第三章 紫陽花の庭 4
綾華の来訪から数日が過ぎた。
咲良はエプロンのポケットにいれた名刺を、布越しにそっと撫でる。
この一週間、凪の姿は見えなかった。
店にも現れず、広場でのパフォーマンスも途絶えている。
それを、物足りなさと安堵が入り混じった気持ちで受け止めていた。
「さくちゃん、ちゃんと寝てる?」
隣でアレンジを作っていた美弥が、手を止めて覗き込む。
《最近つい、夜更かしして映画を見てて》
……本当は違う。
ここ数日、燃えさかる炎の夢にうなされては、飛び起きる夜が続いている。
それに加え、『久田 凪』を検索し、記事をひとつ、またひとつと読み漁っていた。
大学在学中にLynel開発。
時代の寵児。
華々しい記事がたくさんでてくる。
それと同じくらい、SNSの功罪として、いじめや犯罪の温床になっている責任について書き立てた記事も多かった。
今はもうLynelの権利は別の会社にすべて売却されていることも、咲良は昨夜初めて知った。
「そっか。寝不足はお肌の大敵だからね。ま、さくちゃんはまだ若いからなぁ」
美弥は呟くように言いながら、カーネーションでプードルを作っていく。
この季節、例年人気のアレンジだ。
咲良はアレンジはあまり得意ではない。
このプードルも、咲良が作るといつも何か不思議な生き物になってしまい、「これはこれで味があるよ!」と美弥に慰められることもしばしばだった。
美弥の手元を真剣に見つめながらも、咲良の指先は、いつの間にかポケットの名刺をなぞっていた。
「そういえば三回忌、旅館の組合からどうするのかって連絡が来てね。家族だけでやるって答えようと思うんだけど、いい?」
咲良はこくりと頷いた。
火事の後、事務的な手続きはすべて美弥が引き受けてくれた。
《ありがとうございます。いろいろやってくださって》
ボードを掲げると、美弥は「子どもは気を遣わないの! それに妹孝行したいのよ、私」とひときわ明るい声を出した。
「吹喜は私が継がなくちゃいけなかったのに、美奈が継いでくれて……それであんなことになっちゃったでしょ。ちょっとだけ負い目があるの」
初めて聞く言葉に、咲良は目を瞬かせた。
急いでボードに、《母は女将の仕事、好きって言ってました》と書いて見せる。
「うん。ね、美奈はいいよって言ってくれたけど、それで許された気持ちになるかっていうと、また別じゃない? なんて……こんな話ができるくらい時間が経ったって思うと、それもちょっと寂しいね」
咲良は小さく頷いた。
「さくちゃんは幸せにならなくちゃいけないんだよ。それだけは義務だからね」
《美弥さんもですよ》
「ふふ、そうだね。まずは力を合わせて、母の日を乗り切らないとね!」
微笑んだ美弥の手の先には、二匹のプードルが仲良く並んで籠に収まっていた。




