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この婚約破棄、なかったことにしていただきます!

作者: 久遠れん

 ステンド王国では、生まれついての魔力の多さがそのまま権力に直結する。


 生まれながらに魔力の少ないものは、どんなに爵位が高くとも迫害されるし、生まれついて魔力が多ければ、平民だろうが取り立てられる。


 とはいえ、保有する魔力の多さは大抵出自で決まる。

 魔力は血筋で受け継がれるからだ。貴族は爵位が上がるほどに大きな魔力を有していることが多いし、平民には魔力を持たない者も多い。


 そんな国でマリーベルは伯爵令嬢という生まれに見合わないほどに魔力が少なかった。

 生まれつき魔力は少なかった彼女は中々婚約者が見つからなかった。


 父は嘆き、母は己を責めた。

 しかし、どんなに嘆き悲しもうと、マリーベルの魔力の量が増えるわけではない。


 とうとう修道院に入れるか、という話が持ち上がったとき、彼女を救ったのはアルトゥール公爵令息だった。


 公爵令息としても破格の魔力を保持する彼は、あらゆる特権を持ち、大抵の我儘が許される。

 その我儘の一つとして救い上げられたのがマリーベルだ。

 彼は逆境において挫けず、腐ることのないマリーベルに惚れたと告げて、婚約を申し込んだ。


 マリーベルが十二歳、アルトゥールが十五歳の頃の話である。

 周囲は散々に二人の婚約に反対したが、アルトゥールが「彼女の魔力が少ない分は俺が補う」と断言して黙らせた。


 公爵も公爵夫人もアルトゥールには逆らえない。

 それだけ、彼が保持する魔力量は莫大だった。


 マリーベルもまた、差し伸べられた手に必死に縋りついた。

 彼を逃せば、未来は閉ざされると分かっていたからだ。


 だが、それを抜きにして婚約関係を結んだアルトゥールはマリーベルに優しくて、彼女はすぐに彼の虜になった。


 良好な関係が築けていた。そう、思っていたのに。






 十六歳の誕生日を翌日に控えたある日、マリーベルの元に一通の手紙が届いた。


「婚約……破棄……」


 アルトゥールから突然送られてきた手紙には、マリーベルとの婚約の破棄が綴られていた。


 婚約を破棄するにあたって、マリーベルに不自由を強いることはない、とも記載されている。

 莫大な慰謝料と、彼女の今後を保証する文字列。

 だが、それらは全て脳裏に残らない。


 自室で手紙を手に呆然とする。

 いったいどうして、なぜ。

 疑問がぐるりと脳裏をよぎって、けれどすぐに彼女は座っていたソファから立ち上がる。


(理由を尋ねなければ)


 ここ一か月、アルトゥールに会えていない。

 忙しいから、とお茶会も夜会のエスコートも断られていた。


 それが婚約破棄をするための前準備だったのか、あるいは他に心をよせる女性ができたのか。

 彼の口から直接聞かなければ納得できない。手紙ひとつで婚約破棄を了承などできるはずがなかった。


 アルトゥールとの婚約が破棄されれば、どんなに彼が心を砕いてくれてもマリーベルの将来は閉ざされる。

 だが、それ以上に彼を好きだったから食い下がるしかなかった。


 すぐに支度を整えてアルトゥールのいるミュレール公爵家を訪れたマリーベルは、彼女を門前払いしようとする執事を押しのけて、記憶にあるよりずいぶんと静まり返っている屋敷を歩く。


 執務室を覗いても姿がない。それなら、と今まで場所は把握していても足を踏み入れたことのない寝室に向かった。なぜか寝室には魔力封じの魔法陣が張られている。


 扉の前にはメイドが二人控えていた。

 揃いのお着せを身にまとった彼女たちはマリーベルの姿を認めて大きく目を見開く。


「通してください」


 互いに目配せをしたメイドたちが、頭を下げる。

 ゆっくりと開かれた扉から、魔力が溢れた。


「?!」


 魔力量の少ないマリーベルにすら、感知できる大量の魔力。驚いて思わず口元を片手で抑える。

 溢れる魔力に対して、そんなことをしても意味はない。


 濃霧のように部屋に充満する魔力に目を凝らすと、それらは部屋の中心、ベッドから溢れているようだった。


「アルトゥール様!」


 ベッドにぐったりと横たわる婚約者の姿に、思わず声を上げる。

 ベッドの傍には医者らしき白衣を纏った白髪の老人と、彼の父親が佇んでいた。

 二人とも魔力除けのネックレスを首から下げている。


「マリーベル……」


 かすれた声で名前を呼ばれる。

 ベッドに駆け付けたマリーベルは、青白い顔で横たわっているアルトゥールの手を握ろうとして、彼に振り払われた。


「触るな……!」

「アルトゥール様、いったいどうされたのです! 魔力がこんなに溢れて……!」


 払われた手も気にせず、ベッドに縋りついたマリーベルの肩に手が置かれる。

 振り返った彼女の視線の先で公爵が首を横に振っていた。


「魔力病です」


 淡々と告げたのは、白衣を纏った医者だった。

 彼は痛ましげに視線を下げ、魔力除けのネックレスを握りしめている。


 そうしなければ、濃厚な魔力が溢れるこの空間では魔力の多い者は佇んでいることすら難しいのだろう。


 幸い、魔力の少ないマリーベルは影響を受けにくい。

 少し息苦しさは感じるが、それだけだ。


「魔力病……」


 マリーベルも聞いたことがある。膨大な魔力を持つものが稀に罹患する不治の病だ。

 生成する魔力が体内に保有できる許容量を超えたとき、魔力は本人の身体を蝕んでいく。

 増大した魔力がアルトゥールの身体から溢れている現状を鑑みても、症状は末期なのだろう。


「治療法はないのですか?!」


 不治の病だという知識があってなお、尋ねてしまう。

 医療は日々発達している。


 マリーベルが教えられたときは不治の病だとしても、今は治療法があるのではないか。

 藁にもすがる気持ちの彼女の問いかけに、けれど医者は首を横に振った。


「マリーベル……俺のことは忘れろ……。お前は、幸せになるんだ……」


 苦しげな呼吸の中で、紡がれる言葉は愛に満ちている。

 アルトゥールへ視線を戻し、マリーベルは唇を噛みしめる。やっとの思いで吐き出した言葉は、泣きそうだった。


「……アルトゥール様は、魔力病にかかったからと。私との婚約の破棄を申しだされたのですか……?」


 思えば、連絡が絶たれる少し前からアルトゥールは体調が悪そうにしていた。

 気づけなかった自身の無能さに嫌気がさす。


「……俺は、もう長くないんだ……。すまない、マリーベル……」


 そっと頬へ伸ばされた手を握りしめる。涙が溢れて仕方ない。

 ぼろぼろと涙を流す彼女に、アルトゥールが小さく笑う。


「ああ、こうして手を握っていてもらうと……少し楽だな……」

「アルトゥール様!!」


 目を閉ざした彼の名を必死に呼ぶ。今ねてしまえば、二度と会えない気がした。

 一方でアルトゥールの言葉を聞いた医者が、慌てた様子でマリーベルの横に並んだ。


「アルトゥール様! マリーベル様が手を握っていると楽というのは本当ですか?!」

「……ああ、そう、だな」


 かすれた声音で頷いたアルトゥールに医者の表情が輝く。


「稀に、本当に極稀にいるのです! 魔力の器となる人間が!」

「それはどういうことだ?!」


 医者の言葉に食いついたのは諦めたように肩を落としていたアルトゥールの父親だ。

 マリーベルもまた、医者の言葉を待って彼を見上げる。医者は興奮した面持ちでマリーベルを見つめていた。


「行き場のない魔力、アルトゥール様の身体を蝕む魔力を別の器へと移すのです。魔力が適合しなければ、器は負荷に耐えられず命を落とす危険がありますが、魔力除けも持たずに手を繋いだ状態で異変が起こっていないマリーベル様なら可能性があります!」

「なるほど。確かにマリーベル嬢は魔力量が少ない。生み出せる魔力が少ないだけで、魔力の受け皿として器が大きい可能性は高いのか……!」


 家庭教師から習ったことがある。

 体内で生成できる魔力量と、体が魔力を受け入れるキャパシティは別だという話だ。


 マリーベルは確かに保有する魔力量は少ないが、膨大な魔力を有するが故にたまに魔力が漏れ出すと周囲が体調を崩すアルトゥールの傍にいてもピンピンしていた。


 医者と公爵の言葉は正解である可能性が高い。

 目を輝かせたマリーベルたちに対し、だが当の本人が首を横に振った。


「失敗すれば……マリーベルの命が危ない……そんなことを……ゆるす、わけ、には……」


 喋ることも辛いのだろう。

 それでも否定するアルトゥールは本当にマリーベルを大切に思ってくれている。

 だからこそ、彼のためなら命を懸けられる。


「やります。私にやらせてください」

「マリーベル……!」

「アルトゥール様、貴方は私を救ってくださった。今度は私が貴方を救う番です」


 しっかりとアルトゥールの目を見つめて告げたマリーベルに、彼は苦しそうにしながらも眉を寄せる。


「魔力の譲渡は触れ合うことです」


 医者が口を挟んだのをアルトゥールが睨みつける。

 手を握っていない片方の手で彼の頬にふれ、マリーベルは笑み崩れた。


「貴方が死ぬならば、私は後を追います。二人で生きるか、二人で死ぬかです。アルトゥール様」

「マリーベル……」

「懸けましょう。私たちの命を。二人で生きる可能性に」


 そっと立ち上がったマリーベルは、アルトゥールの額に自分の額を合わせる。

 じっと見つめてくる真摯な瞳に笑みを落として、唇に触れた。


 触れ合うだけのキス。

 けれど、そこから魔力が流れ込んでくる。


 唇から流れ込んできた魔力が体内を巡っている。指先が燃えるように熱い。

 満たされていく感覚がする。


 しばらくしてそっと唇を離す。

 顔を上げたマリーベルの前で、アルトゥールが驚いたように目を見開き、体を起こした。


「体が……軽い。羽のようだ」


 驚いた様子で口元を抑えるアルトゥールに、たまらずマリーベルは抱き着いた。


「アルトゥール様!」

「マリーベル、また君に助けられた」

「また?」

「ああ。君はずっと、俺にとっての光だった」


 そう告げて表情を和らげたアルトゥールの言葉の意味はわからなかったけれど。

 愛する人の助けとなれたことが嬉しくて、マリーベルは微笑み返した。


 ああ、でも、一つだけ。


「婚約破棄、なかったことにしていただけますか?」

「もちろんだ」


 これだけは譲れないと口に出した問いかけに、にこりと笑ってアルトゥールは肯定した。




▽▲▽▲▽




 最初はただの偶然だと思っていた。

 夜会で偶然マリーベルとダンスを踊る機会があった。

 彼女とダンスを踊った後、体が驚くように軽くなったのだ。


 その頃のアルトゥールは、膨大な魔力に悩まされていた。

 魔力は強ければ強いほどいい。それが国の指針だが、一方で絶大な魔力は体を蝕むことがある。


 アルトゥールは生まれた時から、周囲と比較できないほどの魔力を有していた。

 それこそ、王族をも上回る圧倒的な魔力は、彼の立場を盤石なものにし、あらゆる特権を与えた。


 だが同時に、じわじわと体を蝕んでいたのだ。

 幼い頃から、アルトゥールは体が弱かった。


 魔力の量が桁違いなだけに、寝込みがちな彼のことを心配した両親はあらゆる医者を国中から呼んだが、どの治療も効果を結ばない。


 アルトゥール自身が弱い体に諦めていたころ、たまたま体調の良い日に開かれた夜会でマリーベルと踊ったのだ。


 彼女と触れ合っている間、体は羽が生えたように軽くなった。

 ダンスが終わった後も、一週間は調子のいい日が続いた。


 最初は偶然だと思ったけれど、体調が傾き始めた頃に、父に無理を言って面会したマリーベルと握手をした瞬間、再び体が軽くなった、


(彼女は運命の人だ)


 そう確信した。だから「一目惚れ」だと告げて婚約を申し込んだ。

 理由は周囲には話さなかった。


 魔力の受け皿となりえる彼女の特異体質が明るみになれば、魔力量が少なくて立場が弱いマリーベルは格好の研究材料になってしまうからだ。


 婚約者という理由をつけて傍に置いてみると、マリーベルは謙虚で、けれど明るくて、気持ちのいい少女だった。


 細やかなことに気が付いてアルトゥールを支えようと懸命になる彼女に、半年もたつ頃にはすっかり夢中になっていた。


 このまま穏やかに日々を過ごせると思っていた。

 彼女の傍に入れば体調が崩れることもなく、寝込むことがなくなったアルトゥールに両親は「愛の力は偉大だな」と笑っていたから。


 だが、数か月前のある日。

 突然体の奥から魔力が噴出した。魔力に栓をしていた蓋が外れたように莫大な魔力がアルトゥールの身体から沸き上がったのだ。


 最初は少しの体調不良だった。

 少しずつ体を蝕む魔力は、マリーベルの傍にいても完全には治らなかった。


 『魔力病』


 その診断がつく前に、察した彼はマリーベルの前から姿を消した。

 彼女の傍にいれば症状は緩和されたのだろうが、いずれマリーベルの許容量を超えた魔力が襲い掛かりそうだったから。


 彼女を傷つけたくはなかった。


 だが、婚約破棄を伝えた彼女はアルトゥールの元までやってきた。

 凛々しく背を伸ばして、彼に手を差し伸べた。


 小さな口から紡がれる愛の言葉がくすぐったくて、心地よくて。気づけば救われていた。

 マリーベルはアルトゥールが彼女を救ったというけれど。


(逆なんだ、マリーベル)


 すっかり体調もよくなって、伯爵家でのお茶会に誘われたアルトゥールは、隣で楽しそうに会えなかった一か月の話をするマリーベルの鈴を鳴らすような可憐な声音に耳を傾けながら、微笑む。


(俺が君に救われていた)


 いまは秘密だけれど。いつか君に伝えたい。


(君と一緒に死にたいのは、俺の方だと)


 この愛の大きさは、きっとマリーベルの想像以上だから。





読んでいただき、ありがとうございます!


『この婚約破棄、なかったことにしていただきます!』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?


面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも


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