いつかの別れはやって来る
霧が静寂な夜を支配している。コンクリートの壁に挟まれた路地。白い視界に一定間隔で射し込む赤い光。
そして、白い霧に混じる紫煙。その煙が発生する元を見下ろす人。その後ろに控えている制服姿の人たち。
「やっと来たな。愛弟子」
腹に大きな穴が空いている人とは思えない台詞だった。そんなことを言いながらも煙草は口から離さないのは流石ヘビースモーカー。
「何で独りで行ったんですか?起こしてくださいよ」
もうこの人の前では泣かない。絶対に。だから、泣き声は出ていない筈だ。
「いやぁ、余りにも可愛い寝顔だったから、起こすの可哀想だと思ってさ」
「先生にそんな気遣いを受けたのは初めてですよ」
本当に適当なことをいう人だ。その人はおもむろに眼鏡を外す。
「これ…、やるよ」
大振りな腕の動きの割りに飛ばない眼鏡。地面に落ちるぎりぎりで手に収める。
「それ、卒業証書。ミエナイモノをミルための眼鏡。もうちょい、それで世界を見てみな…」
口から地に落ちた煙草。
この人の前では決して泣かなかった。自分の前に横たわるのは、もう聞くことも見ることも出来ないモノだから。
泣き叫ぶ。後ろで何か発している人たちの声が聞こえないように
都会を支配していた霧は、雨へと支配権を譲っていた。さっきまで煙を上げていた煙草は、寿命を全うすることなく役目を終えた。