プロローグ
柔らかな陽光が、まだ冷たさを残した大気を透かしながら降り注いでいた。
桜の花弁がゆるやかに舞い落ち、舗装などされず、土のむき出しになった通学路を淡く彩る。
まだ春のはじまり。芽吹ききらぬ緑の合間に、花だけが先行して咲き誇り、
その道に漂う空気は「初々しさ」という言葉の三分の一だけを含んで、
それでも十分に人々を浮き立たせていた。
通学路を埋めるのは、ざわめきに似た人影。
彼らの足取りは一様に、あるいは自覚せずとも周囲に引きずられるように、
ひとつの場所へと向かっていく。
その先にあるのは――校舎。
遠目には無機質なコンクリートの塊のようでありながら、決定的に違う。
まるで大地をそのまま切り取り、土を固め上げたかのような質感。
だがその表面には光がまとわりつき、校舎そのものを透き通る膜で覆っているようにも見えた。
光が土を縫いとめ、かたちを保たせている。
否――それは「力」だ。
明らかに物理法則を逸脱した、理外の現象。
第1の理は自然法則。
そしてそれを越えて存在する第2の理――魔法。
その理を扱う者を育てるための学園が、そこにあった。
◇◇
学園。それはこの異世界の国家、“国”の教育機関。
王都のはずれ、広大な森林と隣接するその土地は、
魔獣の脅威に怯えつつも、その一方で林業が盛んで、
その学園を中心として一つの町、学園都市を形成している。
しかし、その家屋はいわゆる木造であるため、学園集落といったたたずまい。
そんな木造住宅の森の中に学園への通学路は存在する。
◇◇
その通学路を歩む一人の女子生徒がいる。
白い髪に黒い瞳。
少し乱れたセミロングの髪を、不器用に束ねたその姿は、
「いかにも新入生です」と言わんばかりの雰囲気を纏っていた。
視線は落ち着かず、流れに乗るように、きょろきょろと周囲を見渡す。
慣れない場所に足を踏み入れたとき特有の、
居心地の悪さと期待が入り混じった空気を身にまとっている。
◇◇
明らかに地球とは違う世界なのに桜が存在する理由。
桜に限らず、この世界の生物相は地球のそれに似通っている。
その理由は、神が地球に憧れたから。
空間を制御できるほどの、産み出せるほどのその存在は、きっと全知全能に近いのだろう。
たとえそれ以下でも、もしその存在にとっての全知の中に地球の知識が含まれていたなら――。
桜もまた、再現され、この世界に根を下ろすことになった。
――さて、この世界の人々が扱う技術は、いまだ地図と星の観測に頼る程度。
距離を数で測ることはできても、点と点を結ぶ「座標」という概念すら存在しない。
建物は石と木で組まれ、道を行き交う人々は太陽の影と記憶だけを頼りに暮らしていた。
──その一方、そんな不確かな大地の上にありながら、空間そのものを操る者。
「神」もしくは「空間管理者」と呼ばれる魔法使い。
そんな彼らが作った異世界でその桜の花の下を歩む一人の少女。
白い髪に黒い瞳を持ち、不器用に髪を束ねたその姿は、まだ何者でもない新入生のようでありながら。




