定まる魔法と心
昼休み。
午後の魔法実習のことを考えると、どうにも気が重い。
“水の玉”……また、うまくいかない気がする。
「……寝よ」
机に頬を預け、目を閉じる。
すう、と息を吐いた瞬間、意識がふっと遠のいた。
すぅー……。
◇◇
……いつの間に、真っ白な空間に立っている。
周りを見渡しても白一色。
上下も距離も、何もかも曖昧な白の世界。
何これ。夢?
「……大変そうだね、さよ」
後ろから声。
振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。
妙に親しみを感じる。
私の姿と比べて、同じ色白の肌。
同じ黒髪。
……同い年の男子。
……私?いや、“私”になる前の……
「……つかさ?」
「そうだよ。……初めまして」
少年は柔らかく微笑んだ。
「……私?」
「君になる前の僕だよ。
……僕の引継ぎメモ、見てくれているようだね」
いつかに浅緋先生に聞いた。
夢で過去の自分に会った、と。
これがそれ?
「まあ、そうだね。たぶん夢の中でしか会えないと考えていいと思う。
……僕もそう思っている」
私の中に、つかさは残っていたんだ。
なんとなく感じていた不安が晴れる。
つかさ──いや、“私だった人”は、どこか落ち着いていた。
それが少しだけ、悔しかった。
「ずっと、私の中にいたの?」
「うん。……でも、僕が何かを操作してるわけじゃないよ。
君がどう生きるかは、もう君の自由だ」
「じゃあ……どうして今、出てきたの?」
「君が、少しだけ弱ってたからかな。……心が揺れると、届くんだよ。声が」
「……ずるいなぁ」
胸の奥が熱くなって、涙がこみ上げてくる。
でも、泣きたくない。
「……性転換、してよかった?」
そう聞いてみたかった。
彼──つかさは、少し黙った後、微笑んだ。
「……君になって、僕は救われたよ。
君が笑ってるとき、嬉しくなるし。
君が怒ってるとき、ちょっとだけハラハラする」
「……ストーカーみたい」
「ごめん。でも、それくらい大事なんだ。
君は、君のままでいい。……それだけは伝えたかった」
──ああ、やっぱり。
私、泣いてた。
「よしよし。……落ち着いた?」
「……うん」
「……よかった。
……よし、不安は晴れたかな。
次の人に会いに行くよ」
……次の人?
◇◇
つかさについていく。
暗くなってきて深奥って感じが強くなってきた。
「連れてきましたよ」
つかさが、誰もいない空間に話しかける。
次の瞬間。
空間が振動する。
響き渡るのは、聞きなれない術式の詠唱。
……《思考加速》
《神経系に干渉》
《主観時間を1000倍に伸長。》
《術式は思考電位の伝達先への経路推測・転移》
聞きなれない単語が響く。
全く知らない形式の詠唱。
「さて、初めまして、さよ」
「今の学校生活はどう?まあまあ楽しいかな」
「えっと……はい。あなたは誰ですか?」
「さよが怖がっていますよ。」
つかさが私を守るように前に立つ。
男は苦笑してから、静かに名乗った。
「そんなつもりではなかったんだけどね。
……つかさの前世。法術師・神坂 樹。
法術師っていうのは……魔法使いの俺たちの言い方だと思っておいて。」
彼──神坂は、つかさとは違った雰囲気をまとっていた。
目元は鋭く、けれどどこか穏やか。
視線の先にあるものは、常に何手か先を読んでいるようだった。
「神坂……さん。つかさの、前?」
「そう。つかさは俺の“次”。君はそのまた次」
「……前世ってこと?」
「うん。でも、記憶は全部持ってないし、操作もしてない。
……ただ、僕たちは舞台裏からさよを見てる。それだけ」
「どうして、今出てきたんですか?」
質問は、自然と口をついて出た。
すると神坂は、わずかに表情を引き締めて答える。
「リューク。今君は彼を苦手にしているね。
見透かしてくるような目。君のなにか本質を暴こうとしているそれが」
その通りだった。図星を突かれたような感覚に、心がざわつく。
「そのせいで、魔法実習にも影響が出ると僕らは思ったんだ。
だから干渉した。……いや、違うか。たぶん、君が求めたんだろうね。
……頼れる誰かを、心の底で」
「というわけで、頼られた以上はその役目を果たすよ。
とりあえず、水の玉を教えるね」
神坂の言葉は静かで、でも力強かった。
「さて、つかさくんは、《水の玉》の詠唱って知っているかな」
「はい、
……水の玉よ、空を駆け、我が意に従い飛べ、かの者を押し流せ
……ですね」
「うん。……解説しておくか。
この詠唱の内、
“水の玉よ”が主成分。
速度補正はなし。“疾く”を入れれば早く発射できるよ。
“空を駆け”が飛翔体属性。飛ばす魔法はだいたいこの詠唱を入れる感じ。
“我が意に従い飛べ”。これは誘導属性。これだけだと視線誘導だけど。
“かの者を”が目標。これによって誘導属性の目標に“かの者”をロックオン……魔法に覚えさせる。
“押し流せ”が着弾効果。水の質量で押し流す感じかな」
「さよは何が苦手か。
……俺の見立てでは、視線による目標指示……
新美くん曰く“アイサイト”ってやつだね。
ちゃんと、意識と魔法に目標をすり込めていないんだ。
まあ、新美くんの使ってるベクトル指定を使う方法もあるけど。
でも、目標指示は使えるようにしておいた方がいい」
(2話の風の矢のディスカッション覚えてる?
あの時の新美の発言に“アイサイト”(=視線照準)の言及があるよ)
じゃあ、魔法を撃つときに目標をしっかり見るのが私のやること?
「そうそう。やってみよっか。
的を作るね。
《標的用ホロターゲット》
《正面20メートルの座標に生成》
《強度は非設定・非破壊オブジェクトに設定》」
私の正面、少し離れたところに光の円ができた。
……光の的?
「あれを狙ってみて」
《水の玉》!……詠唱中、あの光の的を見続ける。
「心の中にも刻むようにね」
そうしてみる。集中……。発射!
……。当たった!
当たった――
一瞬、信じられなかった。
でも、ちゃんと、的の中心に命中していた。
「眼だけでなく、心の中にも目標を刻み込む。
これだけでさよの魔法はだいぶうまくなるよ。
保証する」
「とりあえず、夢の中とはいえ、初めての魔法の成功だね。おめでとう」
その言葉が、胸の奥にすっと染みた。
ああ、私、ちゃんと“できた”んだ――




