第四話 沢山の
夜の公園。淡い蛍光灯の光が照らす。BGMは無い。
白い羽衣を身に纏った、黒髪の天女。
僕には一瞬、そう視えた。
その天女―――永久 巡さんは、公園の奥に吹っ飛んだ沢山の猫達を見ながら、僕に言った。
「ねえ九十九君。この町で最近、女児連続失踪事件があったことを知っていたかしら?」
知っていた。というか思い出した。
この一ヶ月間、この町では女児、女子小学生以下の幼女が、次々と失踪していた。
捜査は難航しているらしい。
「知ってはいますが、それが……?」
「そう。ならいいわ」
巡さんは、沢山の猫達がいる方向へと歩き出す。
「肇くん。大丈夫なのですか?」
後方から声がした。
当然のように、お涼さんがベンチに座っていた。
いつの間にか、僕の足にしがみついていた四匹の猫達はいなくなっていた。
僕は立ち上がると、お涼さんの隣にさも当然のように、座る。
「お涼さんも来ていたのですか」
「勿論なのですよ。にしても、昨日“永久に左様なら”とか言ったのに、次の日に普通にこうして会っているのは、何か恥ずかしいのですよ//////」
そう言って顔を赤らめるお涼さん。
「おっと、のんびりしていてはご主人に叱られるのです。肇くん、此方に来るのです」
僕はお涼さんの言うとおり、ベンチの裏辺りに移動する。
お涼さんの隣まで来ると、お涼さんは急に真顔になって、
「肇くん、この公園には何故また来たのです!? 此処が危険だという事は解っていた筈ですよね?」
「は、はい。済みません。でも、何か、入っちゃって……」
何かに招かれたかのように。
お涼さんは溜息を吐いた後、続ける。
「そう、なのですか。では、此処に来る前、最後に会った人間は、誰ですか?」
それは。
高木だ。
僕の昔からの友達の、高木 健だ。
「そ、それがどう関係しているんですか!?」
「肇くんはおそらく、あの猫達に招かれて此処に来てしまった。食料として。昨晩はもう、人間を食べた後だったのですよ。それに、肇くんが自ら迷い込んだ」
平然ととんでもない事を言った気がする。
「つ、つまりどういう事なんです?」
「妖は基本、自身を生み出した人間を疑似餌にして、人間を自分の領域に誘き寄せるのですよ。つまり」
この時点で、僕は気づく。いや、もう気づいていたのかもしれない。
「肇くんが此処に来る直前、最後に会った人間が」
言うな。解っている。だから。
「この猫達を生み出した張本人だという事になるのですよ」
それでもやはり、BGMや効果音などは、無かった。
僕は、お涼さんに高木のことを話す。
「そう……なのですか。まさか肇くんのお友達さんだとは……済みませんです」
「いや、別に。大丈夫ですよ」
「で、でも、まだそのお友達がそうだとは決まってないのです。それに」
「いや、本当に大丈夫ですから」
「……と、兎に角この事をご主人に報せてくるのです。肇くんは……私が走り出したら、その地面から出ているピンを思い切り引っ張って下さいな」
お涼さんが指差したところには、手榴弾に付いてあるようなピンが、地面から出ていた。
「ではっ、ご無事で!!」
そう言ってお涼さんは走り出した。因みにあの和服姿で。走り難そうである。
僕は、お涼さんに言われたとおりに、そのピンを思い切り引っ張る。
するとピンが外れて、それと同時に、僕の周り縦横1mに立方体の黄色いバリア的なモノが出現した。勿論頭上にも。結界とか言うものだろうか。
僕は何かその結界に触れると何かやばそうであったので、体育座りをして、ぼうっとしていた。
数分くらいそうしていると、ボン!! と轟音がした。
僕は吃驚して、音がしたほうを見る。
最初、巡さんがいた辺りに、沢山の猫達が吹き飛んできていた。
逆方向から巡さんが歩いてやってくる。
その右手には、何やら錫杖のようなものを持っていた。
吹っ飛んだ沢山の猫達が、巡さんに再び襲い掛かる。
が、巡さんは至って平常な顔で、その錫杖を使い、猫達をなぎ払う。
「肇くん、お待たせしたのです」
お涼さんが駆け寄ってくる。
別に待ってもいないから、いいのだけれども。
「巡さん、随分と優勢? みたいですね」
「ああ、肇くんにはそう見えるのですか」
「はい?」
「良く見るのです。猫達の数が全然減ってませんよね。むしろ増えてます三倍くらいに」
「そうなんですか!?」
気づかなかった。
「ご主人はまだ敵の正体が掴めていないのです」
「は、はあ。で、でも、正体とかが、そんなに重要なんですか?」
何か適当に呪文やら何やらすれば終わりじゃないのだろうか。
「とてつもなく重要なのです。敵の種類によって、対策も退治方法も全く異なるのです。敵が何なのか判らないと、退治なんか出来ないのですよ」
「そういうものなんですか」
「なんですよ」
そういう設定ならば、そうなのだろう。
「というわけで、この結界装置を解除しますね」
「脈絡が全く無かった」
「まず、肇くんは右手をこういう風にして、胸と平行な感じにして下さいな」
お涼さんがこういう風に、と言ったのは、じゃんけんのチョキの、人差し指と中指をくっつけて、それを縦にした感じだ。解り難いとは思うけれども。
「で、さらにそのまま手の甲が上になるようにして……あ、手首は曲げた状態から戻すのです」
言われたとおりにする。
「最後に、その状態で、空気を切るように、右にスッと払うのです」
「スッと」
右に払う。
と、僕の周りに張られていた、黄色いバリア的なものが、フッと消える。
「んにゅ。では、行きましょう」
「脈絡以前の問題!!」
「……何かご不明の点が?」
「それはもうありまくりなんですが」
「そう言われても、これ以上のマンネリムードは耐えられないのです」
「そんなにマンネリしてなかったと」
「説明なんかは別の何かなんかで纏めればいいのです。無駄な世界観やらシステムは上手い具合に省くのですよ。入れたとしても第二、三章辺りでさらっと流しておけばいいのですよ」
はたしてそれでいいのか。
というか、このメタ発言パートは大丈夫なのか。
「そうだったら先程の結界解除も、省けば二行弱で済んだのでは?」
「それはそれ」
「どれ!?」
「……むう。承知しました。ではしっかりとやります」
「最初っからそうしてください。事実、今はバトルパートですよ」
コホン、と、お涼さんは咳払いをすると。
「……肇くん、君は今回の件にかなり深く関わってしまったのですよ。だから、肇くんには最後まで見届けて、いや、巻き添えになってもらうのです。ご主人もそう言っておるのです」
「は、はあ」
切り替えが早い。
「では、行きましょう」
「え!? ちょ、ちょっと……!!」
お涼さんは僕の腕を強引に引っ張り、走り出す。
向かうのは巡さんと沢山の猫達が対峙している、公園の中央。
「ご主人ッ!」
お涼さんが叫ぶと、巡さんは、頷き、沢山の猫達を奥へ吹き飛ばす。
僕達は一気に巡さんの隣まで走る。
「お涼、随分遅かったじゃあないの」
「茶番劇があったもので」
本人が言うか。
「まあいいわ。“我壁”っ!!」
巡さんは懐から一枚お札のようなものを取り出すと、地面に叩きつける。
すると、お札が淡く光り、轟音と共に僕達の目の前にレンガで出来た大きな壁が。
「なんじゃこれ……」
自分でも当たり前すぎるリアクションだと思った。
「これは、俗に言う“塗りかべ”。属性的には、通れない怪ってとこ。まあ、私なりに改造はしているけどね」
巡さんがさらっと説明する。
「この子がいれば、あちらからこちらへは、決して辿り着けないわ」
「便利ですね」
「そうなんだけどねえ。ただ、傷がつくと、新しいレンガとセメントを要求されるのが、ちょっとね」
訊かなければ良かったことだったかもしれない。
「さ、て。九十九君、君のお友達の家って、分かるかしら?」
高木の家。それは勿論分かる。だが、それが今の家という確証は無い。
「ふむ。ならば仕方ない。まあ大丈夫よ。あの猫に呼子を憑けておいたから」
「お仕事速いですね、ご主人」
その、呼子というのは何なのだろうか。色色専門用語? が多すぎて、素人には理解不能である。
まあ、この先関わるわけでもないので、別に何だって構わないのだが。
「我壁、お戻り」
巡さんがそう言うと、大きなレンガの壁は、フッと消える。
沢山の猫達は、既にいない。
「さて、それじゃあ追いましょうか」
「ど、どうやってです?」
つい、訊いてしまう。
「九十九君、音、聞こえない?」
巡さんは僕に微笑みかける。
「音?」
突然、とても不快な、金属音のようで、それでも違う音が、耳に響く。
モスキート音? いや、もっと別種の何かか?
「ふふ、聞こえてるみたいね。んじゃあ、その音が他よりも弱く聞こえる方向に指差して」
そんなの判るわけ―――判った。
ある方角だけ、音が弱い。何故か、弱い。そちらを向いているときだけ、音が、弱かった。
「……あっちです」
「そう。なら、向かいましょう。お涼、九十九君の補助をお願い」
「諒解したのです」
僕達は、その方へ、歩き出した。