第2話 義姉と義弟
アッシュが操縦する作業用エレメンタルフレームのコックピットは、赤い雨に濡れるほど剥き出しだ。
レインコート姿のアッシュは、操縦桿を握りながら魔揮発油缶を持ち上げ、ピクシーフレームの背中にある燃料口へ慎重に注いでいく。
魔揮発油は騎士たちが操る人型駆動汎用兵器――ピクシーフレームの動力源になるので、補給部隊の任務は退屈でも、アッシュ自身は誇りを持っていた。
「アッシュちゃん、魔揮発油の補給って重労働じゃない?
眠くない? お腹空いてない? 寂しくない?
お姉ちゃんの胸で、い~ぱいぎゅってしてあげるからね?」
「メグ姉さん、狭いのであんまり引っ付かれると困るんですけど。
あと何か背中に当たってます」
作業用エレメンタルフレームは逆関節の足で器用に踏ん張り、人工筋肉の腕でそっと魔揮発油缶を傾け続ける。
「そんな寂しいこと言わないで~!
私たちは二人っきりの家族だよ、仲良くしよう~!」
「いや、血も繋がってませんし、メグ姉さんは実妹いましたよね!?」
「い、いるけどぉ……あの子、全然構ってくれないしぃ」
アッシュが視線を向けると、レインコートの下に青基調の騎士団制服を着た金髪碧眼の美女――メグ=エルフィンが口を尖らせていた。
「上手くいってないんですか?
仲良くした方がいいですよ。家族は大切です」
自分が発した言葉が返ってきたことで、メグは少しだけ肩をすぼめる。
やはりうまく行ってはいないようだ。
「わ、分かってるけど――こ、この任務が終わったら、数年ぶりに会いに行くもん。あの子の誕生日だし」
「良いですね、プレゼントあげたら喜びますよ、きっと」
随分メグと同居しているが、妹の姿をアッシュは見たことがない。
せいぜい手紙が稀に送られてくるくらいだ。
メグの話では、寮住まいで勉強が忙しいとかなんとか。
「そう……だね。
喜んでくれるといいけど」
メグはピンク色のストライプが入った、可愛い小箱をアッシュに見せた。
「なにが入ってるんですか?」
「えへへ、ないしょ~。
誕生日会はアッシュちゃんも参加してね。
お姉ちゃん、腕によりをかけてご飯作っちゃうから!」
「ありがとうございます!
でもご飯は俺に任せてください」
幼少時にアッシュの村が地図から消え、メグに拾われてから十年。
今では家族同然に育ってきたお姉ちゃんの料理は――実に個性的だった。
苦手ではないが、食べられるのが毒見耐性のあるアッシュだけでは、妹さんが可愛そうだ。
「やったー!
アッシュちゃんの料理も、アッシュちゃんも大好き!」
メグはぱっと表情を明るくし、恥ずかしげもなく、アッシュの頬に口づけをする。
「ちょ、みんな見てますよ!」
「家族なんだから普通だよぉ」
女神のような笑みを浮かべ、作業用エレメンタルフレームのコックピットから軽々と飛び降りる。
その身のこなしは、騎士団でも一目置かれるファイターの実力そのものだ。
「じゃ、そろそろいってきまーす!
今日の晩御飯はハンバーグでおねがーい!」
「昨日と同じじゃないですか!
……ったく、気を付けて行ってらっしゃい!」
肉が好きすぎるだろと内心で苦笑しながら、食材を思い出す。
特別に目玉焼きも乗せてあげよう、メグは最近忙しそうなので、オマケはたいそう喜ぶに違いない。
彼女は先ほど補給したばかりの人型駆動汎用兵器ピクシーフレーム:ファイターへと軽い足取りで駆けていった。
アッシュが簡易テントに戻るころ、大隊長の声が魔石内蔵式無線機から流れ始める。
重い中年男性の声が、雨音の隙間を縫うように響いた。
『あと一刻もすれば、この村は緋雨の増水で緋海に呑まれる。
各機は散開して、逃げ遅れた村人の最終確認を行え。
……まあ、先発隊が見てるから、俺らは試験の見直しみたいなもんだ。
気楽にいこう、帰ったら飯くらいはおごってやる。以上』
アッシュはタオルで体を拭き、他の補給員と同じように椅子へ腰を下ろす。
ふと、テーブルの端に置かれた桃色のヘアバンドに目が留まった。
(ああ、メグ姉さん……今日も抜けてるんだから)
いつも愛用のヘアバンドを身につけていないと注意力が散漫になるのを、アッシュはよく知っている。
任務中は補給部隊は待機だが、大隊長がいったように今日は気楽な任務だ。
アッシュは少しばかり考えて再びレインコートを羽織った。
「ちょっと忘れ物を届けてきます!」
テントの外は、世界の色を塗り替えるような緋色の豪雨。
その先には、薄暗い人影の巨人が隊列を組んで歩いていくのが見える。
作業用エレメンタルフレームなら、追いつける。
アッシュは決意を固め、赤い雨の中へと駆け出した。
ブーツが踏みしめる地面は――既にくるぶしまで這い上がっていた。
【カクヨム】
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