愛した人は死んでもやって来る 4
夜の露花公園。千メートル平方はある敷地の一角にある球技用グラウンドを勝手にお借りして、人避けの結界を張らして頂く。これで夜の公園を徘徊する不審者やラブラブカップル達を見ることはないだろう。
「あの、これ、本当に大丈夫なんですか?」
由子ちゃんが不安そうに自分の足元を指差す。土に拾った木の枝で描かれた直径五メートル位の円、その中央にでかでかと書かれた“結界”の文字。いやぁ、いつもながらケイちゃんは達筆だ。
「あぁ、その中に大丈夫。絶対に円の外に出ないでね」
由子ちゃんは僅かに胡散臭げに眉をしかめる。
「言葉にも文字にも意味があるんですよ。意味が生まれることは力が生まれることになります。言葉や文字を付けられることで存在意義ですら変容するんです」
ただ、立っているだけで様になるイケメン男、クロの説明癖が始まってしまう。玄人ですら分かりにくいと評判のクロの説明が素人に理解出来る筈が無い。算数の掛け算覚えたての小学生に、物理学のアインシュタインの相対性理論を語るようなもんだ。俺も相対性理論なんて理解出来ないけどね。
「要は、意味在るものには在るってことだ。深く考えても、こいつらみたいな頭でっかちな馬鹿になるだけだ」
おぉ、流石、リュウさん。いつもながら渋い表情で、布で包んだ自分の背を越す長物を杖代わりに煙草を吸いながらも、分かり易く纏めて下さる。由子ちゃんも少しは納得して下さったようで。つまりは俺とクロは同等の頭でっかち馬鹿と言うことですか?それは心外だ!
まぁ、俺も煙草を一本吸わせて貰おう。うん、それが良い。内ポケットから取り出したボックスの中の一本に手を伸ばす。やっぱり止めた。リュウさんがまだ半分しか消えてない煙草を地面に捨てて、足で火を踏み消す。リュウさん、良い年してポイ捨ては止めなされ。いくら俺たちの待ち焦がれたヒトが現れたからと言って……。
「あれが由子ちゃんの彼氏かな?」
「いえ、あっ、はい。ソッ、そうだと思います。でも……」
歯切れが悪いお答えで。まぁ、仕方がないな。このグランドを照らすスポットライトが、作り出す光と闇の境界線を越える青年。ゆっくりと近付いて来る陽炎のように揺らぐ人影。その顔は、生前は中々の好青年だった事を窺わせるも、怒りに燃えている目や口元に、頭には左右大きさの違う角、口から異様に伸びた犬歯が見えます。
俺の目算よりも、事態は悪化。あれは“オニ”だ。人だった悪霊の行き着くところ。
「由子、何で逃げるんだ。何で逃げるんだよ」
「ああ、まぁ、あれだ。ゆっくりお話でもしませんかね、彼氏君」
「由子、何でこんなに好きなのに」
俺達は眼中に無いようで。愛は盲目ってやつかな、重い想いがそこに在る。ふざけてる場合じゃないんだけどね。
ブツブツと呟きながら、近付いて来るオニ。オニが出てくるんだったら、社長はとにかくカルぐらいは連れて来るべきだったかな。
「荒療治になるなぁ。リュウさん、あいつ押さえ付けられる?その間に俺が閉じ込めるわ」
「年寄りに力仕事を任せるな」
リュウさんはそう言いながらも、自前の武器、矛を包む布を剥ぐ。やる気あるじゃない。
「クロ、先鋒を頼む。ケイちゃん、適当に支援してやってくれ」
三つの短き棒をねじり付けた棒を既に構えるクロに確認。
「あ~、また確認するけど、由子ちゃん。君は絶対にそこから出ないこと」
震えながらも頷くのを確認。俺も手に持つ俺の片腕程の長さしかない愛刀に力が入る。
「……それじゃあ、GOだ!」
言った途端に飛び出すクロ。直ぐに相手との距離が詰まり、首を目掛けて、斜め上から振り下ろす。
かってぇな~。クロの棒を用いた打撃は結構重いぜ。怯みもしやしない。クロが直ぐに棒を引く力を遠心力に変えて、第二撃を脇腹へ。今度は効いた。
横滑りに倒れるオニ。直ぐに方膝を立てて上げた顔にクロの突きがささる。生身の人間ならば首の骨が折れる強打突。でも、こいつは首の骨なんて概念は、とっくに無くしてるけどね。だから、クロの突きを受けても蛙の面に水。しかし、クロを先鋒に出した甲斐はあった。
立ち上がり、クロへ拳を振り上げるオニさん。ようやく、俺たちを彼の恋路を阻む忌々しい奴等と見てくれた。さすがに由子ちゃんを餌のままはいけない。鈍い音で空気を震わす腕。クロの回避は至極当然の判断。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえと言うが、オニに殴られたら確実に死ねる。そういう事例もあるからね……。
クロが相手の攻撃を自分に集める為に付かず離れずの距離で豪腕を交わす中に、ケイちゃんがクロの後ろにしゃがみ込む。クロがそれを確認して、ケイちゃんの後ろへと軽快なワンステップ。ケイちゃんが手に持ったメモ帳の切れ端を地面に押し付ける。地面に現れる膝元ぐらいの深さの穴。バランスを崩すオニに突っ込むリュウさん。オニの腹を深く突き通す。そのまま押し倒し、地面にオニを串刺しに。由子ちゃんから僅かな悲鳴。ちょい、健全な少女に見せるもんじゃないよね。でも、手を抜ける相手じゃないんだよね。
地面に矛で張り付けにされたオニが矛の柄を両腕で掴み引き抜こうとする。リュウさんは、それを押さえ付けているが、矛は上へと押され始める。
「シロウ!もたねぇぞ!早くしろ!」
タイミング良くこちらも準備は整いました。傍観者に徹するのは一時休止。俺もオニに向かって迅速に動こう。
俺が動き出し、リュウさんが素早く矛を抜いて下がる。リュウさんが空けた席に俺の愛刀を突き刺す。
その愛刀の刺さるオニを中心に俺のチカラで地面に描き出すは、バランス良く五本の直線で形成された星形図形とその頂点達を結ぶ円。オニの力は弱まり、暴れようとしない。
オニさんが動けなくなったところで、一仕事終了かな。少し由子ちゃんに働いてもらって、俺は煙草休憩に入りますかねぇ。
この小説は伝承などを天見酒フィルターで解釈した作品でございます。
設定上おかしなところは多々あると思いますが、皆様、生暖かい目で見守ってやって下さい。