不在着信17件
夕方5時。大学の授業が終わり、学生たちがおしゃべりや笑い声を響かせながら門から次々と出てきていた。雨はついさっき上がったばかりだった。湿った土の匂いが漂い、道端の水たまりには沈みゆく夕日がきらめいていた。
「アルジュン!」
背後から聞こえた愛らしい声に、アルジュンは足を止めた。振り返ると、カバンを直しながらこちらへ走ってくるナイナの姿があった。彼女はいつものように、無邪気な笑顔を浮かべていた。
「また遅刻?」アルジュンに追いつくと、ナイナは眉を上げた。
アルジュンは微笑んだ。「君のためにチョコレートを買いに行ってたんだ」
彼はポケットから「デイリー・ミルク」のチョコレートバーを取り出し、彼女に差し出した。
ナイナの目が輝いた。「本当?」
「嘘をついて何になるっていうんだい?」
チョコレートを受け取るとすぐに、彼女は迷わず包み紙を開け、ひとかけら折ってアルジュンに差し出した。
「まずはあなたから」
アルジュンはためらうことなくそのチョコレートを口にした。
「ほらね? だから毎日何かを持ってきてあげなきゃいけないんだよ」アルジュンは笑いながら言った。
ナイナは唇を尖らせた。「それって、私が食いしん坊ってこと?」
「いや……ただチョコレートが大好きなだけさ」
「うーん……確かにそうかも」
二人は声を上げて笑った。
大学から少し離れたところに、小さな茶店があった。そこは二人がお気に入りの場所だった。毎晩、そこで座ってお茶を飲みながら、何時間も語り合うのが日課だった。
「おじさん、『カッティング・チャイ』を2つ」とアルジュンが声をかけた。
「はいよ、坊主」
ベンチに座りながら、ナイナは空を見上げた。雲がゆっくりと晴れ、再び青空が顔をのぞかせていた。
「アルジュン」
「ん?」 「約束して……どんなに喧嘩しても、絶対に口をきかなくなるようなことはしないって」
アルジュンは笑って答えた。「へえ? 今日はずいぶん真面目な話だね」
「いいから、約束して」
「わかった、わかったよ……約束する」
ナイナは彼に向かって小指を差し出した。
「指切りげんまん」
アルジュンは微笑み、同じように彼女と小指を絡めた。
「指切りげんまん」ナイナの顔に、あの笑顔が戻った。
「ねえ……」彼女は静かに言った。「私が一番怖いことって、何だと思う?」
「何だい?」
「いつか、あなたが私の電話を無視するようになること」
アルジュンは思わず吹き出した。
「何言ってるんだ? 僕が君からの電話を無視するわけないだろ」
「ただ……なんとなくね」
「世界中の誰からの電話なら無視するかもしれないけど……君からの電話だけは絶対に無視しないよ」
ナイナは彼の瞳を見つめ、かすかな笑みを浮かべて言った。「覚えておいてね……自分でそう言ったんだから」
アルジュンは迷わず頷いた。
「ほら……」ナイナは突然、指先で彼の頬にチョコレートをちょんとつけた。
「おい!」
「これで、まるでサルみたいになったね」
「今に見てろよ」
笑いながらアルジュンが彼女を追いかけ、二人は子供のようにはしゃいで道端を走り出した。通りすがりの人々が、その様子を微笑ましく眺めていた。
夕暮れがゆっくりと夜に変わっていく。二人は一緒に夕食をとった後、それぞれの家路についた。
別れ際、ナイナは手を振りながら言った。「家に帰ったら電話してね」
アルジュンは微笑んで答えた。「わかったよ、お嬢様」
「忘れないでよ」
「忘れないよ」ナイナは笑顔のまま自分の家がある通りへと曲がり、アルジュンは反対方向へと歩き出した。
彼には知る由もなかった。今日彼女が見せたその笑顔が、二人の人生における最後の、何の憂いもない笑顔だったということを。
その後数週間、すべては以前と変わらず過ぎていった。大学、お茶の屋台、軽口を叩き合うやり取り、そして共に過ごす夜。アルジュンとナイナの姿を見て、誰もが二人はお似合いのカップルだと言った。
その日もまた、すべてはごく普通に思えた。
大学の帰り、二人はカフェに座っていた。ナイナは携帯電話の画面を見つめながら微笑んでいた。
「ねえ、見て……」彼女はアルジュンに携帯を差し出した。「この避暑地、すごくきれい。卒業したらすぐに行こうよ」
アルジュンはちらりと携帯に目をやったが、大して気にも留めず言った。「ああ、まあ、そのうちね」
「何でもかんでも『そのうち』って言うんだから」
「じゃあ、他に何て言えばいいんだよ」
「たまには乗り気なところを見せてよ」
アルジュンはかすかに笑った。「実際にポケットにお金が入ったら、乗り気になってやるよ」
ナイナは笑った。「私も働くんだから。一緒に行けるよ」
「了解、お嬢様」
「あなたはいつも、私の話を真剣に聞いてくれない」
アルジュンは冗談めかして言った。「だって君は、一日中夢ばかり見ているんだから」
ナイナの顔から、ゆっくりと笑みが消えていった。
「私の夢を、冗談だと思ってるの?」
アルジュンは彼女も冗談として受け取るだろうと思っていたが、今回は空気が変わっていた。
「ナイナ、ただ何気なく言っただけだよ」
「ううん、アルジュン……あなたはいつも、私の言うことを軽くあしらう」
「君だって、些細なことをすぐに問題にするじゃないか」
二人の間に、しばらく沈黙が流れた。
ナイナは静かにバッグを手に取った。
「わかった……帰るね」
アルジュンは意地を張り、「好きにすれば」と答えた。
ナイナはしばらく彼を見つめていた。もしかすると、アルジュンが引き止めてくれるのを期待していたのかもしれない。
だが、アルジュンは黙ったままだった。
やがてナイナは背を向け、歩き出した。
アルジュンもまた、振り返ることはなかった。
その日の夜9時頃、アルジュンはベッドに横たわり、携帯電話をいじっていた。
携帯が震えた。
ナイナからの着信……
彼は画面を見つめ、唇をぎゅっと結んだ。
「怒りは、もう少し長引かせておこう」彼は電話を切った。
2分後、再び電話が鳴った。
「ナイナ」からの着信……。
今回も、彼は電話に出なかった。
「怒って出て行ったのは、彼女の方だ」
そして、3度目の着信があった。
アルジュンは携帯をマナーモードにし、ベッドの上に放り投げた。
「明日、話そう」
「明日」では遅すぎることもあるとは、その時の彼は知る由もなかった。
部屋には扇風機の音だけが響いていた。ベッドの上の携帯は着信の振動で震え続けていたが、アルジュンは一度もそれを見ようとはしなかった。
夜は更けていき……
それでも、電話は鳴り続けた。
アルジュンは、いつの間にか夜が明けていたことにも気づかなかった。朝、目覚まし時計の音で目を覚まし、まだ眠気眼のまま携帯電話を手に取った。画面を見た瞬間、彼の表情は一瞬凍りついた。
不在着信17件
すべて同じ名前から……
ナイナ ❤️
その下には、未読のメッセージもあった。
「お願い、一度だけ電話に出て……大事な話があるの」
アルジュンは深呼吸をし、かすかな笑みを浮かべてつぶやいた。「おかしな奴だな……こんなことで何度も電話してくるなんて」
彼はすぐにその番号へ電話をかけた。
「おかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない場所にあります」
「バッテリーが切れたんだな」
もう一度かけた。
やはり、電源は切れたままだった。
その時、見知らぬ番号から着信があった。
「もしもし?」
「もしもし……アルジュンさんですか?」
「はい」
「シティ病院の者ですが、ナイナさんをご存じですか?」
アルジュンの心臓が、止まりそうなほど激しく高鳴った。
「はい……何があったんですか? 彼女は無事なんですか?」
電話の向こう側で、一瞬の沈黙があった。
「昨夜、彼女は交通事故に遭い、病院に搬送されたのですが……」
不安に駆られ、アルジュンは思わず口走った。「今はどうなんですか?」
「……申し訳ありません……助けることができませんでした」
アルジュンの手から携帯電話が滑り落ち、地面に叩きつけられた。
ただ一つの言葉だけが、彼の耳の中で響き続けていた……
「助けることができませんでした……」
彼はすぐに携帯電話を拾い上げ、バイクの鍵を掴むと、何も考えずに病院へと急いだ。
病院の救急病棟の前で、彼の足は止まった。廊下には不気味な静けさが漂っていた。ナイナの両親が泣き崩れていた。その姿を見て、アルジュンは喉が張り付くような感覚を覚えた。
看護師が静かに彼に近づいてきた。「アルジュンさんですか?」
彼はただ頷いた。
看護師は彼の手に携帯電話をそっと置いた。
「彼女がこれを持っていました」
アルジュンは震える手で携帯電話のロックを解除した。
通話履歴……
アルジュン ❤️
不在着信17件。
彼の目から、画面へと涙がこぼれ落ちた。看護師は静かに言った。「事故に遭う前、彼女はずっと『アルジュン』という人の名前を呼んでいました。きっと、誰かが迎えに来てくれると思っていたのでしょう……」
その言葉を聞き、アルジュンはその場に膝から崩れ落ちた。
彼は胸に電話を抱きしめ、初めて、抑えきれないほどの涙を流した。
「ごめんよ、ナイナ……もしあの時、一度でも電話に出ていれば……たった一度でも……」
だが、もう手遅れだった。
その日を境に、アルジュンの人生は永遠に変わってしまった。
あれから2年の月日が流れた。
時は過ぎていったが、アルジュンの心は過去に置き去りにされたままだった。
彼は電話番号を変えることはなかった。ナイナとのチャット履歴は、今でもスマホの画面上部に固定されたままだ。毎朝、目が覚めると必ずそのチャットを確認する。最後のメッセージは、あの時のまま変わっていない。
「お願い、一度だけ電話に出て……大事な話があるの」
そのメッセージを目にするたび、彼は初めて読んだ時と同じように、胸が締め付けられるような重苦しさを感じていた。
だが、一つだけ確実に変わったことがある。
アルジュンはもう、誰からの電話も無視しなくなった。
授業中であれ……
会議中であれ……
あるいは深夜3時であろうと……
電話が鳴れば、即座に出るようになったのだ。
友人たちはよく彼をからかったものだ。
「おいおい、見知らぬ番号からの電話にそんなにすぐ出るなんて、首相からの電話だってそこまで早く出ないだろ」
アルジュンはただ、かすかに微笑むだけだった。
その習慣の裏に隠された痛みを、誰も知らなかった。
……
その日は雨が降っていた。
仕事からの帰り道、アルジュンはバス停に立っていた。突風が吹き荒れ、激しい雨粒が彼の顔に叩きつけられる。
そこへ、一人の少女が駆け寄ってきて、彼の隣で立ち止まった。
「間に合った……」彼女は息を弾ませながら言った。
雨で髪はびしょ濡れだった。
アルジュンはちらりと彼女に目をやり、すぐに視線を正面に戻した。
少女はバッグに手を伸ばし、突然、狼狽した様子を見せた。
「あ……お財布がない!」
彼女は何度もバッグの中を探り始めた。
「お財布が見つからない……」
アルジュンは地面を指さした。
「これのことかな?」
水たまりの近くに、小さな茶色い財布が落ちていた。
少女の目が輝いた。
「そう!それです」彼女は財布を拾い上げ、嬉しそうに言った。「ありがとうございます!もしこれをなくしてたら、大変なことになるところでした」
アルジュンはただ、「もっと気をつけるべきだよ」と言った。
少女は微笑んだ。
「あの……お礼を言うだけじゃなくて、コーヒーでもご馳走させてくれませんか?」
「いいえ」
「お茶なら?」
「いいえ」 「チョコレート?」
アルジュンは一瞬、足を止めた。
チョコレート……。
その言葉を耳にした瞬間、ナイナの笑顔が彼の脳裏をよぎった。
彼は何も言わずに歩き出した。
「ねえ……待って!」
少女は彼を追いかけた。
「せめて名前だけでも教えて!」
アルジュンは立ち止まることなく言った。「名前を知って、どうするつもりだ?」
「あなたのために祈るわ」
アルジュンは初めて、かすかに微笑んだ。
「君は少し変わってるな」
少女は笑った。
「ううん……ただ、心から『ありがとう』を伝える方法を知っているだけよ」
アルジュンはそれ以上何も言わず、歩き続けた。
だが、彼は知る由もなかった。
自分が避けようとしていたその少女こそが……
打ち砕かれた彼の人生に、ゆっくりと光を取り戻してくれる存在になるのだとは。
その日を境に、アーシはまるで意図的にアルジュンのそばにいるようになった。オフィスの食堂で向かい合って座ったり、昼休みに彼にお茶を差し入れたり、あるいは単に何となく彼をからかったりすることもあった。
「どうしていつもそんなに真面目なの?」ある日、アーシは尋ねた。
「そういう性格なんだ」
「子供の頃から?」
「ああ」
「嘘つき」
アルジュンは初めて彼女の方を見た。
「どうしてわかるんだ?」
アーシは微笑んだ。「一度も笑わない人っていうのは、名優か……あるいは、ずっと昔に心から笑うことをやめてしまった人のどちらかよ」
アルジュンはしばらく黙り込んだ。彼には返す言葉がなかった。
次第に、二人の会話は増えていった。アーシから電話がかかってくると、アルジュンは必ず最初のコール音で電話に出た。
ある日、アーシは笑いながら言った。「本当のことを教えて……もしかして、ずっと電話を手に持って座ってるの?」
アルジュンはただ微笑んだ。
「たぶんね……」
「たぶん?」
「ああ……誰からの電話も逃したくないんだ」
アーシは冗談めかして言った。「私ってラッキーね。私の元彼は、あんなに早く電話に出てくれることなんてなかったもの」
それを聞いて、アルジュンの顔からゆっくりと笑みが消えた。
アーシはすぐに、何かまずいことを言ってしまったかもしれないと気づいた。
「ごめん……つまり……」
「大丈夫だよ」
その日以来、アーシが彼の過去について尋ねることはなかった。
時が流れた。
ある日の夕方、仕事を終えたアーシは勇気を振り絞り、アルジュンを公園に呼び出した。
アルジュンが到着すると、アーシはすでにベンチに座っていた。空気には少し冷たさがあり、木々からは葉がゆっくりと地面に舞い落ちていた。
「ここに呼んだのは君か?」
「ええ」
アーシはゆっくりと立ち上がった。
「アルジュン……話したいことがあるの」
「うん?」
アーシは深呼吸をした。
「いつからかはわからないけど……あなたのことが好きなの」
アルジュンはただ黙って立っていた。
アーシは微笑もうとした。
「あなたが少し変わっていることはわかってる……でも、待てるから」
アルジュンは拳を握りしめた。 「いや」
アーシの表情が曇った。
「いや……どういうこと?」
「俺は、誰のことも愛せないんだ」
「どうして?」
「ただ、できないんだ」
「誰にだって、やり直すチャンスはあるはずよ、アルジュン」
「俺にはそんな資格はない」
「どうしてそんなふうに自分を責めるの?」
その言葉に、アルジュンの心の奥底に押し込められていた痛みが噴き出した。
「お前にはわからない!」初めて声を荒らげた。「愛なんて、そんな簡単なものだと思ってるのか? もう二度と、誰かを自分の人生に入れたくないんだ。だから頼む……俺の人生に関わらないでくれ」
アーシの目に涙が浮かんだ。
「わかったわ……」
彼女はそれだけ言うと、ゆっくりと立ち去っていった。
アルジュンは怒りに支配されたまま、その場に立ち尽くしていた。
5分……
10分……
その時、突然、彼の携帯電話が鳴った。
画面に表示された名前は……
「アーシ」からの着信……
アルジュンは迷わず電話に出た。
だが、受話器の向こうからは風の音しか聞こえてこない。
「もしもし……アーシ?」
返事はない。
電話は突然切れた。
アルジュンはすぐにかけ直した。
「おかけになった電話は電源が入っておりません」
心臓が激しく高鳴り始めた。ふいに、2年前のある朝の光景が脳裏をよぎる……
17件の不在着信。
彼の手が震え出した。
「いや……嘘だろ……」
彼は一瞬の躊躇もなく、公園の出口へと走り出した。
アルジュンは迷わず公園を飛び出した。心臓が激しく高鳴り、自分の荒い息遣いさえ聞こえるほどだった。雨が再び降り始めていた。通りから人の姿が次第に消えていく中、アルジュンはただ一人の名前を呼び続けた。
「アーシ……!」
彼は公園の隅々まで探し回った。
ベンチのそば……
噴水のそば……
遊歩道……
だが、アーシの姿はどこにもなかった。
彼はもう一度、彼女に電話をかけてみた。
電源が切れていた。
アルジュンの手が震え始めた。
あの忘れられない、恐ろしい夜の記憶が鮮明に蘇ってきた。
17件の不在着信……
病院……
ナイナ……
彼女の最期の言葉……
「お願いだから、電話に出て……」
アルジュンは両手で頭を抱え込んだ。
「いやだ……今回だけは……神様、お願いだ、今回だけは……」
彼は公園を飛び出し、アーシがよく立ち寄っていた場所――茶屋、バス停、図書館――へと駆け回ったが、どこへ行っても同じ答えが返ってきた。
「見かけていないよ」
それから1時間ほど経ち、疲れ切った彼が公園裏の古い小道を通っていると、大きな木の下に誰かがいるのが目に入った。
誰かが静かにそこに座っていた。
アルジュンは駆け寄った。
「アーシ!」
アーシはゆっくりと顔を上げた。泣き腫らして目が赤くなっていた。
「あなた……?」
次の瞬間、アルジュンは彼女の前に膝をつき、迷うことなく彼女を強く抱きしめた。
アーシは驚いた様子だった。
「ア、アルジュン……どうしたの?」
アルジュンの頬を涙が伝い落ちた。「無事でよかった……それだけでいいんだ……」
アーシには状況がよく飲み込めなかった。
「どうして泣いてるの?」
アルジュンはそっと彼女を放した。
「電話が……」
「充電が切れちゃって」アーシは電源の切れた携帯電話を見せた。「ただここに座ってただけ……一人になりたくて」
それを聞いて、アルジュンの呼吸はゆっくりと落ち着きを取り戻した。彼は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
しばらくの間、二人の間に静寂が流れた。やがて、アルジュンは静かに口を開いた。「2年前……僕にも、ある女性がいたんだ」
彼は初めて、ナイナとのすべてを打ち明けた。出会い、愛し合った日々、あの言い争い……そして、17回もの不在着信のこと。
アーシは黙って耳を傾けていた。
話が終わる頃には、アルジュンの声は感情に震えていた。
「あの日のことを、ずっと自分自身で許せなかったんだ。もしまた誰かを愛して、その人を失うようなことがあったら……もう生きていけない、そう思っていたから」
アーシの目にも涙が浮かんだ。
彼女はそっとアルジュンの手を握った。
「あの日の過ちは、お互いに怒っていたことだけ。それなのに、あなたは一生自分を責め続けてきたのね」
アルジュンは黙ったままだった。
アーシは微笑んだ。その笑顔には、ほんの少しの切なさが混じっていたけれど。
「ナイナだって、深く愛した人が……一生を涙だけで過ごすなんて、望んでいなかったはずよ」
アルジュンはゆっくりと彼女の方を見た。
アーシはさらに強く彼の手を握りしめた。
「私はナイナじゃないし、彼女の代わりになりたいわけでもない。ただ、あなたにまた笑顔になってほしいだけなの」
しばらくの間、アルジュンは言葉を発することができなかった。やがて、彼はかすかに微笑んで言った。「一つだけ、約束してくれる?」
「何?」
「携帯の充電を、絶対に切らさないこと」
アーシは思わず笑い出した。瞳にはまだ涙が残っていたけれど、その笑い声には新しい始まりの予感が込められていた。
「約束するわ」
2年ぶりに、アルジュンは心からの笑顔を見せた。
二人は雨の中、ゆっくりと公園を後にした。
アルジュンは携帯を取り出し、ナイナとのチャット画面を開いて、あの最後のメッセージをもう一度見つめた。
「お願い、一度だけでいいから電話に出て……」
彼は静かに画面を消し、空を見上げて、穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「君のことを忘れたわけじゃない……でも、君のおかげで、僕はまた生きていくことを学べたのかもしれない」
彼は携帯をポケットにしまい、アーシと共に歩き出した。
~ 完 ~
最後まで『17件の不在着信』を読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、ただの恋愛小説ではありません。
「後でいいや」と思った、そのほんの少しの迷いが、人生を大きく変えてしまうこともある――そんな想いを込めて書きました。
誰でも一度は、大切な人からの電話やメッセージを後回しにしてしまった経験があるかもしれません。でも、明日が必ず来るとは限りません。
だからこそ、この物語を読んだあと、大切な人から連絡が来たら少しだけ優しくなれたり、「今、電話に出よう」と思っていただけたなら、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。
アージュン、ナイナ、そしてアーシの物語が、皆さんの心に少しでも残ってくれたら幸いです。
もし作品を楽しんでいただけたら、感想や評価をいただけると、とても励みになります。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
また次の物語でお会いしましょう。
心からの感謝を込めて。




