第三章 紫陽花の庭 1
またあの男が来た。
「この前のお花、すごく良くて。また、あなたに選んでもらいたくて」
二度目の来店でそう言った男は、それ以来、週に二回のペースで花を買いに来るようになった。
ピシっとしたスーツ姿の男に、咲良は作り笑いを浮かべながらホワイトボードを取る。
《今度はどんな花がいいですか?》
尋ねはしたけれど、男の答えはわかっていた。
「あなたのおすすめで」
一拍の間を置いて、男は笑みを深めた。
「……あなたの好きな花で」
またか、と思いながら、咲良は花を選ぶ。
今日はスプレーバラにした。
白い花弁が濃いピンクで縁取られた可愛らしい花だ。
手早く花を包む間、「遊んでいられる奴はいいな」と男が呟く。
顔を上げると、男の視線の先で凪が女子高生に花を差し出していた。
広場には、はじけるような笑い声。
「チャラチャラしやがって」
男の低い呟きに、咲良は即座に心の中で首を振った。
(違う。凪さんの花は、そういうんじゃない)
凪の差し出す花は、相手への優しさと労りだ。
男が考えているようなものではない。
反発心を精一杯の接客スマイルの下に隠して、咲良は花を差し出した。
「やっぱりあなたはいいですね。癒やされます」
男が小さく頷く。
その視線に、値踏みされるような感覚が走り、咲良は無意識に掌を握りしめた。
背を向けて去っていく男を見送りながら思う。
あの「いい」は──『話さなくていい』の「いい」だ。
凪なら自分に都合がいいから『いい』だなんてきっと言わないだろう。
花を手にした女の子たちが去って行く。
その様子を少しだけ──ほんの少しだけ羨ましく思いながら、咲良は小さく息をついた。




