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浮遊術式

新美くんと禊くんの抱える秘密を匂わせたいなー


さよ視点は後半からです。

新美がペンをカチカチ鳴らしながら、自販機前でしゃがんでいた。

「ねぇ、あの風の矢ってさ、まだ最適化されてないよね。ベクトル出力がさ」

禊はペットボトルを振りながら返す。

「それ、さよさんに言ったらまた“風が迷うのも意味だと思う”とか言われるよ」

新美は笑った。

「いやさ、迷う風ってそれただの設計ミスじゃん。

風ってさ、流体だよ?ちゃんとベクトル場をプログラムしないと」


「それ、お前の前世でやってたやつでしょ」

禊は一歩ずれて、空を見上げる。

「“圧縮空気”だからね。敵の無力化くらいにしか使ってなかったなぁ」

新美は指を頭の上でくるっと回してみせる。

「いまや課題かぁ。まぁ平和ってとこかな」


「ところで君の前世、覚えてるんだ?」

「忘れてるわけないじゃん。新美潤ってのも俺が勝手に名乗ってるだけだし。

アイコンぽくて気に入ってるけど。

元法術師・とある空間の準空間管理者だよ」

禊はペットボトルを静かに押して飲んだ。

「俺の、禊 月人は……まあ同じだね。勝手に名乗ってるだけ。

俺もとある空間の空間管理者だった」


新美が自販機の奥に腰かけている。

禊は階段の柵に手をかけながら、静かに風を受けていた。

「今日の詠唱、やっぱ違ってたろ」

新美の声はぼそっとしていて、誰にも聞かれないような低さだった。


禊はうなずく。「教科書の言葉、動かない感じがした。矢が……自分のほうに向かってた」

「……前のときもそんなこと言ってなかった?」

禊は答えなかった。

新美は、ペンをカチッと止めた。

「お前さ……本当にこの世界に合わせてる?」

禊は少しだけ顔を傾けて言う。

「僕が今の詠唱で撃ってるのって、合わせてるんじゃなくて……届かないようにしてるだけかもしれない」

新美の目が、さっと鋭くなる。

「調整してんだ」

「……前の君に戻らないように?」

禊は小さく笑った。

「戻れるものなら、戻りたいよ。

でも、“断絶”された。前の僕とも、管轄空間とも」

沈黙。二人の間の風だけが教室棟の裏を抜けていく。

新美はふっと立ち上がると、言った。

「ま、俺はこっちの詠唱で充分やれるからいいけどさ」

禊はうつむいて呟いた。

「それ、君がこっちに染まりすぎたからじゃない?」

新美は答えず、ペンをくるっと回してポケットに入れた。

「次の授業、浮遊術式だったよな。君、浮けるか?この空間、前世と違うぞ」

「……元空間管理者だぞ、当たり前だろ?」


◇◇


今日は、“浮遊術式”の実習だ。

私がさよになってから二回目の魔法実習だ。


「風よ、支えて。私の重さを思い出す前に」

詠唱は教科書にあるものだ。


でも先生の声も、隣の魔力も、みんな少し遠く感じていた。

この言葉だけは、自分の中で浮いていた。


地面が離れる。

風が私の下に回って、足元を軽く押した。

押すというより、抱えられた感じだった。


浮いた。

ほんの数センチだけ。

でも、空気の密度が変わった。


他の生徒の視線が動いたのがわかった。

先生が「……うまいな」と呟いたのも、耳に入りかけて、通り過ぎていった。

私は上を見なかった。

空はいつも怖い。見たら落ちる気がするから。

でも、このときだけは、落ちる気がしなかった。

重さが戻ってこなかった。風が、私のことを忘れているみたいだった。



◇◇


足元が、私の名前をまだ思い出し講堂の空気が静かになったころ。

みんなが浮遊術式の余韻と荷物をまとめる音に包まれている中、

私はひとり、魔導円の外に立っていた。足元はすでに、風を忘れていた。


「白庭さん」

声の先には、稲守 一花さんがいる。

彼女は視線で高さを測るように、私のすぐ横まで歩いてきていた。

「さっきの浮遊、綺麗だったよ」


私は一瞬、言葉を探した。

褒められるほどのことじゃなかった気がする。浮いたのは私自身じゃなくて、風だった気がする。

「……ありがとうございます」

視線を少しだけ下に置いて俯く。うまく答えられなかった。


でも稲守さんは茶目っ気を出して笑ってきて、少しだけ身を傾けて囁く。

「詠唱、言う前から浮きはじめてたでしょ?」


私は息を止める。

確かにそうだった。足元の風は、言葉の前に動いていた。

でも、そのことに気づいていた人がいたなんて。


「気のせいかも……です」

私はそう答えてみた。でも稲守さんは、答えを聞いていなかったようだった。

「白庭さんって、空と仲がいいのかな。風が、あなたを選んでた感じがした」

どう返していいかわからなくて、ノートを抱きしめるように持ち直した。


「浮くって、不思議だね。魔法っていうより、誰かに覚えられたみたいな感覚がする。

……確かに浮遊術式だったけど。あの浮き方は、ちょっと違ったよ」

彼女はそれだけ言って、ふわりと歩き出す。

風もその後を追うように、小さく揺れた。


私は、もう一度さっき浮いていた高さを思い出してみようとした。

誰かの視線が少しだけ下から届いていた。

誰かが、浮いた私を見ていた。

でも、誰の目だったかはわからない。


私は一歩だけ、元の位置に戻った。

浮いていたあいだのことを、うまく言葉にできなかった。

でも――風はまだ、私の下にいた。支えてくれていた。

私が地面に戻ったとき、風は動かなかった。


講堂の天井は高かったけれど、私の心はもっと高く飛びたがっていた。

魔導円の中心に立ち、足元の魔力に意識を落としたとき、私はなぜか「届くかも」と思った。

指先で、空気をなぞる。


「風よ、支えて。私の重さを思い出す前に」


詠唱は、誰も見ていない静かな声だった。

足元が離れる。

空気が縦に裂ける感覚。


すうっと登っていく。何も蹴っていないのに。

魔力通知板の警告音が、遠くで一度だけ鳴った。

「高度上限接近中」――でも誰も止めなかった。


上昇が止まったとき、私は講堂の高窓の外を見ていた。

校庭が見えた。隣の棟の屋根。自販機の影。風に煽られる旗。

……門の外まで見えていた。

まるで“浮かんでいるだけ”なのに、すべてが近くなった。


空気は薄くなっていた。

でも恐怖はなかった。

足元ではなく、背中が支えられているようだった。


稲守さんが遠くから見上げていた。

笑っていたけれど、その目が「どうしてそこまで行けるの?」と訊いていた。

その目で学園の外まで、私の位置を測っていた。


何かを思い出しそうになるほど、透けるような上空の風。

でも風が止まって、着地の準備をはじめた。


◇◇


高窓の外、風がひらいていた。

講堂の魔導円の上、私は空に浮いていた。


悪寒。心が無意識に沈む。

視界の端に黒色を捉えた。


私は今、三階相当の高さ。屋根が低く見える。

その先の校庭を越えた、外縁の森の端――

赤色の点。目が合った。動いていた。

木々のあいだ、風よりも重く、光を裂く動き。


視線から脱出して、全体を見る。

四足。毛並みは黒。背の高い尾。

遠目に見て、知っている動物じゃないとすぐにわかった。

そして、その顔は……顔じゃなかった。

生物とは明らかにかけ離れた造形。

非対称な位置・大きさの左右の目。鼻がない。

ぞの黒色の顔は本能的に“歪み”を想起する。


稲守さんの視線が私に向いているとき、私の視線はそれに向いていた。

──魔獣。

魔獣だった。


授業資料では図解されていたけれど、あれは“存在”として語られていなかった。

私は息を吸った。


落ちそうなわけではなかった。

でも風が一度、私を揺らした。

風が突然止まった。

周囲の空気が急に静まり返り、時間が一瞬だけ止まったように感じられた。


高度通知板が鳴った。「高度制限域を突破」

先生が声を出す前に、講堂の警報音が重なった。

「外縁域にて魔力反応。監視塔より通知」

魔獣は、見ていた。

誰かを見ていたのではなく、魔法に反応していた。

それが目視できる距離にあった。

浮遊術式が、私の背中を下げた。

急降下ではない。でも“落ちる”という感覚ではなかった。

風が私を回収したのだ。

着地したとき、稲守さんが近づいてきた。

「今、外を見た?」

私は答えられなかった。

言ったらあれに狙われるような気がして。


でも彼女の顔も、言葉を持っていなかった。

先生が何かを確認していた。助手が走っていた。

でも“あの距離”にいたのは、私だけだった。


着地した直後、風が足元を離れた。

まるで、私から何かを切り離すように。

高窓の外で見た“それ”は、まだそこにいた。

木々が倒れる音が響く。

……さっき、目があったことは確かだった。


校内放送が鳴った。

「全生徒は速やかに講堂中央より退避してください。

外縁域にて、規格外魔力反応を確認。校庭・南区域への移動を開始します」

講堂の空気が、ざわついた。

先生が声を張った。「走らないように!順番に!」

助手たちが通路を指示しはじめていた。

私は、ノートを抱えながら、まだ一歩を踏み出せなかった。

稲守さんがそっと手を伸ばした。私の手首をつかむ。

「行こう。今は、何が見えたかじゃなくて、どう動くかだよ」

彼女の声は静かだった。

でも、わたしの呼吸より先に響いていた。

新美くんと禊くんの姿が、講堂の端で交錯する。

ふたりとも、走ってはいない。歩いていた。

その速度は、状況を計算しているようだった。

「避難ルート、東塔経由だってさ」

新美くんがつぶやく。ペンを回しながら。

禊くんは視線だけで私を見た。

何も言わないけれど、「見たの?魔獣」と言いたげだった。

避難が始まる。


講堂の空気は、すでに変わっていた。

生徒たちは先生の指示に従って動きはじめ、風は壁の隅を滑るように流れていく。

「白庭さん、こっちだよ」

稲守さんが手をとって、通路の方へ導いてくれた。

私たちは列に加わる。騒ぎは広がっていたが、誰も走っていなかった。

まだ、冷静さは保っている。

……。法術師?空間管理者?

これ、キーフレーズになってきます。

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