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水墨画の中のアイツ

作者: 昼月キオリ
掲載日:2026/01/27


<人物紹介>

♦︎桜木桃馬さくらぎ とうま)(16歳)

気弱でネガティブな高校1年生。クラスで虐めらている。

両親を幼い頃に交通事故で亡くし、祖父母と3人暮らし。

好きなものは古い本と、クラスメイトの女の子、鶯谷(うぐいすだに)さん。


♦︎虎

水墨画の中に封じられた、黒と白の力強い筆致で描かれた雄の虎。

祖父が若い頃に描いたもので、祖父が飼っていた虎が亡くなった際に描いたもの。

口は悪いが、根は真っ直ぐで、弱者を食い物にするような残酷さは持っていない。






一話 水墨画の虎


冬真っ只中。

凍えるような寒さだと言うのに、

家の庭には早咲きの桜が咲いていた。

薄紅色の花びらの中をメジロが二羽、踊るように花から花へ飛び移っては花の中に顔を突っ込んでいる。


学校から帰った桃馬は、いつものように2階の自分の部屋に駆け込んだ。

ドアを閉め、鍵をかける。

そしてベッドに突っ伏して、声を殺して泣いた。


今日もまた、教室の後ろで教科書を隠され、鞄にゴミを入れられ、帰り道では「消えろよ」と肩を叩かれた。

誰も助けてくれないし誰も見てくれない。


階段を登る音がして、祖父の声がした。


祖父「桃馬、ちょっといいか?」


キッチンに下りると、祖父が古い桐箱を抱えていた。

隣には祖母が、静かに微笑んでいる。


祖父「これをあげよう」


祖父が差し出したのは、黒い紐で巻かれた一幅の水墨画だった。

祖父が若い頃に描いたものだという。


部屋に戻り、紐を解いて広げてみた。

そこには、岩の上に立つ堂々とした虎が描かれていた。

墨の濃淡、毛の一本一本まで力強く、目だけが鋭く光っているように見えた。

立派な虎の絵だった。


桃馬「かっこいいけど、飾る気にはなれないな」


桃馬はそう呟いて、掛け軸を部屋の隅に立てかけた。

そのままベッドに倒れ込み、また泣いた。


どれくらい時間が経っただろう。


桃馬「うっ、うぅ・・・」


突然、低く太い声が響いた。


虎「おい」


桃馬は飛び起きた。

部屋を見回すが、誰もいない。


虎「ここだ」


声の方向は、隅に立てかけられた水墨画だった。


恐る恐る近づき、掛け軸を広げると・・・。

絵の中の虎が、首を傾げてこちらを見ていた。

墨の線がわずかに動き、虎の瞳の中の金色の光りがゆらりと揺れた。


桃「な、何これ!?動いてる!?」


虎「うろたえるな。俺はお前のじいちゃんが飼ってた虎だ」


桃馬「飼ってた虎!?じいちゃんが!?」


虎「うるさい。細かいことはいい。 」


桃馬「そんなこと言われても・・・」


虎「とにかく、俺を部屋に飾れ・・・っておい!」


桃馬はさっと巻き直し、紐で結んでしまった。


虎「飾れ桃馬。さもないと掛け軸から飛び出して食っちまうぞ。」


桃馬はその言葉に慌てて掛け軸を壁に掛けた。

虎は満足そうに鼻を鳴らした。


虎「これでいい。で、さっき泣いてただろ。どうした」


桃馬「クラスで、いじめられて・・・」


虎「男だろ。メソメソすんな。戦えよ」


桃馬「君と一緒にしないでよ!虎に僕の何が分かるって言うんだよ。」


虎は数秒の沈黙の後、低い声で言った。


虎「弱ければ食われる。強ければ生き残る。ただそれだけだ。」


桃馬は言葉に詰まった。


桃馬「それ言われたら、何も言い返せないじゃん」


虎「色々言ったが、人間と虎じゃ、産まれた環境が違うし生きてる場所も違う。仕方ないさ。」


桃馬「君が人間の世界にいたら、モテるんだろうな。」


虎「それはどうかな。

虎の世界では強いからモテるが、

人間の女は『私の気持ち分かってくれないのぉ』とか『優しくしてよ!』とか言い出すだろ。」


虎が絵巻の中でくねくねしたり、目をキラキラさせたりしている。

どうやら人間の女の子の真似をしているらしい。


桃馬「も、モノマネ上手いね・・・」


虎「そりゃどうも」


その夜、桃馬は何故かゆっくり眠れた。







二話 奪え!


数週間後。


桃馬は虎に、ずっと胸に秘めていたことを打ち明けた。


桃馬「僕、好きな子がいるんだ。

鶯谷さんって言うんだ。

でも、彼女には彼氏がいて。しかもボクシング部のエースなんだよ。」


虎は静かに聞く。


虎「それで?」


桃馬「諦めようと思ってたんだけど、諦めきれなくて」


虎「奪え」


桃馬「え!?そんなことできないよ!鶯谷さんを傷付けるだなんてそんな・・・」


虎「そんな甘っちょろいこと言ってるから、お前はいつまで経ってもダメなんだよ。」


虎の言葉の鋭さたるや。


結局、桃馬は虎に乗せられてボクシングの練習をし、

放課後のボクシングの部室で彼氏に戦いを挑んだ。

当然のことながら、ものの数秒で桃馬は床に大の字になった。


しかし、そんな桃馬に対して鶯谷の彼氏である古屋(ふるや)(3年生)は、

意外にも静かに手を差し伸べてきた。


古屋「君も、鍛えればきっと強くなれるよ。

そうしたらまた戦おう。

何があっても、彼女は渡さないけどね」


そう言ってウインクされた。

その言葉は、殴られたことよりずっと痛かった。


部屋に戻った桃馬は、壁にかかった虎に報告した。


桃馬「負けた」


虎「だろうな。

毎日何時間も鍛錬してる奴に、数時間だけ本気出した奴が勝てるわけがない」


桃馬「君は、奪えないって分かってたから僕にふっかけたんだろう?」


虎「まあな。

何故そいつに彼女が付いていってるか、分かるか?」


桃馬「強いから?」


虎「それだけじゃない。

ソイツは虎の俺たちと違って強いだけじゃなく、優しさや信念があるんだ。」


桃馬「そんなこと、目で見た僕が一番知ってるよ。」


虎「悔しかったら、強くなって見返せ」


桃馬「無理だよ」


虎「だろうな」






三話 友達


3月の終わり。

桜が満開になる少し前、祖父母が住む古いアパートで火事が起きた。


学校から帰った僕は、じいちゃんとばあちゃんが家の外にいるのに気付いた。

自分の家から煙が見える。火事だ。


桃馬「虎君!」


祖父「桃馬!危ないぞ!!」


キッチンは燃えてるけど、他はまだ大丈夫だ。

駆け足で二階へ上がる。


桃馬の部屋に飾れた水墨画の虎は騒ぐことなく絵の中に凛と立っていた。


桃馬「虎君!!」


桃馬が叫んだ。


虎「とう、ま・・・?何しに来た。エロ本か?」


桃馬「違うよ!ってゆーか何でそれを知って・・・いやいや、今はそんなこと言ってる場合じゃない!」


虎「お前、馬鹿だな。たかが紙切れの為に火の中に入るとはな。」


桃馬が掛け軸を丸めて紐で結んで抱えた。


桃馬「友達は見捨てられないよ!」


桃馬は掛け軸を抱えて、煙の充満する廊下を走った。

階段はすでに炎に包まれていた。


虎「友達?」


丸められた掛け軸から声が聞こえる。


桃馬「僕にとっては、そうだよ。

君は僕の話を、いつだって聞いてくれた。

例え仕方なくでも、嬉しかったんだ。

君は嫌がるだろうけど」


虎「・・・いや。お前は俺を守ってくれた。

俺だって、焼かれて死ぬのは怖かったんだ。」


桃馬は階段の手すりを掴みながら、涙が溢れた。


桃馬「え・・・そうか、そうだよね」


虎君だって怖いものがあるんだ。

誰だって・・・きっと・・・。


虎「お前は、俺にとって心強い友達だよ」


桃馬「え?」


虎「強くなったな、桃馬ニヤ


桃馬「じいちゃん!?」


虎「俺は虎だ(スンッ)」


火の手をくぐり抜け、桃馬はなんとか外に出た。


それから家族は家を離れ、少し離れたアパートに引っ越した。


学校は変わらない。


でも、桃馬は少しずつ変わっていた。

いじめられて毎日泣いていた桃馬は、たまに泣く日もあるけど確実に回数は減っていた。


壁にかかった虎は、今日もいつものように言った。


虎「おい、今日も学校か。 泣くなよ」


桃馬「泣かないよ。僕ね、ボクシング部に入ろうと思うんだ。」


虎「なんだ、女を本格的に奪いにいくのか?」


桃馬「違うよ。体、鍛えようと思って。

あ、だからって強くなっていじめてた奴らを殴りに行くわけじゃないからね?」

 

虎は満足そうにフンと笑った。


虎「お前らしくていいんじゃないか?」


今日も、そして明日も。

桃馬は水墨画の中のアイツと、一緒に生きていく。

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