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グレープフルーツとアゲハ

 八朔の苗木との邂逅を果たせなかった後の話になる。


 そのころは朝食時にグレープフルーツをよく食べていた。

 考えれば、いや、考えなくても、おかしな名前の果物である。


 あの独特の苦みは悪くない、むしろ癖になる。おとなの味というやつである。薬を飲むときに気をつけなければならないが、おいしいとは思う。

 この果物には、もっとよい名をあげたいものである。まあ、私は八朔の方が名前は元より味も気に入っているけれど。


 さて、この果物は種が多い、それも結構な大きさの。

 ある日、思い立った。もしかして、この種を植えればいずれグレープフルーツが食べ放題になるんじゃない?




 たくさんの種から良さげなものを選んで、プランターにひたすら埋めて水をやる。しばらくすると結構な確率で芽が出て伸びてくる。その中から元気が良いものを選んで、十個ばかりの鉢に移した。


 どれも順調に育ち細い枝が伸びてきて、しだいにかわいらしいミニチュアの木として整ってくる。つやつやとした黄緑色の葉が無数に出てくる。いかにも柔らかい新葉はとてもきれい。

 若緑色の葉はしだいに鮮やかな緑色へと移ろい、大きく広がってくる。季節は春、暖かい日が続く。


 高さが20センチ位になった頃だろうか。何か緑が減っているような気がした。近寄って見れば、いくつかの葉が付け根付近だけ残して消えている。

 誰かが食べた? ひとつ一つの葉をじっくり観察して発見した。白黒まだらのちっちゃいやつ。


 すぐに知った、それがアゲハの幼虫だと。そして、柑橘系は彼らの食草であることも。


 それから注意して早朝に窓から観察していると、ひらひらと飛んでくるのが見えた。確かに白黒のアゲハ……たぶんナミアゲハ。

 おお、こいつか。つまり、このまま待てばアゲハの蛹と羽化が見られるかも。


 ナミアゲハの幼虫は1齢から5齢まである。4齢までは同じように白黒まだらのとげとげした姿で、ちょっとずつ大きくなっていく。




 葉はどんどん食われていく。いつの間にか増えている。1カ所にこんなにたくさん産み付けるのか。いや、この数は複数の個体に違いない。

 それにしても、どうやってこんな家の片隅にある鉢植えを大勢がピンポイントで見つけるのだ? この小さきものの匂いが遠くまで届くとはとても思えない。


 ここになかったとしたら、どこで食樹を見いだすのか。近所で柑橘系の果樹を植えているところは、少なくとも目に見える範囲では見当たらない。

 疑問は尽きないが、一日中見張っているわけにもいかず、現場を目撃したことはない。


 このままでは葉が食い尽くされる。さすがにそれは看過できない。私はグレープフルーツが食べたいのよ。だから間引きさせてもらう。


 しかし、忙しくてしばらく放置していれば、いつのまにか、まるぼうずになっていたりする。 葉が茂っていれば見つからなくても、全部食べ尽くしたら、捕食されてしまうじゃないですか……。


 5齢幼虫になると劇的な変化が起こる。今までとはまったく別の生物。その姿は調べてあったが、実際に見ると衝撃である。

 緑色にあの独特の模様、ベルベットのような体。しかも大きい。どんどんでかくなる。

 もはや葉ではなく幹となる部分にへばりついている。


 今までのほっそりとした白黒はなんだったんだ。

 もうすぐ蛹になるはず。見たい、絶対に生で見たい。


 しかし、世の中、そう甘くはない。ある日、気がつくとどれもがいなくなっている。痕跡がぷつりと途絶えている。


 アゲハの終齢幼虫は、蛹になる場所を求めて引っ越すらしい。たぶん、夜の間に。かなりの距離を移動するのかもしれない。

 あるいは、誰かに捕食されてしまうのだろうか。


 あたりをくまなく探したこともあるがついぞ見つけたためしがない。

 それから、2、3年、少数だけに住み処を提供してきたが、とうとう蛹を見ることはなかった。




 現在は、2本だけ残してどちらも地植えしてある。あまり大きくなりすぎないように剪定しているが、グレープフルーツはトゲが多くて大変である。

 トゲの長さは5センチ以上ある。革手袋をしてもうっかりすると手のひらに突き刺してしまう。あるいは、どこかに引っ掛けて切り傷を作る。


 こうなれば、もうアゲハは全く脅威にならない。いくらでもカモンである。

 というか、最近余り見ないのだけれど……。鉢植えの若木にはこぞって卵を産み付けるけれど、大きな木は無視しているのかなあ。

 単に目立たないだけかもしれない。


 グレープフルーツが実をつけるまでには18年位かかるらしい。正しく、桃栗三年柿八年、柚子の大馬鹿十八年である。

 鉢植えの時はほとんど成長していないから、よくわからないが、そろそろ頃合いではなかろうか。


 自家受粉できるらしいこともいい条件ではあるが、実がなるまでに30年以上かかったという話も読んだことがある。気長に待つことにしよう。


 それでも、いつか枝もたわわに、その名のごとくに実り、食卓に上ることを夢見ているのである。 (よる)


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