第1話 追放の数時間前
緋色の雨が降りしきる中、一六歳の少年が汚れた服のまま踊り狂う。
灰色の髪を振り乱しながら、口を開けて大声で笑う。
「うははは――これで汚れもばっちり綺麗だぜ!」
「ごらぁ! アッシュ、サボってんじゃねーぞ!」
騎士団仕様のレインコートに身を包んだ男が、アッシュに怒号を飛ばす。
「うっす、すんません!」
全く反省していない様子のまま、アッシュは軽快なステップを踏んで、近場の簡易テントに滑り込んだ。
騎士団支給の補給部隊の青ツナギは濡れているが、躊躇なくカーキ色のレインコートを羽織る。
雨に濡れた服は気持ち悪いと皆は言うが、アッシュは言うほど嫌いじゃなかった。
(あのときの、姉さんに抱かれているようで――)
「うっしゃあ! 魔揮発油の補給、行ってきまーす!」
アッシュが元気よく笑顔で叫ぶ。
が、誰もその声に応えないのは、いつものことだ。
「やっと行ったか……アイツ、子どもの頃、緋海に飲まれたんだろ?」
「ああ、だから髪の色が奪われて灰色なんだと」
「誰もが恐れる《《緋雨》》へ怖がらずに濡れに行くなんざ、正気の沙汰じゃねぇ」
「底辺仕事なのに笑ってばっかで不気味な奴だ。いつも泥と灰にまみれたその姿――灰被り野郎にお似合いだな」
簡易テントで休憩していた補給部隊の面々は顔を合わせる。
沈み行く世界で、いつもと変わらぬ小言によって日常を取り戻すと、男たちも補給作業へと向かっていった。
◇ ◇ ◇
雨音は作業に励む騎士団員たちの声を容赦なくかき消していた。
空には重々しい雲が垂れ込み、真紅の豪雨が地表を叩きつけるように削ってゆく。
騎士団支給のカーキ色のコートには深いフードが付いており、彼らは濡れ鼠にならずに済んでいた。
「アッシュ君、魔揮発油の補給作業、ありがとう」
青を基調としたミリオン騎士団の制服の上から、アッシュと同じレインコートを羽織ったレイガが、目尻をやわらかく下げて微笑む。
「このくらいお安い御用です! あ、飲み物もどうぞ!」
「はは、本当に気が利くね、アッシュ君は」
アッシュは腰のポーチから、濾過水で満たした革袋を差し出す。
レイガは丁寧に礼を述べて受け取った。
(優しくて礼儀正しい――同い年なのに次期大隊長候補だもんな。
――まあ、雑用係の俺には縁のない世界だけど)
整った顔立ちに加え、振る舞いは常に余裕と自信に満ちている。
女性からの人気も高く、上層部の信頼も厚い。
彼が『鳩は黒い』と言えば、白い鳩でさえ黒になる。
かのシュヴァイツァー家に生まれ、“ナイト”と呼ばれるべくして育った男だ。
あまりのカリスマ性に同世代だとしても、アッシュは敬語を使ってしまう。
「なあ、アッシュ君。君はこの世界をどう思う?」
「どう……ですか? 早く雨が止んで、平和になればいいなって感じですかね。
空ってやつを見たいですよ」
「どこまでも続く天然の青い天井……か、夢物語だな」
レイガの視線は、どす黒く染まった分厚い雲の向こうへと向けられる。
この名も無き村も、あと数時間で緋海に沈む運命だ。
「それは――今の均衡を捨ててでも、得るべきものか」」
「……え?」
雨が大地を穿つ音に紛れ、アッシュの耳にはその呟きのすべては届かなかった。
聞き返そうとしたとき、遠方で別の騎士が手を振り、彼の名を呼んでいる。
「俺、魔揮発油の補給を進めてきますね!
レイガさんも、任務頑張ってください」
「ありがとう、アッシュ君。心配には及ばない、今回ほど簡単な任務はないさ」
アッシュは深々と頭を下げ、ぬかるんだ地面を跳ね上げながら走り去った。
残されたレイガの背後には、五メートル級の人型駆動汎用兵器《ピクシーフレーム:ナイト》が静かに片膝をついている。
左手に獅子を紋章にした盾、腰には騎士団支給の片手剣を帯刀し、空から降る赤い雫を、角ばった巨体で一身に受けている。
「ふんっ……灰被りが、馴れ馴れしい」
レイガは受け取ったばかりの、口を付けてすらいない水革袋を地面に叩きつけた。
豪雨に打たれて転がり、濁流に押し流され、やがて視界から消える。
深くフードを被ったレイガの表情は、雨幕に隠れて見えなかった。
異世界の嫌われ少年による復讐成り上がり物語です。
ファンタジー要素×ロボットとして、読みやすさを意識して描きますので、よろしければお付き合いください。
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