第13話 糸のような光
神・摸倣駆動兵器フェアリーフレーム:レクイエムは浅瀬でゆっくりと膝を付いた。
首筋のコックピットへと手を掛け、腕の力を振り絞って、アッシュがよろよろと外に飛びだした。
初めてのレクイエムの運用だったが、予想以上の体力の消費だ。
これで寿命がどのくらい減ったのか想像もつかない。
(いや、考えても意味はない。
この身が尽きる前にレイガを殺し、メグ姉にもう一度会いたいだけだ)
眼前にはひしゃげた躯と化した梵天ノ化身が佇んでいる。
動き出す気配はない。
「ん……あれは?」
梵天ノ化身の頭上。
これまで見たことがない糸のように細い線が、天より真っすぐに地上に向かって伸びている。
「ア、アッシュ、待って……」
向かおうとしたとき、コックピットから悲痛な叫びが響いた。
「どうした」
「……魔力を使い切ったみたい」
「そうか、ならそこで動けるまで寝てたらいい」
どうせ敵はもういない。
悪意を含んだ死の気配を感じなくなったのだから。
「……私の奴隷なら少しは心配しなさいよ」
「……じゃあな」
心配してやる義理はない。
こっちは仕方なく悪条件での契約をしているのだ。
くるりと背中を向けると、
「少しは信じてやろうと思ったけど……アッシュ――いえ、灰被りって本当に他人に興味ないのね……!
いいわ、『あたしを背負って行動しなさい』!」
「ぐっ!?」
アッシュの意志とは無関係に身体は再び振り向いて、コックピット内のニアを引っ張り出して、背負ってしまう。
「感謝しなさいよ、錬金術師を背負って歩ける奴隷なんてこの世界に存在しないんだから」
「いつから錬金術師の位がそこまで高くなったんだよ……」
ぼやきながら、アッシュはニアを背負った重みを感じさせず、浅瀬へと跳躍した。
「灰被り、緋海にそれ以上入るのは体調に関わるわ――あれは?」
彼女もこの世界の異変に気が付いたようだ。
緋色の雨が降り注ぐ中、彼女の頭にフードを被り直させたアッシュは、身軽に梵天ノ化身の巨体を駆け、目的地に到着する。
頭部から貫かれ、機体も押しつぶされていたので、階段状に破壊されていたこともあり、比較的登りやすい状態だった。
「……太陽光」
ニアは空を見上げ、深い雲を穿ったような光の穴に目を細める。
「太陽光?」
聞いたことがない単語にアッシュは首を捻る。
「緋雨が降り続くようになる前は、世界の天井は蒼一面だった。
昼間は巨大な光の玉から放たれる太陽光で地上は明るく照らされていた――と言われているわ」
「これが、その太陽光……」
雨の中で唯一、優しく輝く光線に手をかざすと、ほんわかと温かい。
掌から命が活性化するように、体中がホカホカしてくる。
「この雲の上にそんなものが?」
「あるんでしょうね――何百年も差し込んだことがなかったのに……レクイエムのせい……?」
現象を自身の中で紐解こうと俯くと、ニアは足音の梵天ノ化身に視線を移した。
「灰被り、あそこまで行きなさい」
「……仕方ないな」
いつまで背中にいる気だ。
そうは思ったが絶対命令権には逆らえず、彼女が指定する位置に降りていく。
元々は機体の胸部があったあたりだろうか。
金属がぐしゃぐしゃに潰れ、中からは血管のようなケーブルが伸びている。
「そこの見せて」
指さした先は――手のひらに収まる程度の正方形の真黒な箱が浮いていた。
これだけは壊れている雰囲気はない。
「死体がない、搭乗者はホムンクルスを代用して――ええと、遠隔操作したって感じ――ね。
フェアリーフレームにしては弱いと思ったのよ。
まあ、この賢者の石は回収しましょう」
「それは何だ?」
「この箱はフェアリーフレームの本体みたいなもの。
構造情報や固有魔術が記されているわ。
錬金術師にしか分析できないけど――」
と、アッシュの背中から手をかざしただけで、ニアは頷いた。
「なるほどね……そっか。
この固有魔術のせいで罪人だけ、だったのね」
「分かるように言ってくれ」
「向かいながら話すわ。
……あの子も無事なら、助けてあげる理由ができたから」
一人で納得し、次に朽ち果てたピクシーフレーム:ナイトへとアッシュを誘導する。
「奴の固有魔術は天が定める罪を犯した者を自由に操作する魔術――名付けるとしたら『人罪武装』とでも言えるかしら」
アッシュの背中で程よく揺られながら、ニアは話を続ける。
「例えば――そうね、世界で最も信者が多い『聖雨教』には最後の審判というのがあるのを知ってる?」
「いや」
「……灰被りは学がなさそうだしね。
あのね、人が死んだら神が生前の罪を元に裁くと考えられてるの。
その神が裁く基準に触れた者が、さっきの魔術の範囲内にいると――」
「意思も肉体も乗っ取られるって訳か」
「ご名答」
だから監獄の大多数は奴の武器となったのだろう。
途中、何名かの看守も襲い掛かってきていたが、不正でもしていたのかもしれない。
(けど、少し見ただけでよく解析できるもんだ。
それになんでこいつは、そんな敵に追われてるんだ……?)
落ち着いたら考えることは多そうだ。
アッシュへの復讐のために訪れたとは思っているが、それ以上に面倒ごとに巻き込まれようとしている気がする。
「……罪人だろうと、看守だろうと悪人はいるものよ。
そして、その逆もまた然り――ほら、見なさい」
「あいつ……」
そこには鉄の鎧を身にまとい、鉄兜を抱いた男が、大破した機体の足元で手を振っていた。
「エルフィン様ー! アッシュさんー!」
使用した機体はボロボロだが、彼自身は命に別状は無さそうだ。
冤罪でアッシュを捉えていたとはいえ、何故かアッシュは口元が緩んでしまう。
「……灰被りのことも、もう少し調べる必要はありそうね」
「あん?」
雨音と水たまりが跳ねる音にかき消され、言葉は最後までアッシュの耳に届かなかった。
「まずは、ここを出ましょう、灰被り」
アッシュから灰被り呼びに戻ってしまったが、以前よりも少しだけ柔らかくなった。
そんな気がした。
【カクヨム】
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