第11話 沈没のフェアリーフレーム:起動
緋雨が降り続けて染まった真紅の海は、いつしか《ヒカイ》と呼ばれるようになった。
赤い水は人体に悪影響を及ぼすと言われているが、気が狂う者もいれば、まったく変化のない者もいる。
原因も規則性も解明されておらず、研究は遅々として進まない。
アッシュも髪色が灰色になっただけで、それ以上の変化は感じていなかった。
(見つけた……やはり近くにあったか)
ニアの飛空艇が飛び立った直後。
重たい荷物を投げ捨ててから飛んだのではないか――そんな一縷の希望を抱いて緋海へ飛び込んだアッシュの目に沈む影が映った。
神は、まだ完全には見捨てていなかった。
ぎゅっと目を閉じ、両頬に空気を溜めたニアを強く抱き寄せたまま、目標へと泳ぐ。
(人型だがピクシーフレーム系統とは、シルエットが違うな……)
世界中で使われている標準的なピクシーフレームは、ごつごつとした古代ゴーレムの系譜にある無骨な形状だ。
しかし、今見えている影はまるで別物。
浅瀬に頭まで沈み、傾斜に背を預ける姿は人間そっくり。
足元まで覆う長い緑のコートと、頭の後ろで揺れるフードは、まるでレインコートのようだった。
(流線型で……生物的ですらある)
沈黙するフェアリーフレームの外装に取りついた瞬間、背後から海が震えるほどの振動が走った。
振り返ると、梵天ノ化身の錫杖が海中へ突き刺さっている。
そこから溶け出すように罪人たちが現れ、わらわらとアッシュへ手を伸ばし泳いでくる。
(なんなんだあのフレーム、攻撃に特化してるわけじゃないが、こうも多くの人間を操るなんて、拠点制圧向きか?)
なぜ罪人だけが操られ、看守や自分たちは平気なのか――その疑問を考える暇などなかった。
アッシュは首元に回り込み、人間でいう頸椎に当たる部分に、操縦席へ続くと思しき開閉ハッチを発見した。
(どうやって開けるんだ……?)
罪人たちが迫る中、思案していると――小脇のニアが、手を伸ばしてハンドルめいたものをひねった。
直後、ハッチが上へ開き、海水とともに二人を飲み込む。
「げほ……げほ……!!」
「ごふっ……良かった……この子は無事……だった!」
操縦席内部は上下二段に分かれていた。
入り込んだ海水は、設置された排水溝から勢いよく流れ落ちていく。
「アッシュ、アンタは下、私は上、分かった?」
「ああ」
指示されるまま下段の席に座る。
見たことのない石のような無機質素材でできた椅子は、意外にも柔らかく、身体を包み込むように支えてくれた。
両手前には斜め方向から操縦桿が突き出している。
手を覆うような構造で、親指でローラーを回すと武装が切り替わる仕組みらしい。
「基本操作はピクシーフレームと同じ。
違うとすればフェアリーフレームは搭乗者の魂を読み取って、賢者の石と相互に情報のやり取りをするから、考えればその通りに操作をサポートしてくれるわ」
「ニアはどうするんだ?」
「私は魔術を行使するから、アッシュは操縦……あと時間がないから言うけど、私のフェアリーフレームは特別製――」
「どう特別なんだ、この複座型ってことか?」
上にいるのでニアの顔は分からないが、深いため息が伝わってくる。
「貴方の命を燃やして動くのよ」
「命……寿命か?」
ニアが小さく頷く。
外では罪人たちが装甲を叩き、爆音のような衝撃が響いていた。
まだ起動すらしていないというのに、すでに敵はすぐそこまで来ている。
「私のために命を燃やす覚悟はある?」
「……メグ姉に繋がるなら、その程度」
「ありがとう、アッシュ。
細かいことは後から聞くから……あいつを何とかするまでは信じてあげる」
彼女は自分の席で両手を両側に設置された、ごつごつとした緑に輝く宝石に手を置く――。
「神・摸倣駆動兵器フェアリーフレーム:レクイエム――魂を喰らい尽くしなさい!」
ニアの叫び声に呼応して、レクイエムと呼ばれた機体が振動し、天井から無機物な両腕が伸びて彼女の手を上から包み込んだ。
操縦桿を通して、アッシュの身体とレクイエムが魂接続され期待と結びつく。
――視界が一気に開けた。
「……見える!」
レクイエムの瞳を通して周囲を把握できる。
『立て』と念じただけで、機体の膝が震え、ゆっくりと水面から身を起こす。
体中にまとわりつく罪人の気配は、水上へと身体を出すとすべて洗い流された。
眼前。
袈裟をまとい、禍々しい気配を垂れ流すフェアリーフレーム——梵天ノ化身が静かに立っていた。
対するは、足元まで流れるレインコートのような外套を羽織るフェアリーフレーム:レクイエム。
「初見、妖精機――!?
否、相手、不足無――!!」
梵天ノ化身は錫杖を宙へ投げ上げると、両手で目にも止まらぬ速度で印を組み始める。
「――罪人二刀!!」
空中で回転していた錫杖がバチンと裂け、二振りの刀へと姿を変えて、梵天ノ化身の手に収まった。
そのまま滑らかな動作で刀を構える。
水しぶきが跳ね、空気が震える。
——レクイエムと梵天ノ化身の戦いが幕を開ける。
【カクヨム】
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