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観聞噺  作者: 五位鷺
第一章 日常から堕ちて
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第五話 悔やむのは弱いから


「何だ、これ?」

僕は思わず言う。

 不快なあの音が、他の方角より弱い方へと歩いてきて。

 そして、その音が途端に途切れる。其処は。

 住宅街のとある一角、一際異彩を放つ建物。

 今にも崩れそうな穴だらけの屋根、シロアリやら何やらに食われてスカスカの柱、役割を果たせていない壁のようなもの。それでも、ギリギリ小屋というような。

 僕たち三人が行き着いた場所には、それがあった。

 (めぐる)さんが、無言のまま、それに近づいていく。

 そして、扉らしきものの前で止まり、此方を振り向かずに言った。

高木 徹(たかぎ とおる)、高木 園子(そのこ)、高木 (はじめ)、高木 総二(そうじ)、高木 賢太(けんた)、高木 (いつき)。今月十二月の一日に、この六人は、きっちりというような風に、亡くなったわ。病死よ。それも、全員同時にね。県の新聞でも一面を飾った奇怪な出来事だったのだけれど……知らなかった?」

知らないも知っているも、僕は新聞を読まない。インターネットも利用しない。テレビジョンもあまり観ない。それに観るのは刑事系のドラマぐらいだ。だから、知らなかったのだろう。

 高木の家族が死んだ、という事など、どうでもいい(・・・・・・)

 その時は、確かにそう、思っていた。

「高木家の五男、健は、母親の弟に引き取られたみたいだけれど。幼い妹二人(・・)も一緒に」

巡さんは扉らしきものを蹴り飛ばして開け、中へ入っていく。お(りょう)さんも続く。

「ちょ、二人とも、不法侵入ですって!!」

そう言いながら、僕も二人の後に続いて中に入っていく。




 巡さんが懐中電灯を点ける。

 中は外よりも暗い。懐中電灯の光だけが頼りだ。

 一歩歩く度、床らしきものが、ギイと音をたてる。今にも崩れそうなのは、確か。

「……九十九(つくも)君。シュレーディンガーの猫って知ってる?」

聞いた事だけはある。けれども、それが何なのかは、知らない。

「知らないなら、後でしっかりと勉強する事ね。もしくは、ネットで検索なさい」

何が言いたいのか、相変わらず解らない人だ。

「この袋の中にはね、人肉を干したものが入っているのよ」

突然そう言って、巡さんは懐から取り出したらしい巾着袋を開けて、中に入っていた干し肉のようなものをひょいと自身の口に入れ、もぐもぐと噛む……って。

「ちょ、ななな何してるんですか巡さん!! そそそそれはじじじ!!」

今人肉と言っていた、干し肉……!!

「んぇ? 何よ、ビーフジャーキー、食べちゃ駄目なの?」

九十九君も食べる? と、巡さんは僕にも巾着袋を差し出す。

「び、ビーフジャーキー?」

「そ。ビーフジャーキー。私、下戸なんだけど、おつまみは大好きなのよね。さきいかとかチー鱈とか。ほら、食べないならしまうわよ」

僕は巾着袋からビーフジャーキーを取り出して、食べる。美味い。美味い。

「私がそう言うまでは、君にとってこれは人肉だったんだけどね。確認しなきゃ、判らない。確認するまで、それは得体が知れない。箱の中に猫と毒ガスを入れて蓋を閉めても、開けて確認しなければ、猫は永遠に生き続ける。なら、籠に入った子猫は、誰が育てるのかしらね」

「はい?」

何が言いたいのだろう。

「……あった」

巡さんは、部屋の隅、台か何かを見ている。

「二人とも」

手招く。暗くて殆ど判らないが。

 懐中電灯の光はその台を照らしている。

 僕とお涼さんは巡さんの隣に立つ。

「これ、見なさいな」

巡さんが指差す。其処にあったのは。

 人形。赤子の人形である。

 四つあり、その内二つはもう二つより少し小さい。

「大きい方が、加奈(かな)ちゃんと佳代(かよ)ちゃん。一寸小さい方が、美紀(みき)ちゃんと美香(みか)ちゃんよ」

「この、人形の名前が?」

「彼の妹達の名前よ。彼、高木 (たける)の、ね」

やはり。そうか。

「……家族六人が死に、高木 園子の弟に引き取られた形式として、彼達はここに住んでいたのよ」

「形式として?」

「引き取られる前日、その叔父も死んだわ」

そんなことが、有り得るか?

「ほ、ほかの親戚は……」

「高木夫婦それぞれの両親もその親も、一人っ子でね。二年前までに皆亡くなっているわ」

「そんなことが……!!」

「有り得るわよ。普通に。一秒で絶えた一族だっているわ」

それは絶対にあるわけ無い。

「さて、お涼。あれの正体が判ったわ。早くあれを見つけましょう。此処の何処かに居るはずよ」

「諒解したのです、ご主人」

僕はここにいるべきではないと思い、外に出る。

 外の空気は、何だかとても透き通った風に思えた。

 月には傘がかかっている。近々雨が降るか。

 頭を前に向ける。

「何でお前が此処に居るんだ」

目の前には、高木 健が虚ろな目をして立っていた。

 でも、発する声は厭にはっきりとしている。

「た、高木」

「中に入ったな?」

「い、いや、それは」

高木は僕を横に押し飛ばして、中に入っていく。

 僕も素早く立ち上がり、中に入る。

 真っ暗だと言うのに、高木が其処に居るのははっきりと見えた。

「い、も、う、と」

「え?」

「妹を、何処にやった」

妹? あの、人形?

「妹、妹を返せ。唯一残された可愛い可愛い四人の妹を、返せ」

「高木? あ、あれはお前の妹じゃあない!! あれはただの」

「返せ。返せよ。妹達を。返せ。返してくれよ。なあ。なあ。九十九。なあ。なあ」

高木はゆっくり、僕に近づいてくる。

 いつの間にか、巡さんとお涼さんがいなくなっている。

「なあ!! 妹を、返せよ九十九ォ!!」

高木が叫びながら僕の首を絞める。

「あ、あれはただの人形だ!! 目を覚ませ高木!!」

僕は限界を感じ、目を瞑り大声で叫ぶ。

「……?」

首の苦しみが無くなったので、恐る恐る目を開ける。

 僕に背を向けて立っている、巡さんがいた。

「め、巡さん!! 一体何処に行って……」

巡さんは右手に何かを持っていた。

 あの、妹人形だ。

 高木はそれを見て、ぼうと、立っている。

「高木 健。これをよく見なさい。これはあなたの妹じゃない。ただの人形よ」

巡さんはそう言うと、その妹人形を床に叩きつける。妹人形はあっさりと壊れてしまう。

「あ、ああ、ああああああ」

「見なさい。これは人形よ。あなたの妹はもういない。死んだのよ」

「い、ない。し、んだ?」

高木の声が震える。

「いもうとが、しんだ?」

「そう。死んだ」

「う、そだ。うそだ。うそ。そんな。ちがう。そんなわけ。そんなわけェ!!」

高木が唸り、絶叫する。

 どぅどぅどぅどぅと、何かが天井を走る音がする。

 バキィ!! と音がして、天井が破れる。その穴からは、沢山の猫達が一斉に落ちてくる。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「返セ、妹ヲ、返セェエエエ!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

沢山の猫達が、一気に僕達へ襲い掛かる。

(かん)ッ!!」

巡さんが持っていた錫杖(しゃくじょう)を床に突き刺す。

 キイイイイ!! と、甲高い音と共に沢山の猫達とこの小屋が吹き飛ぶ。

 衝撃波か何かだろうか。

 開けた空は、未だ、ほの暗い。

 沢山の猫達は、僕達がやってきた方へと走り去っていった。

 おそらく、というか確実にあの公園に向かったのだろう。

「急いで向かうわよ!! お涼、先に向かって!!」

「もう走っていきましたよ」

お涼さんはあの沢山の猫達が見えなくなる前に、山猫サイズの五徳猫に変化して、追いかけていった。七秒前くらいに。

「あらそう。なら、焔世(えんせい)ッ!!」

巡さんはお札的なあれで、何かを召喚する。

 それは大きな鶴だった。2m弱くらいの。

 だけれど、その脚は、一本だけだ。

「こ、これは!?」

「んなの後!! 焔世、第二公園へ向かって!!」

巡さんは僕を軽々と持ち上げ、その鳥の背に乗せる。

「巡さんは!?」

「私は此処よ」

はばたくき飛翔する焔世。巡さんはその一本だけの脚を片手で掴み、宙ぶらりんの状態だ。

 落ちるんじゃないかその内。






 第二公園。あの公園、と言っていたものの名称である。

 第二、とはいうものの、第一は無い。不思議なものだ。

 僕は焔世から降りる。脚を掴んでいた巡さんはとうに降りている。

 巡さんは焔世を戻し、公園内へ足を踏み入れる。

 僕もそれを追う。公園の外からは何も見えないのだが、一歩踏み入れると。

 3m弱の巨大サイズの五徳猫に変化したお涼さんと、沢山の猫達が対峙していた。

「お涼!!」

お涼さんは、瞬きする間にいつもの人間の姿になる。裸になったりは、しないのか……ゲフンゲフン!!

「ご主人、駄目です。あいつら全然……」

「大丈夫よ。だって多分、九十九君見れば」

「なんでっ!?」

「ほら、私の思いつきで。あちらが疑似餌(ルアー)使うのなら、こちらも九十九君を囮にしてっていう。見事に上手くいったじゃない」

あのときいなかったのはその為か!! って!!

「何してくれてるんですか!?」

「いいじゃないの。上手くいったし」

それに、本当に上手くいっているわ、と巡さんは言った。

 僕は何か嫌な予感がして、沢山の猫達がいる方向を向く。というか、今まで間に何故襲ってこなかったのだろうか。ご都合主義?

 そんなものは存在しないだろう。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「九十九ォ!! ヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモォオオオオオオオ!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

沢山の猫達は、僕に叫ぶ。

 低く唸りながら、ぐるぐるぐるぐると集まり、固まり肥大して、一つの、形を現す。


『妹ヲ、返セェエエエ!!』


それは、鼠だった。

 4、5mはあるか、そのくらいの、大きな大きな、鼠だった。

 大きな鼠は、絶叫する。それは悲しいからなのか、怒っているからなのか、その両方なのか。

 それとも―――悔しいからなのか。

「あれは“旧鼠(きゅうそ)”。『絵本百物語えほんひゃくものがたり』にも絵が載っている化け鼠よ。籠の中にいる子猫を愛でる鼠。旧鼠を生み出す人間が主に抱えるのは、異性への嫉妬や僻みに無意識のうちの責任感。それと、無いものねだり。今回は、喪うことへの現実逃避ってところかしら」

旧鼠―――(ふる)い鼠か。現実に行き遅れた、愚かな獣。

「お涼、九十九君をお願い」

「諒解なのですご主人!!」

 巡さんは、ゆっくりとした足取りで、旧鼠に近づいていく。

「え、ちょっとお涼さん。巡さん大丈夫なんですか?」

「勿論なのですよ。敵さんの正体さえ明らかにすれば、後は大丈夫なのですよ。それに、巡さんの力なら、正体があまりはっきりしなくてもおそらく大丈夫なのです」

「んじゃあなんで前の話で」

何か言っていた気が。

「それこそご都合主義? なのですよ」

それでいいのか。それで。

 僕達は近くの茂みに隠れる。

 ひょこっと顔を出して、巡さんの戦闘を視ることにした。

 旧鼠は腕を振り上げる。すると、腕が沢山の猫になって巡さんに飛び掛る。

 だが、巡さんは懐から数枚お札的なあれを一枚取り出して、沢山の猫達に投げつける。

「滅!!」

巡さんがそう言うのと同時に、札が爆発して、沢山の猫達ごと消滅させる。

 が、旧鼠の腕は、いつの間にか元に戻っている。

「ふうん、そうなのね。なら、仕方ない」

かなり聞き取り難かったがそう呟いた巡さんは、旧鼠に向かって走り出す。

 巡さんは勢いそのまま旧鼠の右腕に錫杖を突き刺し、また懐から何かを取り出す。

 それを、錫杖を突き刺したことで一寸ばかし怯んだ旧鼠に取り付ける。バッジの大きい版みたいな、それでも何か、機械っぽいというか、ファンタジーぽくないというか。

 錫杖を抜き、十数mバックステップ。少し経つと、取り付けた機械から、『猫』という漢字が浮かび上がり、崩れて消えた。

 なんとなく、いや確実に、旧鼠の毛色が先程よりも、濁っていた。

「あれは……」

「私を含める(あやかし)妖魔(ようま)には、その外見や能力、適応環境に弱点などといった、属性を構成する、人間でいう細胞組織のようなものがあるのです。ほら、小説なんかでもよく言われてる、(しき)というもの」

「式? 3×7とかの?」

「ご名答なのです。肇くんは才能があるのでしょうか?」

いや、違います。ボケを狙っただけです。

「そう。その数式と考え方は同じなのですよ。簡単に言ってしまうと、私なんかは、猫×化+(火×器)+(7-2)=五徳猫、みたいな?」

「それはとりあえず解りましたが、そのそれであれは……」

巡さんの行動の意味を知りたい。

「ああ。だからつまり、私を形成する式から……猫×化+(火×器)+(7-2)=五徳猫、から、(7-2)を抜いてしまうとか、+2とかされたり。(火×器)を(火×器÷火)みたいに追加されてしまうと、私達妖はその存在をひっちゃかめっちゃかにされるのです」

「つ、つまり?」

「1+1=2にさらに-2を加えてしまうと、1+1-2=0と、答が全く違ってしまうでしょう? つまり、妖に新たに式を追加したり抜いてしまったりすると、その妖は消滅しちゃうのです。だって、五徳猫が猫じゃ無かったり、小豆洗(あずきあら)いが発する音がギターの音色だったらおかしいですよね? だから、あの行動は、私達の存在意義を破壊しているのです。最初からそんなものは存在していなかったと、論破するような風に、旧鼠の旧鼠としての意味を、あれはただの一寸大きな鼠だったと言ってしまうような。そんな感じなのです。あの装置は、式を追加したり減らしたりする装置なのです。まあ、その妖を構成している式がある程度知っておかないと厳しいですが。あの旧鼠には、『猫』が含まれていたようなのです」

「んじゃあつまり、巡さんは今あれを退治しているのですか」

最初からそうだとは思うけど。

「違いますよ?」

「え?」

「あれは旧鼠を滅しているのです」

「退治じゃないんですか?」

「退治は、退けて治めると書きますでしょ? つまり退治とは、妖を体力的に You Lose!! になるまで物理的に? やっつけて、一先ず退散して貰うことなのです。その場合、妖は完全にいなくなったわけではありませんから、再び生み親にその条件が揃ってしまえば、また現れるのです。ですがこれが滅した場合。滅する。先程言ったとおり、意義も何も消されてしまうので、同じ生み親からは、何があっても二度とその妖は生まれてきません。まあ、別の条件が揃うとまた別のが生まれますが。主に滅する場合、その生み親が、また直ぐに条件を揃える可能性が高い場合ですね。複雑な家庭環境だとか。んまあ、ほかにも色色ありますが―――――」

「そ、そうなんですか」

よっっく解りました。

 それでは、戻ろうか。

 巡さんは旧鼠の行動を先読みするかのように、旧鼠の攻撃を避けつつ、確実に旧鼠にダメージを与えている。そのなんだ、構成している式を一つ削られた事により、存在が不安定になっているのか、旧鼠はかなり狼狽している。

「焔世!!」

巡さんは先程のあの一本足の大鶴を召喚する。

 焔世は旧鼠の上空を旋廻し、旧鼠の背中に降り立つ。その一本足にある三本の爪を思い切り突き刺して。

『!!』

旧鼠は声にならない悲鳴を上げ、焔世を振り落とそうとする。だが、深く食い込んだ焔世の爪がそれを許さない。

 焔世はそれを気にせず自身の翼を広げて、頭を上げ。

『くけえええええええええ!!』

奇妙な焔世の鳴き声と共に、旧鼠を囲むように大きな火柱が次々出現する。

 そして最後に、最も大きな火柱が、旧鼠を包み込んで焼き焦がす。

 焔世はいつの間にか巡さんの隣に降り立っている。

 ごうごうと燃え盛る炎。悲鳴は聞こえない。

 だがやがて勢いは衰え、炎は消える。

「……しつこい鼠だこと」

旧鼠は焼け焦げぼろぼろの姿で立ち上がる。

 巡さんは呟くと同時に旧鼠の懐にスライディングで潜り込み、再びあの装置を取り付ける。

「……そういえば、あれってわざわざ取り付けに行かないといけないんですね」

「そうなのですよ。相手が弱っていないとかなりハイリスクなのです」

巡さんは次に旧鼠の背中に回りこみ、先程焔世がつけた傷をさらに抉るように攻撃する。

 旧鼠は悲鳴を上げるが、反撃はしない。

 『籠』の文字が浮かび、崩れて消える。

 背中にも『親』『兄』の文字が浮かび、それぞれ崩れて消える。

 そこでようやっと、旧鼠が動いた。

 旧鼠の存在がどんどん薄れていく。萎んでいく。霞んでいく。

『返……セ、カ……エ……妹ヲ……妹ヲ……!!』

旧鼠はその牙で巡さんに襲い掛かる、直前に倒れる。

 巡さんは淡々と、作業を続ける。

 『責』と『守』の文字が消えると、巡さんは僕達をこっちに来るよう呼ぶ。

「もう襲ってこないだろうから大丈夫よ。今のコイツは、大鼠の妖怪という情報しか与えられていないから」

「ご苦労様なのです」

「いえいえ。しっかし、面倒ね。相手をギリギリまで追い込まないと、これ付けるのかなり難しいんだもの」

巡さんはあの装置を指して言う。

「……これで、どうなるんです?」

僕は疑問に感じた。

 旧鼠はほとんど反撃も攻撃もしてこなかった。

 なんというか、呆気なかったというか。

「あとはポン! と滅して終わりよ? 何か……ああ、陰陽師的なヤツなのに、呪文とか使ってなかったことかしら? それだったら……「違います」

僕は、旧鼠の。

 高木の理由が知りたいのだ。

「じゃあ何? 高木家の一斉死? あれは「違う」

「違うんです。僕が訊きたいのは」

「……旧鼠はね」

巡さんが地面に倒れた大鼠を見て言う。

「旧鼠は、死んでしまった仲の良い猫の子どもを代わりに育てた鼠。親の代わり。代役。猫には、本当の親にはなれない鼠。猫を大事に想い、慕う反面、猫を酷く妬み、疎む。自分に正直になれないから、自分の理想を押し付ける。卑怯で愚かで意気地が無い。ただ無駄にずるいだけ。弱者の体現よ。誰かに頼らないのも、友達に相談もしないのも。強いんじゃないわ、弱いから、弱いと思うから、ただ意地を張っているだけ」

巡さんは懐から、我壁(がへき)や焔世を召喚するときとは違う、別のお札を取り出す。

「ただ、後悔しているのよ。悔やんで悔やんで、遣り切れなくなって。逃げたくなって。馬鹿みたい。だから鼠になってしまう。そんなんじゃ、何時まで経っても、猫にはなれやしないのよ」

お札を大鼠の額に貼る。

「だからね九十九君。高木 健が快復したら、これまで以上に、無理にでもいいから彼に協力なさい。相談されなさい。同情して、否定して、肯定してあげて」

「……はい」

僕は力強く、頷いた。

「それじゃ、終わらせるわ」

巡さんは、右手をあの僕が結界装置を解除したときと同じ風に、今思えば、よく漫画で陰陽師なんかがやるような指のポーズをして。

「滅!!」

縦に振り下ろす。

 その声は、力強く、優しい。

 もう既に鼠などはいなく、真冬の冷たくて乾燥した風が、吹いている。

 猫の鳴き声のような、そんな風であった。

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