第二話 連れてこられた書斎部屋
ゆっくりと瞼を開ける。
起きたのは畳敷きの、極普通な和室。壁に掛けてあった時計は、長針が5、短針が4を指している。
おそらく、朝の四時二十五分といったところか。障子から差し込む光は外は仄かに暗く、実際は夕方か早朝かなど判りもしないけど。
ふと、足音が聞こえた。
僕はとにかく焦り、その結果、部屋の真ん中で正座した。……僕は一体何をやっているんだ。
足音は部屋の前まで来ると止まり、障子が開けられる。
「あら、起きたのですに……ね?」
障子の先に立っていたのは、橙色の和服を着た、二十歳くらいの女性だった。
黒く長い髪を先の方で纏め、スタイルは良く、顔も整っている。俗に言う、美人さんという奴だ。
ただ、猫目だというのが、先のアレを連想させてしまって、少々嫌だ。
「……どうか、したのですか?」
「!! あ、いや、別に何でも……」
美人さんが僕を訝しげな目で見る。僕は慌てて取り繕う。
ふと、今更ながら、僕は此処が何処なのかが気になった。
「あの……」
「何でしょうか?」
「一体此処は……何処なんですか?」
そう訊くと、美人さんは、何か思い出した様な顔をして、
「あ、忘れてたのです。キミ、その事も含めて一寸ついて来るのですよ」
「ふぇ!?」
美人さんは最後まで言う前に、僕の腕を掴んで、廊下の奥へと僕を引っ張っていった。
連れてこられたのは、書斎のような部屋。扉側と窓側を除く、二面には本がぎっしり詰まった本棚があり、部屋の奥、窓側にはデスク。応接用なのか、二対のソファと木製のテーブル。
此処に来るまで、そして来た時に気づいたのだが、この家はかなり広い。屋敷というのが正しいようだ。それに、和風と洋風がごっちゃ混ぜになったような内装でもあった。
良くない意味での和洋折衷だ。
「あら? 起きたのね、その子」
書斎の奥、デスクの前、椅子に座って只管に本を読み漁っている風の女性が、此方を見ずにそう言った。
「はい、そうなのですよ。ご主人」
美人さんが答える。ご主人、という事はこの美人さんはメイドか何かなのかな。で、あの女性が、雇い主って事でしょうかね。
「ふぅん。そう」
興味無さげに返事をする女性。その目は絶えず本に向いている。
「「「…………」」」
沈黙。部屋では、本のページを捲る音だけがしている。
そんな時。僕の隣にいた美人さんが。
「……ああ、紹介が遅れたのです。私の名前は涼。この屋敷では主に家事全般を任されているのです。あ、私の事は気軽にお涼さんとでもお呼び下さいな」
美人さん、もといお涼さんは微笑む。その後、お涼さんは部屋の奥、あの女性の方を見て。
「で、あちらにいるのが、私がお仕えするご主人、巡様なのです」
お涼さんが紹介すると、ようやく、その、巡さんが立ち上がって此方に歩いてきた。
座っていたためよく見えなかったが、巡さんは意外と、意外と美人ではあった。
髪はお涼さんよりも深い黒、それを……えと、確かショートボブ、だっけかな? そんな風の髪型で。
着ているのはお涼さん同様和服ではあったが、その色は髪色と正反対の白。まあ、帯は黒であったが。
巡さんは僕の前までやって来ると、
「今さっきお涼に紹介されたけど、改めまして、私が此処の主である、永久 巡です」
言い終えると、僕に何かを手渡す。名刺のようだ。その肩書きに。
「……“祓妖会 北関東エリア エリア長”?」
とてつもなく怪しい肩書きだ。職業だとしても、怪しい。
「そうよ」
「祓妖会って……何です?」
「何って、妖怪退治を主に行う職業よ」
「……は?」
何を、何を言っているんだこの人。
妖怪……って言ったのか?
「妖怪? そんなモノ、いるわけないじゃないか」
「あら、信じないパターンか……お涼ちゃん、お願い」
「にゃ!? また私なのですか!? 他にもいるじゃないですかぁ……」
お涼さんが困惑半分赤面半分な表情で、下を向いている。何なんだ。
「いいじゃない、思春期少年にサービスショット見せても。ほら、涼。脱げ。生まれたときと同じになるのよ」
「んなっ!?」
ななな何を!? 何を言っちゃってるんだこの人は!?
「で、では、これから証拠をお見せするのです。あ、あまりジロジロ見ないで下さい……」
すると、お涼さんは、服の帯を外し、しゅるしゅる~っと脱いでゆ……て、ふふぇ!?
え、ちょ、これは。やっていいのか、作者含む十八歳未満の人が見れなくなってしまうのではないか。いや、ここは自分の欲望をストレイトに尊重すべき場面なのではないのか。
でも、まあ。
「是非!! 拝ませて頂き!! ま……す?」
「あら? 勿体無い。見てなかったの?」
目の前。先程お涼さんが着ていた和服。と、帯。だが、お涼さんがいない。
……はッ!! まさか、お涼さん今すっぽんぽん状態で何処かにいるのか!? 手だけで隠してたりしちゃっているというのか!?
ふふぁあ!! ふふぁあ!!
と、僕がもう変態モード全開で、部屋中を見回していると。
『お、終わったのですよ//////』
目の前、脱ぎ捨てられた服の中から声がした。一部が盛り上がって、モソモソ動いている。
『ぷひゃあ!! なのです♪』
「……あ、え?」
服の中から出てきたのは。
頭に、昔のコンロとかに乗っかっていた感じの鉄の輪を被り、二股の尻尾の先から出た炎が揺らめいている、三毛猫だった。
『こ、これで、信じてくれますか、にゃ?』
しかも、喋った。先の、あの光景がフラッシュバックする。
―――ア・ソ・ボ・ウ?―――
縦に長く細い瞳孔。それが、ジッと此方を視る。
『ふにゃ? どうしたのですか?』
僕は、僕を見上げるその、モノを見たままその場に固まる。
「こ、これは、ね、ねねね」
「……この子は五徳猫。列記とした妖怪なのよ」
巡さんが、お涼さん(なのだろうか)の頭を撫でながら言う。
「本当に、妖怪、なんです……か?」
僕も、お涼さん(仮……で落ち着いた)の頭を愛でる様に撫でながら訊く。
「あらま。まだ信じてないの。君も見たでしょうに、大量の子猫達を」
「あ、あれも、ですか……って。ええ!?」
「気づくのが遅いのよ」
巡さんは立ち上がる。
「おっと、話題からかなり脱線したわね。君の疑問を解決しないと」
「ほへ? 疑問?……ああ」
すっかり忘れていた。僕が此処に居る理由とか、そういうの。
「それじゃ、君の疑問が解けるように、説明するわね。まず、先にも話したけれど、私はこの国に発生する、“妖怪”と呼ばれるモノを退けることを専門とした組織、“祓妖会”に属しているわ。妖怪の存在は、君もこの子を見て信じたわよね?」
「ええ、なんとなく」
妖怪化したお涼さんを、二人して見下げる。
「妖怪は、江戸時代の絵などにも出てくるように、昔からこの国に存在しているの。安倍晴明の時代より、前から存在しているらしいから、平安より前かも。それで、当時から人々を襲っていたその妖怪達を、退治する為に組織されたのが、祓妖会。因みに、陰陽寮とは別よ。あれはどちらかというと官僚とかそういうのだから」
その陰陽寮というのも、僕は知らないが。
「実は、妖怪は人が生み出すのよ。無意識の内に。劣等感、心的外傷、ストレス、そういう負の感情的なものが、自然に、若しくは人為的に凝り固まって出来た異形、それこそが妖怪なの」
「そんなこと……」
「有り得ない、かしら? いいえ、有り得るも有り得ないも、事実、君の足元にいるのは妖怪よ。実際に居るのなら、何ら不思議でもないのよ。ま、これ位にして、後は省くわよ。君にはあまり関係の無いことだし」
巡さんは、本棚の方に向かい、一冊の薄い本を取り出す。あ、あれ、地図帳だ。
「さて、次よ。此処が何処にあるか、という疑問について。此処は永久町の一番奥、君が通う、永久町立北中学校の裏山の山頂付近よ」
何故僕の通っている学校が?
「と、言いたそうね。そりゃ、君。制服着ているじゃないの」
あ。
「ふう。これで大体片付いた……ようね。では、これが最後かな。君が何故此処に居るか。それはね、九十九 肇君」
言うまでもなく、名札を見たのだろう。
「公園の猫を退治するため、情報が必要だからよ。ターゲットの種類や、それを生み出してしまったのは誰なのか、とかね」
要するに、僕があの時、一番“猫”達の近くに居たから、というのが、理由か。僕が助けられ此処に居る。案外、下らなく感じてしまうようなものだ。
「だからね、九十九君。君が見たままの事を話して欲しいのよ」
「……解りました」
そう言うしか、なさそうだった。
僕は話す。夜の公園で見た、妖しき猫の群れのことを。
「……猫は、“遊ぼう”と言ったのね?」
「は……はい」
「猫の尻尾は、二股だったかしら?」
「いや、普通でした」
「手拭いか何かは?」
「被ってはいませんでした」
「色や模様は?」
「黒や白、キジトラ、お涼さんの様な三毛など、様々でした」
「……そう」
地の文を挟めないほどの、いや、挟む気にもなれない程の質問攻め。
「では最後に」
巡さんは言う。
「籠か何かはあったかしら?」
「いえ、ありませんでした」
僕がそう答えると、巡さんは、深く溜め息を吐く。
「……ん。解ったわ。いや、判らなかったけども、解ったわ」
「は、はあ」
何が何なのか解らない。
「そうだ。時間的にも、そろそろ九十九君を帰してあげないと。お涼」
「諒解したのですよ、ご主人」
いつの間にか人間に戻って? いるお涼さん。
「ささ、肇くん、此方に来るのですよ」
お涼さんに手を引っ張られ、、部屋の入り口まで連れて行かれる。
「え、ちょ、全く以って意味も脈絡も全部何が何だか解らないんですけども!?」
「解らなくていいのよ。情報さえ手に入れば、部外者が理解する必要なんて、皆無よ。適当に変な夢でも見たとさえ思ってくれれば結構」
そう言って、巡さんは椅子に座り、再び本を読み始める。
「肇くん、ではではお帰りの時間なのです。その扉を開けて、帰るのです」
お涼さんは、淡々と話す。
「あと、出来れば、出来ればでいいので、此処の事や私達の事は秘密でお願いするのです」
作業口調で。
「では、扉を開けるのです」
がちゃり、という音がして、扉が開く。
「此処は“迷ひ家”。一度出れば、二度と入れぬ常世ノ國。では肇くん。永久に、左様なら……なのですよ」
ぽん、と背を押され、僕は扉の先へと落ちる。
目を開ければ、其処は、僕が通う学校の正門前。
時刻は、午前九時五十分。完璧に、遅刻であった。