表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声をなくした花屋と、言葉を捨てたマイム  作者: 稀葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/31

第二章 魔法の言葉 4

午後の降水確率50%。

降っても降らなくても当たりなんて、なんて狡い天気だ。


降り出す前に──そう思って、咲良は買い物に出た。


デニムに無地の長袖シャツ。

手にはキャンパス地のトートバッグだ。

休みの日にスーパーへ行く時と、たいして変わらない格好だ。

 

せっかくの誕生日にといっても、特別な予定があるわけじゃない。

それでも、どうせなら晴れてくれたらよかったのに、と思う。

 

『蒼い森』は木曜が定休日。

今年はちょうど誕生日と重なった。

いっそ、いつも通り仕事だったほうが気が紛れたかもしれない。

 

家を出る時には、ケーキをいくつも買おうと思っていた。

けれど、こうして外に出てみると、そんな気持ちはどこかへ消えていた。

広場では、今にも降り出しそうな空の下、ナギがパフォーマンスをしている。


そういえば、じっくり見たことはなかった。

咲良は、彼からは少し離れたベンチに腰を下ろした。

 

彼は今日も、音もなく世界を紡いでいる。


ナギの包んだ両手から、小さな生き物が生まれる。

それは遠くに行きたがり、彼はそれを繋ぎ止めようと必死だ。

見えない糸を手繰り寄せ、張り詰めた糸を慎重に巻き戻していく。

 

そんなナギとは裏腹に、足を緩める人はいても、立ち止まる人はほとんどいない。


どこにも届かない言葉のようだ、と咲良は思った。

 

胸の奥では波紋が広がるのに、外には出ていかない。

 

──それでも、いいのかもしれない。

 

ふと、鼻先に差し出されたカンパニュラに咲良は我に返る。

視線の先、少し上には、狐面が小首を傾げていた。

 

差し出されたピンクのカンパニュラは、昨日ナギが迷いに迷って選んだ花だ。

釣り鐘のような花が連なり、可愛らしい音を奏でそうで、咲良の好きな花だった。


けれど、まさか自分に差し出されるとは思わなかった。

 

おずおずと受け取ると、ナギは恭しく、マリオネットのようにお辞儀をした。

咲良もつられて、ぺこりと頭を下げる。

 

顔を上げると、ナギが面を外しながら「これだと、キャッチアンドリリースですね」とおどけて笑った。

咲良も思わず笑みを返すと、彼はほっとしたように目を和ませた。

 

「伊藤さんは、花が似合いますね」

 

さらりとしたそのひと言に、咲良の身体が固まった。

 

花が、似合う。

 

そんな風に言われたのは、生まれて初めてだった。

言葉の意味が胸に届いた瞬間、頬がじんわりと熱を帯びる。

冬の名残を抱えた胸の奥に、小さなぬくもりが灯った。

 

お世辞だとしても素直に嬉しかった。

咲良はスマホを取り出し、指先で文字を打つ。

 

《ありがとうございます。嬉しい誕生日になりました》

 

「え……誕生日なんですか? じゃあ、これからお出かけですか?」

 

”誕生日のお出かけ”とはほど遠い格好だと自覚して、咲良は恥ずかしさに目を伏せ、、そっと首を振った。

 

少し考え込んでから、ナギが口を開いた。


「よかったら、このあと、ご飯でもどうですか?」 


不意の誘いに、咲良の心臓がトクンと跳ねた。

曇り空のはずなのに、世界が少しだけ明るくなった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ