さよの支え・■■■について
保健室を出たとき、夕焼けの色が目にしみた。
さっき浅緋先生に言葉をもらったばかりなのに、胸の奥の不安はまだ消えない。
……家に帰ったら、この気持ちを誰かに話せるだろうか。
校門を出ると、風がひんやりと頬を撫でた。
さっきまで重たかった胸が、少しだけ軽くなっている。
私は浅緋先生との性転換薬対象者への定期カウンセリングが終わって、
自分の家へと帰った。
最初と比べて自分の家にも、違和感なく、
「ただいま」と言えるようになってきた。
玄関を開けると夕食の香り。一回部屋に帰って荷物を置いてから
テーブルに座る。この動きにも慣れてきた。
今日の夕食は白身魚やみそ汁。この献立にも落ち着くようになってきた。
……。でも、ちょっと今日は話したいことがある。
決闘祭について不安がある。決闘祭で活躍できるかなって。
「いただきます」と声を合わせながら、私は隣に座る家族の顔をちらりと見た。
口に運ぶ白身魚の味はいつも通りなのに、胸の奥は落ち着かない。
……誰に、どう切り出せばいいんだろう。
「なんか、今日は元気なさそうだな、さよ」
父の一言に、箸を持つ手が止まる。
……ここしかない。
「あの……。これからの決闘祭、皆見に来るんだよね。
皆の前で活躍できるかなって」
驚いたように箸を置く父。母も顔を上げて、静かにこちらを見ていた。
でも、すぐに、二人ともあきれたように微笑んで、
「活躍できるかどうかよりも……楽しそうにしてる姿を見たいんだよ、父さんは」
「そうそう。無理して格好つけなくても、ちゃんと頑張ってるのは分かるんだから」
みんな、私の勝ち負けなんて気にしてないんだ。
ただ、私が笑っているかどうかを見たいだけ。
それが分かった途端、胸の奥に固まっていた氷が、すっと溶けていく気がした。
決闘祭は怖いままだけど……少なくとも、家族の前では“安心して”立てる。
そのことが、何よりも救いだった。
「ただ、楽しんで来い」
「うん」
ああ、良かった。向かい合って家族と話せて。
──風呂に入って来よう。
振り返ってテーブルを見た時、見えたのはたぶん今の私と同じような、
安心と達成感の混ざった笑顔だった。
──着替える。
ここでも、私の変化を感じる。
体と心が今の周りの環境に慣れてきてるって感じがするから。
性転換直後と比べて、自分の体への他人のものという感覚もなくなってきた。
すこし自分の体型を鏡で見てから、湯船に入る。
だんだん身についてきた私の風呂での流れだ。
ふー。風呂って落ち着く。
さっき重荷を下ろしたからもっとだ。
・
・
・
──そろそろ出ないと。
風呂から出て、着替えて。あとは寝るだけかな。
でも、勉強もしないと。
自分の部屋で机に座って教科書を開く。
◇◇
*ここで問題はさんじゃおっと。*
魔法基礎・第2章・詠唱とイメージの関連
(2期期末テスト範囲)
テキスト189ページ。
魔法とはイメージの産物だ。詠唱はそのイメージを補完するのに役立つ。
外部に明示しているため、想起する光景よりも優先され、かつ言葉に魔法は従う。
その言葉の選定、即時に発音できる語彙の熟達は魔術師の義務である。
問題(1):
基本形を例示する。
《炎の奔流》「炎よ、集い、空を流れよ」
以下の要件を満たしうる詠唱を考えよ。
・目線による方向指示
・殺傷力の抑制(非殺傷レベル)
・目標位置での炸裂
問題(2):想起する光景の要点を考えよ。
◇◇
作者メモ・模範解答
「炎よ、集い、空を流れ、我が目先で爆ぜよ、温もりを散らせ」
要点=想起設定すべき変数
主成分:炎(炎よ)
形状:収束・奔流(集い、空を流れ)
(弾速補正:なし)
発射点:指先
目標:目先(我が目先)
信管設定:目標三次元座標(我が目先で爆ぜよ)
着弾効果:爆発(爆ぜよ)
威力補正:小規模の放射熱に限定(温もりを散らせ)
◇◇
夜遅くまで勉強していたからかうとうとしているのを自分でも感じる。
あ……。もう限界。
すー。
◇◇
……いつの間に、真っ白な空間に立っている。
周りを見渡しても白一色。
上下も距離も、何もかも曖昧な白の世界。
この前見た夢と同じかな。
その時には神坂さんに出会って。
──「そうそう。よく覚えていたね」
あ。今度は最初からいるんだ。
「さて、なんか今日はさよの心に向き合う機会が多いね」
うん。浅緋先生のカウンセリングと、家族にも相談に乗ってもらって。
で、その次の神坂さん。
「まあ、俺に聞きたいこともあるだろうしね」
頷く。
神坂さんに聞きたいことをまとめる。
1.隠蔽層が新美くんと禊くんにバレちゃったこと。
2.私だけの魔法を身に着けたい。
3.法術師って結局何?
「なるほどね。……。
順番に回答していくか。
まず、新美くんと禊くんに隠蔽層がバレた件。
──彼らにバレる分には問題ない。
むしろ、もうすでにさよも聞いたと思うけど、彼らは味方側だよ。」
同じ法術師って言ってたもんね。
確かに、神坂さんとの接点があるから味方側になったって彼らも言ってた。
「……。というか、説明を省いたけれどバレるのはむしろ予定調和だよ。
俺の教えた隠蔽層って彼ら法術師には容易に検知されちゃうからね」
そういえば、なんか隠蔽層の所為で追及されてバレた気がする。
「その通り。どのみちさよには責任はないよ。」
良かったあ。
「次に法術師とは?かな。
──どこから説明しようかな。
まずは、魔法ってなんだと思う?」
性転換した直後から実習があったから、
当たり前のものだと思ってたけど。
確かに何だろう。
……。不思議な現象のこと……かな。
「まあ、そうだね。あえて言うと“魔力を使ってある程度思い通りの現象を起こす技術・技能”
ってところ。これでも、ふわふわだけどね」
納得したけれどこれでもふわふわなんだ。
「さて、魔法の語源を考えてみようか。
さよはどう思う?」
うーん。魔、法……。魔な方法?
「いい線言ってると思うよ。
“魔”の“法則”。悪魔とかそういう理解を超えた法則って感じかな。
あと魔術ともいわれるね。これも一緒。“魔”の“術式”。理解を超えた技術。方式ってところ」
「ついに、法術について話せる。
俺たち法術師は魔法のことを
“魔力……任意のエネルギーに変換できる媒体によって、
ベクトル干渉を代表とした現実への干渉を直接、もしくは間接的に起こす技術・技能”
ととらえている」
ベクトル……力学結界を説明されたときに力の方向って説明された気はするけど。
「いいね。覚えてるね。
詳しく説明してみるか。
力の大きさと方向の概念だよ。
まあ、矢印みたいな感じで、それを応用すると矢印の計算ができるんだよ」
へー。矢印の計算……面白い?かな?
「あ。新美くんの使ってたVec(0,0,2)みたいなのもそれだね。
あれは、こっちのほうにはこのくらいの大きさ……っていうのを縦横奥行きの3方向でやっているんだよ」
新美語じゃなかったんだ。
「上に強め、右にも同じくらい、奥にすごい強め。
って感じで指定すると右上に発射されるって感じ」
あれ?目標を心に刻み込むとかするの?それ。
「しないよ。これをすると方向が指示できるからね」
そんな方法があるんだ……。
「ある程度分析は進んでいるんだよ。
だから、俺らは“魔”という語句は使わない。
理解されている“法則”による“術式”。これが法術。
で、これを扱う“法術師”」
……!そうなんだ。やっと教えてくれた。
全然私たちとは違う魔法を使うんだ。
「だからこそ、この世界のADRIみたいな組織にこの技術は狙われている。
リュークが来た原因は、さよが力学結界を使っちゃったときに、
この法術じゃないか?って思われたからなんだよ」
うえー。……。あれ?だったら、新美くんと禊くんは大丈夫?
神坂さんと同じ法術師だって言ってたけど。
「そうなんだよね。彼らも法術師だから隠せてたはずだけど。
なんかのきっかけでリュークに発見されちゃったんだろうね。
だから、敵か味方か分からないさよを白黒つけるために、
さよの隠蔽層を看破した。」
すべてつながってるんだ、私の知らないところで。
「さて、最後にさよだけの魔法……かな。
──浮遊術式を使った空対地攻撃ってどうかな?
たしか、浮遊術式との相性はよかったよね」




