〝あの噂〟
「ねえねえ、あの噂って知ってる?」
「あの噂って?」
「ねえねえ、あの噂って知ってる?」
ある日の昼休み。
少し曇り気味の中、弁当を食べていると、友人ーーF仮が話しかけてきた。
曇り気味といっても十分に明るく、確かこういう雲越しの光が赤外線だったか、などと考えてきた時だ。
「知ってるけど、何?」
「あの噂を話してた先輩が、失踪しちゃったんだって。二日前に。から?」
二日前というと、例の火曜日だ。そういえばその日、校庭で大勢の上級生といるところを見たような。
軽い騒ぎになっていたから、何か……話しながらできる遊びでもしてたのかなと、少し気になったのを覚えている。
「それでね、その先輩が、いなくなる前に変な話をしてたじゃん?」
「あぁ……なんだっけ、確か、〝あの噂が〟……」
「〝あの噂ってなんだっけ?〟だよ」
そうだった。そんな、噂だった。
「変な話だよね。そもそも、確かその先輩から噂を聞いたんでしょ?」
「そうそう。
何か忙しくて忘れちゃったのかな? それでも〝どんな話だっけ?〟とかで、〝なんだっけ?〟とはならない気がするけど」
これが、生徒会長やゲーム部ならわかるが、あの先輩は〝あの噂〟以外では特に奇抜な話を聞かない人だった。
忘れるほど強烈な出来事なんて、何か難しい宿題にでも詰まっていたのか。
「記憶喪失だったりしてね。」
「不謹慎だよ。
……ていうか失踪って、不登校とかでもないの?」
「そうそう。家にも帰ってないし、どこにも出てないみたい。
昨日……じゃなくて一昨日、お昼頃からずーっと姿を見せてないんだって」
「ふーん」
適当に相槌を打ちながら考える。
お昼頃、というと人や場合で多少はズレるが、学校である以上は、昼休みだろう。一昨日の昼休みで元気な姿を見ていたが、午後の授業に出なかったということだろうか。
あの後何かあったのか、あるいは、昼飯で食中毒にでもなって、午後の授業に出られなかった後とか……いや、考えても仕方ないことか。
私よりも、あの時一緒に校庭でいた同級生たちの方がよほど詳しいだろうし、私の証言とか推理は必要ないだろう。
……そういえば。
先輩から聞いたという〝あの噂〟だったが、
「〝あの噂〟って、なんだっけ?」
ザッ、と、周囲から足音がした。
「それのどこが噂なの?」
「あの噂?」
「それって、どんな噂なの?」
「……ねえ、その噂について、一人でも、少しでも内容を知ってる人って、いる?」