第15話 ヘアバンド
強く机を叩く。
痛みがジワリと広がっていく。
「レイガが第一部隊大隊長だと……いや、その可能性はあるか、だがしかし、一年で……」
「灰被りの逮捕を皮切りに、次々と騎士団に貢献したと聞いたわ。
メグ姉を殺されたから……その想いを継いで、世界平和を維持したいって」
「あの野郎――!!」
沸き上がる熱が身体に広がり、再び机へと怒りをぶつけそうになるが、何とか手を止めて、深く息を吐く。
怒りは奴を前にするまで取っておけ――己に言い聞かせて、頭を振って冷静さを取り戻す。
「改めて聞くけど、レイガ大隊長がメグ姉を殺したのは間違いないのね?」
信じられないようにニアはアッシュを覗き込んだ。
「ああ、普段と変わらない涼しい顔で血のりを拭いてたのが、今でも鮮明に思い出せる」
「そう……なのね。
となると、これはかなり大ごとかも」
「すぐにミリオン王国へ向かおう。
レイガをこの手で――!!」
「灰被り、それは難しいことよ」
自身の片腕を抑えて、ニアは目を伏せながら言った。
「今や彼を知らない人はいないほど、人気がある。
怪しい噂があっても、誰も信じないほどのカリスマ性。
それに、一国の大隊長に復讐するなんて……無謀すぎる」
「このまま――何もせずに放っておけというのか……!」
「そうはいってない。けど……手の打ちようがない」
「くそ……!」
何処まで行っても世界の正しさとは、立場と発言力。
冤罪とはいえ監獄に堕とされた男と、一国の大隊長ではどちらが正義か、火を見るより明らかだった。
せめてレイガの悪事を暴くことができれば――。
「……ニア、この前のフェアリーフレームから取り出した、あの黒い箱。
固有魔術が刻まれてるんだよな。それでレイガをどうにかできないのか」
「人罪武装ね、残念ながらそれも無理。
本来なら他のフェアリーフレームでも固有魔術が仕えるはずなんだけど――書き換えられてたの、読めない文字に」
「読めない文字?」
「ええ、こんなことは初めて。
まだ解析中だけど、たぶん灰被りが放ったレイクエムの攻撃が理由だと思う」
「それじゃ、どうしたら……」
レイガを慕うものが多すぎて、誰も信じてくれない。
この図式は、一年経っても変わりなかった。
富や名声に守られた者は、誰も手だしできないのではないか。
レイガは何が狙いか分からないが、もう既に目的を達成して、悩みなく過ごしているのではないかとすら思える。
「悩み……?」
「どうしたの灰被り」
「いや、なんでレイガは俺の居場所をニアに教えたのかなって……」
ミリオン王国は大国の一つ。
大国を守る騎士団も四部隊に分かれている。
四部隊の中でも最も力があると言われていたのが、第一スプリング部隊だ。
(その大隊長まで登りつめた奴が、何を今更、レイス監獄に捕まっている俺なんかを気にした……?)
「それは勿論、灰被りが目障りだからじゃないの?
妹が犯人を知れば激昂するのは普通じゃない」
「俺は無期懲役だった。放っておけば死ぬはずだ。
もしニアを刺客にしたとしても……なんで今のタイミングだったんだ」
「分からないわ。
私も、犯人の居場所が分かったって手紙が届いただけだったし――」
「監獄を襲撃したあのフェアリーフレーム。
ニアを追って来たってって言ってたな。
自分たちのことを『聖雨の使徒』だとか、なんとか……」
「それは単純に、追われただけだと思う。
今や錬金術師同士は殺し合うのが普通だから」
「それはどういうことだ――ああ、分からないことが多すぎる」
ぼさぼさの灰色の髪をわしゃわしゃとかいて、アッシュは椅子に身体を預けた。
一年で世界は大きく様変わりしてしまって、自分が知らない世界に飛ばされた感覚に陥ってしまう。
「ふふ」
天井を見上げていたアッシュを目にしたニアは、打つ手がない状況にも関わらず、笑っていた。
「なんだよ」
「やっと頭が冷えたみたいだからね。
思ったより、行動馬鹿じゃなくて安心したってことよ」
「嫌な言い方だな」
「褒めてるの。
それに――これは貴方が持ってた方が良さそうね」
ニアは椅子から立ち上がりアッシュへとそっと手を伸ばして、何かを頭に被せた。
今まで目障りだった前髪が持ち上げられて、視界が開ける。
「これは……メグ姉さんのヘアバンド」
「一年前の貴方の荷物を、ロイドが見つけて来てたの。
さあって、まずは仲間を増やさなきゃね」
「仲間?」
彼女は振り向かずに作戦会議の扉へ向かって歩き出す。
先ほどまでの悩みは既に無くなったかのように。
「発言力が大きい奴には、こっちも声を大きくすればいいの。
成すべきことを成せば、確実に辿り着ける――そうでしょ?」
それだけを言うと、ニアはひらひらと手を振って、会議室を後にした。
残されたアッシュはヘアバンドを軽く撫で、両頬を叩いて勢い良く立ち上がるのだった。
※力不足な部分から、今作は更新保留とします。
別サイトで公募中という理由もあり、再度別作品を公開予定です。




