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第14話 旅立ち

 レイス監獄の生存者は確認できた範囲で2名。


 レイス監獄の下級看守のロイド=ブラウン、十三歳。

 ミリオン騎士団のメグ=エルフィン殺しで投獄されていたアッシュ=ヴァレンタイン、十七歳。


 監獄関係者が別の街に移動するための飛空艇は、港から軒並み消えていた。

 半壊した監獄の瓦礫に混ざって飛空艇の破片も確認できたので、梵天ノ化身が破壊したのかもしれない。


(無事だった飛空艇は――無実の罪で捕まった者たちが逃げ出したんだろう)


 梵天ノ化身の固有魔術に利用されたのは、間違いなく罪を背負った終身刑囚と死刑囚だけのようだ。


 アッシュは革張りのソファーに身を沈ませて、深くため息をついた。

 なんだか色々なことがあり過ぎて、考えがまとまらない。


「よく大型機動飛空艇なんて残ってたわね」


 艦橋ブリッジで艦長席を撫でながら、ニアが感嘆の声を上げる。

 今までアッシュも騎士団の飛空艇を見たことはあったが、木造と魔石、回転羽によって動く空飛ぶ船のような代物だった。


 レイス監獄に残されていた唯一の飛空艇は、羽も無ければ回転する巨大な推進器もない。

 この大型機動飛空艇は、武装した縦長の城を船に改造したと言っても信じるような未来的な形状をしていた。


「本来ならば王や教皇など位の高い方が訪れたときに使用予定だったみたいです。

 噂では地下施設で秘匿して建造されているとのことでしたが――完成していたとは」


 優男で背の小さいロイドは地味なズボンとワイシャツに着替え、胸ポケットから鍵を出した。

 生存者探しの際に、地下施設への鍵を見つけて来たらしい。


「看守――いえ、ロイド。よく秘匿のカギと分かったわね」


 ニアの言葉にロイドは苦笑いをする。 


「僕は……ここではずっと虐められていたので。

 味方がいない中で生き抜くには、どんな細かい情報も知っておく必要がありました……逃げ隠れできるように島の構造も全て覚えましたので……」


「強者のみが生きる世界になったからこその知恵ね。

 ありがとう、ロイド。あなたの気と肉体の弱さが、私たちを島から逃がしてくれるわ」


「は、はあ……錬金術師様のお役に立てたようで何よりです」

「おい、ご主人様よ、言い方ってもんがあるだろ」

「だ、大丈夫ですよ、アッシュさん。事実なので……」


 ロイドは頭をかいて、操舵席に座った。

 この大型飛空艇オルフェウスを動かせるのは彼しかいないからだ。


 なんとなくなので、本格的に動かすなら各部署の人員を確保しなければいけないが。


「ロイド、ではここから一番近い街――貿易都市クロッシングに向かいましょう」


「りょ、了解しました、北へ舵を取ります!」


 説明書を手元に置きながら、恐る恐るロイドは操舵桿を握る。

 魔揮発油エーテルが大型飛空艇オルフェウスの各部に流れ込み、静かに海面から浮上して絶海の孤島レイス監獄から離れていく。


 あんなにも逃げ場がなかった島だったのに、離れてしまえばあっけないものだった。


「灰被り、話がある。場所を変えるわ」


 見慣れた赤い海を見下ろしていたアッシュは、ロイドに一度目配せをして後を追う。

 一人でも短い距離を飛ばす程度には、頑張ってくれそうだ。


 ◇


 豪華絢爛な装飾ではないが簡素で機能美が備わっている艦内を進み、作戦会議室へと二人は足を踏み入れた。


 二人で話すには広すぎるが、ドアにほど近い場所で向かい合って座る。


「早速だけど、あの僧侶の固有魔術に掛かってなかったわね、灰被り」


「……ああ」


「――つまり灰被りはメグ姉を……殺していない?」


 初めて《《殺していない》》という言葉を投げかけられて、予想以上に胸が締め付けられて苦しくなった。

 何を伝えても裁判官も騎士団も、アッシュが殺したことにしていたから、なおさらだ。


「ああ」


「私は錬金術師――今は訳があってどの国に所属してないけど――大体の書物の閲覧は許されているの」


 ニアは息を吸って、話を続ける。


「メグ姉が殺害された日。

 緋海に沈んだ村では逃げ遅れた人がいないか最終確認が行われていた。

 当日はこれまでにない緋雨の雨量も多く、ミリオン騎士団補給部隊のアッシュ=ヴァレンタインは正気を失い、メグ姉を背中から殺し、海へと放り投げた――ここまでが調書に保管されている内容よ」


 嫌というほど聞かされた偽の真実にアッシュは嫌気がさした。

 この内容が本当だとするならば、レイガの発言力は相当なものである。


「信じてくれるか分からないが――俺はあの時、メグ姉が忘れたヘアバンドを届けるために雨の中探し回って、遺跡のようなところに落下したんだ」


「遺跡……調書にはないわ。

 灰被りの発言にも記録は残っていない」


「消されたんだろう。どう見ても普通の遺跡じゃなかった。

 確か……贄として殺したとか言ってたな」


 遺跡内部で見たレイガの顔は、まともじゃなかった。

 普段通りすぎて……それが異常だった。


「灰被りじゃないなら、誰が殺したの?」


 もっともな疑問をニアは浮かべ、アッシュへと腰を浮かせて詰め寄る。

 吸い込まれるような青い瞳は、どこまでも深く、真実を追い求めているのが手に取るように分かる。


「レイガだ。

 ミリオン騎士団員、騎士の一人、レイガ=シュヴァイツァー」


「レ、レイガ……!?」


 信じられない言葉でも聞いたようにニアは口を半開きにしたまま、ストンと椅子へと戻り、背中を預ける。


「当時は騎士団内でも最も騎士団大隊長に近いと期待されていた男だ。

 ……知ってるのか?」


「知ってるも何も……」


 ニアは言葉を探すように、瞳を彷徨わせてから、


「ミリオン騎士団の現、第一部隊大隊長であり――」


 アッシュの目を見つめて、


「私に灰被りの居場所を教えてくれた人」


 と、呟いた。


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