第三話 招き猫は何処に招くか
チャイムが鳴る。本日の学校がようやく終わった証拠でもある。
そんな放課後。
二年二組の教室。窓際、一番前の席。
西日が差していて、眩しい。
頬杖をして、校庭のグラウンドを見る。
突然、視界が真暗になる。いや、一寸明るい。
「だーれだ♪」
声色の高い、少し女子っぽい声が聞こえる。あくまで、女子っぽい、だ。
「……そういうのは、女友達同士か若しくは、カップル同士でやるものだろ!!」
僕は伏せられていたもの、というか手を振り払う。
「はあ、ノリが悪いなぁ、九十九は」
けらけらと、男子制服を着た男子生徒は笑う。
この男子生徒、名前は高木 健。僕のクラスメイトで、小学校からの、友達、だ。
寝癖を直していない、ボサボサの髪。眠そうな半開きの目。身長は僕よりも5cm程度低い。
因みに、僕は163cmだ。
高木は、僕の隣にある椅子(つまりは隣の席に普段座っている奴が使っている椅子)に座る。
「なあ、九十九、一緒に帰ろうぜ?」
「お前は居残りで課題を終わらせろ。小田先生、カンカンに怒っていたぞ」
小田 友里。二年二組担任の教師。担当教科は歴史。序でに言うと、三十歳独身。
生徒の評判はわりと良い方だ。わりと。
「課題? ……何それ?」
「おい」
駄目だコイツ。
「アハハ、まあいいじゃんかよ。帰ろうぜ」
「……僕は、どうなっても知らないからな」
因みに、高橋先生は、課題を忘れると忘れた生徒に対して、歴史関係のレポートの課題(レポ用紙で最低十枚)を一日でやって来させることでも、校内では有名である。
だから、しっかりと課題を提出した方がかなり、というか明らかに楽なのだ。
その後、少し駄弁ってから、僕達は教室を出る。
帰り道。僕達はのんびりしながら、ゆっくりと歩いていた。
「―――でさ、最近妹が二人増えたのだよ♪」
「お、そうなのか。そりゃ、オメデト」
嬉々とした顔で話す高木。
高木の家は、七人家族。高木は五人兄弟の末っ子。歳はそんなに離れてはいない。
で、確か去年の暮れにも妹が二人生まれたとか言っていたから、合計十一人家族。高木は四人の妹のお兄さんだ。
にしたって、高木のご両親は、随分とお盛n……いや、別に。
というか双子の確率がおかしい。彼の上のお兄さん方も、それぞれ双子だ。
どんだけですかい。
「んじゃあ、随分と賑やかだな」
「ああ♪ 毎日ワイワイ騒ぎだよ」
とても嬉しそうに笑う。
それは、さて置き。
今日の寝床を探さなければ。
昨日は、予期せぬ幸運というか、不幸というか、何とか大丈夫ではあったが。今夜はそうはいかない。
「……そうだ」
「ん? どした?」
高木の家に、今晩だけでもいいから泊まらせて貰おう。せめて、寝床だけでも。
図々しいが、こればかりは。
「なあ、高木。今夜お前の家に泊めさせてもらえないか?」
「ん? 何で?」
「まあ、色色あってだな……」
色色ありすぎだけれども。
「で、どうだ? やっぱ駄目かな?」
「いや、別に良いぞ?」
「おお!! 有難う!!」
「ただ、妹達に刺激与えるなよ?」
「諒解だッ」
これで、取敢えずは寝床を確保だ。明日以降のことは……今夜考えるか。
「それじゃ、早速向かうか」
僕達は、高木の家へと向かう。
その途中。
「にしても、いやあ、久しぶりだな、お前ん家に行くの」
「……確か、小六以来か」
多々あって、中学に進学してからは、全く行かなくなった、友人の家。
僕の微かな記憶では、高木の家族はとても温和で、誰に対しても優しい人達であったと思う。
暫く、下らない事をお互いに話しながら歩く。
進路や、娯楽、色恋、普段も、普通にするような話を。ただ、話し合う。
「な、なあ高g「あ!!」
急に大声をあげる高木。
「……急にどうした?」
「あ、ああ……えと、な。悪い」
「へ?」
「やっぱり、家に来るのは……止めてくれるか?」
高木は申し訳なさそうな顔で謝る。
「いや、別に構わないさ」
「ああ、悪いな……」
こう言われると、押し切れない。
まあ、それなりの理由があるのだろう。仕方がない。
「いいっていいって。その代わり、今度、お前ん家に遊びに行ってもいいか?」
どちらにしろ、久しぶりに行きたかったのだ。
だが、僕がそう言うと、一瞬、ほんの一瞬なのだが、高木の顔が曇る。
「……あ。ああ、そうだな。きっとみんなも楽しみにしてるよ」
「ああ」
何か、引っ掛かりはしたものの、気にするのは、止めた。
「えと、じゃあ、俺はもう近くだから、此処で」
ああ、もうそんな距離か。
「ああ。んじゃ、またな」
「おう。また」
高木はそう言うと、走り去って行った。
高木の家の近辺。と、いうことは、僕の家も近い。
……さて、今日の寝床を改めて探さないと。いくらなんでも、自宅の近くは、嫌だ。
そんな事を考えていて、ふと気づく。
此処は。
此処は。
あの、公園の前だ。
昨晩、妖しき猫達に襲われそうになった、公園の前であった。
そりゃ、偶然なのだけれども。
だが、それでも、別の事で、僕は疑問を感じた。
この公園は、僕が幼稚園児であった頃からある。
そして、僕の記憶が正しければ、高木の家へ向かうとき、この道を通る事は絶対に無い。
何故なら。
彼の家とこの公園の場所は、全くの逆方向なのだから。
僕は、その公園に入って行った。
まるで、招き猫に招かれたかのごとく。
其処は誰もいない、シンとした雰囲気であった。
辺りは、夕暮れ。いや、もう陽が落ちる頃。
僕は、一先ずベンチに座る。
昨日と―――同じベンチ。
何をするでもなく、ただ、ぼうっと座っていた。
だから、ぐっすりと眠ってしまったのだった。
パッと目が覚める。
辺りは真っ暗。いや、少ない蛍光灯が淡い光を放っている。
腕時計で時刻を確認する。
十八時四十分。十二月の今では、もう真っ暗でもおかしくない時刻。
僕は、昨晩の事を思い出し、早々に此処から出て行こうと、立ち上がる。
だが、一歩も踏み出せない。
足元を見る。
「え」
思わず、声が出る。
其処には、左足に二匹、右足に二匹、合計四匹の猫達が僕の足にしがみついていた。
僕の声に気がついたのか、四匹の猫達は此方を一斉に向く。
四匹の猫達は、ニタァと口を歪ませて。
「「「「逃ガサナイヨ、オ・ニ・イ・チャ・ン?」」」」
と、言った。
「う、うわああああああああああ!!」
僕は其処から逃げ出そうと必死に四匹の猫達を振り払おうとする。
だが、全く離れない。
いつの間にか、辺りにはとても沢山の猫達が集まっていた。
沢山の猫達は、僕の目の前までやってくる。
僕はより焦って足にしがみついた四匹の猫を振り払おうとする。余計に離れない。
すると、集まってきた沢山の猫達は、何気なく、しれっとこう言った。だから、僕も最初は、良く解らなかった。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「イタダキマス♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
僕はその数秒後、やっと理解する。そしてパニックになる。
「え、ちょっと待て、おい、おい!! やめ、やめろ、やめてくれええええええ!!!!」
沢山の猫達は、そんな僕の声などお構いなしに、どんどん近づいてくる。
もう駄目だと、完全に諦めた、その時だった。
「そこまでよッ!!!」
昨日聞いた声と同じ、あの声が聞こえた。
それと同時に、僕の目の前にいた沢山の猫達が、横に吹っ飛ぶ。
僕は、沢山の猫達が吹っ飛んだ方向とは逆の方向を見る。
其処には―――。
「一日振りね、九十九君」
其処には、昨日と同じ、白い和服を着た、永久 巡さんがいた。