をした。
後日談よりも、今は今だ。
今日はお見舞いから帰ったら、大掃除を手伝う事になっている。急がないとまずい。
僕は自転車(ちなみにママチャリ)に乗り、ペダルに足を掛ける。
ふと、川に目がいく。静かな水面である。
目が合った。魚とではない。
水面から、牛のような鬼のような、つまりは、異形の顔がぬうと出てきて、僕と目が合ったのだ。
「あ」
僕は一言だけ言うと、何も無かったかのように、其処から離れる。
ペダルを漕いで、永久町方向へと向かう。
ざっぱああん。水飛沫が上がる音。しかも大きい。
後を振り返るな振り返るなと自分に言い聞かせ、進もうとする。
だがそれでも気になって振り返るのが人間としての性。僕は後を振り返る。
案の定、そこには今さっきのあの顔が。その胴体は一番前の獣のような足を除くと、胴は蜘蛛のそれであった。大きさは6~8mか。
牛に蜘蛛と、更に鬼を掛け合わせたような怪物は、ゆっくり、ゆっくりと足を進め、こっちに近づいてくる。
じゅるり。
怪物が発した唯一の音。
あ、食われる。
僕は兎に角ペダルを漕いで、死に物狂いで帰宅へ急ぐのだった。
ぜえぜえと息を切らし、自転車を停める。
息が切れているのは、先の怪物の所為ではない。多少はあるけど。
その原因は、ここまでの道のりである。
この裏山は基本立ち入り禁止。だが、柵とかそういうのは無いので、別に入れないわけではない。
江戸時代くらい昔は別の村かなんかとを行き来する為? に道も舗装されていて、今もその跡があるから道とかは大丈夫なのだ。
問題は、高い。
そう、高い。他の山と比べればそう高いわけではないのだが。
因みに標高341m。栃木県栃木市の太平山と同じだ。だから、小さい部類だ。
けれど、高い。学校の裏山じゃねえよこれ。だって333mより高いもん。
とりあえず、疲れる。それが言いたい。
そして山頂にあるこの屋敷。無駄で変で悪い意味での和洋折衷。
僕の今の帰る場所。
それがここだ。
僕は引き戸をガラガラと開ける。
「ただいま帰りましたー」
靴を脱いで、居間に向かう。
良い匂いと、コンコンコンと響きの良い音が聞こえる。
障子を開ける。畳張り、中央には卓袱台。チャンネル回す式のテレビジョンアンテナ付き(地デジのチューナーはしっかり取り付けてある)。もう慣れたが、最初は一瞬、今平成? それとも昭和20~30年代? と、かなりパニックになった。
僕は荷物を箪笥の脇に置いて、座る。胡坐は、一応出来る。
「あら? お帰りなさいなのですょ肇くん♪」
「ただいまっ」
ひょこっと台所から顔を覗かすのは、お涼さん。
いつもはそのままの髪を、今日はポニーテイルにしている。
三角巾を頭にして、割烹着姿。夜ご飯の準備中らしい。
猫目の美人さん。だが、その正体は人間ではない。
五徳猫という、俗に言う妖怪だ。
「お涼さん、今夜のご飯は?」
「今夜は、鯖の味噌煮にけんちん汁なのです」
「分かりました、それで、えと、大掃除……」
「ああ! とっくのとうに終わらせたのです。肇くんもお見舞い行っていたので」
何だか悪い。
「す、すみません」
「いいのですよって。それよりも……」
何かお涼さんがやっている。何かを。
「じゃん! どうですか、にゃ?」
お涼さんの頭から生えた三毛猫耳。しっかりと二股の尻尾も出ていた。
そして極めつけの、にゃん♪ ポーズ。
「最近巷ではこういうのがブームとか。獣人娘とか、言うらしいですね。これで更に猫顔で体毛生やしたり、猫そのものだとメスケモ、とか」
それはブームには決してなっていない!!
最近異様に増えだした極一部の変態達の幻想だ!! あと作者の!!
確かに超絶可愛いですが!!
確かに超絶可愛いでs(ry
確k(ry
「肇くん、これ、どう思いますか、にゃん?」
服従の態勢で上目遣い。
バタンッ!! と、何かが床に倒れる音。
ただ、誤解されるとアレなので、先に言っておく。
僕ではない。押し倒してたりしない。してない。
そしてこれはきっと全年齢対象のネット小説だ。
真相は、ただ、僕の肩にしがみつこうとしたお涼さんを、白と黒の和服女性が思い切りドロップキックしただけだ。
お涼さんは部屋の端で伸びている。
「ふう。全く、どこからそんな変な情報を仕入れたのやら……大丈夫?」
「僕は大丈夫です」
お涼さんが大丈夫じゃないです。血が出てますって。ほら、ほら。
この人は、永久 巡さん。
僕を助け、鼠を消し去った張本人。そして僕の今現在の仮保護者。
ついでに今年でまだ二十一だ。
巡さんはいつもの和服。髪はこれまたいつもどおりのショートボブ。
化粧はしていない。それでも十人が九人振り返るレヴェルの美人だ。
お涼さんは十人が十人振り返って三回見てからさらに十人呼んで来るレヴェル。
そして十人どころか百人無視する、この僕。
アンバランスすぎる。
それはさて置いて。
「巡さん、ただいま帰りました」
「お帰り、九十九君」
挨拶がまだだった。
何とかお涼さんを起こし、あと慰めて、そして夕食後。
年末の特番もあまり面白くない。自分に宛てられた部屋に戻ろうかと思ったとき。
「九十九君。お勉強の時間よ」
巡さんに呼ばれた。
先程は付け忘れたが、巡さんは僕の保護者兼、師匠でもある。
世に蔓延る妖しき輩と対峙することを生業とする『祓妖会』に属する巡さんに、無理を言って、僕もその見習いとして、活動する事になった。
就活しなくてもいいから、後々楽だ。
だが、その道は楽じゃあない。らしい。
だからと言って、後戻りは出来ない。
僕は、日常から堕ちていく道を選んだのだ。
「さてと、ではではお勉強の時間という事で。この屋敷の地下、祓妖会北関東支部へと向かいましょう」
巡さんが普段事務作業をこなす、書斎。その奥。
本棚を横にずらすと、エレベーター(レトロなやつ)が。
「ほら、行くわよ」
巡さんに急かされ、エレベーターに乗る。
巡さんがボタンを押すと、エレベーターは、降下していった。