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作動

『今日、仕事終わる時間を教えろ』夕方、短いメールが入った。


『今日は展示ブースで詰めです』短いメールを返す。


『何時に終わる』疑問視すらないメールが入った。


『分かりません』素っ気ない返事を返す。


 それから戻ってこない返事に唯は大きくため息をつき、ジーンズの尻ポケットに携帯電話を入れた。展示ブースに立ち並ぶ大きなパネルに何枚かのポスターを貼り、唯は少し離れてバランスを見る。

 何と無くイメージが合わずに、唯は近くで作業する先輩を呼ぶ。女性でもイベントや展示会の準備の時は常に軽装で唯と同じくTシャツとジーンズ姿の先輩は大股でパネルに歩み寄ってきた。

「んー……なんか寂しいかもね」

「やっぱり! そう思います?」

「ここにモニター置こうか、確か向こうに置くって言って用意したものあるよね」

「ですね、配線の用意しておきます!」

 配線の入った箱の横にしゃがみ込んだ唯は、鳴らない携帯電話を尻ポケットから取り出した。

 先日妙な別れ方をしてから、ずっと蜂屋はこうやって連絡を寄越す。

 初めはただ驚いて無視していた唯だったが、二週間も片言でも連絡が続くと最近はすこしずつメールだけは返すようになった。

 蜂屋のメールは端的で簡潔だ。無愛想な大体十文字で終わるそのメールには、長々と余計な事は入ってこない。そう思うと、唯も必要な事だけを返すようになった。

 必要な事だけは触れない近況報告の様な蜂屋のメールが、仕事終りを窺う内容になってきたのはいつ頃からだっただろうか? 

 最初は『元気か』『元気です』だけだったはずのメール、木坂に話した方がいいと言われてから会わないまでも連絡だけは取るようになった。

 それがどうやって転んでいってるのか、唯にも全く分からない。

 ただ、最近のメールは当初の妙な片言のメールではなく確実に唯に都合を聞いて来ているのが、唯には読めない。

 黒い配線には床に同化するよう白いビニールテープを巻き付ける。引きずって配線を持っていくと、液晶のモニターがパネルの前に並んでいる。

「いいですね、これなら目立つんじゃないんですか?」

「まずはクライアント次第かなー」

 二人で腰に手を当てて、納得の笑みを浮かべる。思った以上に仕事は早く終わり、帰ることができそうだ。床に落ちたゴミやビニールテープの端を集めていると、ポケットに入った携帯電話が鳴る。

 唯は一度手を止めたものの、また掃除を再開する。

 ホール天井にある小さな窓を見上げればもう既に暗い。夏である今でこの暗さであればもう既に時間はPM8:00にはなっているだろう、時計の機能を最近は腕時計に頼らずに携帯電話に頼るようになったのは最近だ。

 乱暴な唯の行動で何度腕時計の革バンドを引き千切ったことか、ついパネルに引っ掛けて引き千切ること三回。三回目でやっと唯は腕時計を外すようになった、事務職の時とは全く違うのがおかしい。

 床が綺麗になって、思い通りのブースが出来あがったのを唯は離れた所で見る。危なく今日はここで夜を明かすかもしれなかったこと考えると、八時に終わったのは感謝すべき事だろう。

 ゴミの入った袋を持ったままで携帯電話を開けると、メール一件。

 名前は蜂屋 数馬。本文の画面を開かなくても、十分メール内容を読めてしまうほどに短いメールだ。

『こっちは終わった』

 待ち合わせしているわけでもないのに、唯は脱力した体でそのまま屈みこんで頭を抱える。

 この人は本当に自分勝手でマイペースな人だ、時折付いて行けるのは本当は自分だけなんじゃないかと錯覚する時がある。まさか、そんなことは無いから彼女がいるんだろうけれど。

 

 会いたい、と言ってもいいんだろうか?

 もう、向いた想いに目を背けられたりしないんだろうか?

 時折出てくる疑問には、すぐに答えが返ってくる。


 駄目だよ。だって、彼女がいるんだろうし。まだもしかしたら桜坂さんを忘れていないのかもしれないし。


『……それ、本当に? 確認した?』ああ、木坂の声が聞こえる。臆病でどうしようもない心の背中を押してくれる大切な友達、きっと同じくらい辛いかもしれないのに。

『まずは話してみなよ、俺はそう思う』唯は携帯電話を見つめる、汚れた指は爪も割れている上に手も荒れてカサカサだ。

 こんなんじゃ、恥ずかしいな。見下ろす唯の今日の服はキャラクター物のTシャツにジーンズだ、勿論化粧も禿げているし、正直眉毛も無くなっているんじゃないかと自信がない。

 余りに違いすぎる様な気もする。つい比較して卑屈になってしまう対象のそれは蜂屋の元彼女である桜坂なのだけれど、それにしても女らしさが日々薄れていくような気もする。

 携帯電話が鳴った。

 画面を開く。受信一件。

『終わったか』

 どうして突然こうやってメールをくれるようになったのか。聞きたい言葉は無音の「  」

 唯は黙ったままで小さく深呼吸をした、返信ボタンを押す。

『終わりました』


 短く打ち込んでから、唯はゴミ袋を持ち上げると外の収集場所に引きずって行く。

 まだ作業中の人がちらほら残るホールを出ると、唯は空を見上げた。天気も良かった今日の夜空は満点の星空だ、余りの星の量に空が落ちてきそうだと思う。

 ホールの上に三日月が掛かりそれを見上げながら、唯は微かに照らされた収集場所にゴミ袋を投げ入れるとそのままガードレールに腰掛ける。

 先輩はもう帰っているか、会社に終了した報告をしに行っているんだろう。明日は朝からクライアントにチェックして貰って、OKが出たらそれで今回の展示会の唯の仕事は終わりだ。次の仕事は企画に回されるか、それともまた展示会のブースに回されるか。それは上司である先輩の役目だ。

 見上げた空が綺麗で、月見酒もいいな。と思った。つくづく自分は色気が無い。

 と、ポケットの携帯電話が鳴る。いつもよりも返事が早い、十五分は最短記録だ。開けた携帯を見て唯は絶句した。

『出ろ』

 文字までも最短記録だ。もはや何を指しているのか全く分からない。そう、思っていたら着信があった。

 ああ、電話に『出ろ』ということか。なんて難しい人だ。

「ども」

『おう』

 短い挨拶は出会ってからずっとそのままだ。唯がどんなに辛い状態でも、蜂屋がどんなに唯に背を向けてもそれは欠かさず交わされてきた。短い言葉だけれど、絶対にそれだけは分かり合えてるって信じてる。

「蜂屋主任、月が綺麗ですよ」

『そうか』

 そのまま沈黙が流れる。

 もしかしたら電話の向こうで蜂屋も同じ月を見上げているんだろうか、そう思うと妙に嬉しい。唯はガードレールで足をぶらつかせながら、少し笑う。きっと物凄く無表情で見上げているんだろう、もしかしたら「だから何だ」と憮然として三日月を見上げているのかもしれない。

『春日』

「はい?」

『今どこだ?』

「仕事場です」

『だから、それはどこだ』

「来るんですか?」

『行く、教えろ』

「……いや。今日は物凄く汚い恰好で眉毛も無いんで、また日を改めて」

 妙な言い訳をした唯の言葉に一瞬沈黙があって、すぐに無愛想な低い声は短く言い捨てる。

『いい、教えろ』

 珍しく頑固になっていて、唯は少し途方に暮れた。


 会って、いいんだろうか。


「いや、やっぱり眉毛が」

『会社に電話するぞ』

 脅迫された気分だ、眉毛に固執して拒絶する唯に蜂屋は物騒な声を上げる。絶句した唯の耳に少し掠れた蜂屋の声が聞こえた。

『春日』

 会いたい、くらい言えばいいのに。本当に難しいひとだ。

 なのに、どうしても惹かれてしまうのは惚れた弱みかな。唯は電話向こうに聞こえるようにわざと大きなため息をついた。

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