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Desire  作者: 碧川亜理沙
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9/18

伝えたいこと⑨



「……ふぅ」


 あれからもうひと皿料理を頼み、いい感じに酒も回ってきたところでひと息ついた。

 お腹も満たされ、少し火照った頬に時おり空調の涼しい風が当たって気持ちが良い。


 隣のボックス席では、まだ男性たちが話し込んでいる。

 あの少女は端のカウンター席に座りながら店員の女性と話している。


 何となくアウェーな感じなので、この1杯を最後にしようと決めた。


「そうだ、お姉さん。悩み事があるなら彼に相談するといいよ」

「っ!? ゴホッ、ゴホッ」


 なんの脈絡もなしに、突然隣のボックス席の男性が未来を振り返り声をかけてきた。


「神宮寺さん何してんの! 大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫……ゴホッ」


 あまりに突然だったので、ちょうど飲んでいたアルコールが器官に入りかけ、思い切りむせてしまった。

 おさまるまで数分を要した。


「……はぁ、あの、それで何ですか?」

「ん? お姉さん、今困り事があるんだろう?

 どうだろう、彼に相談したら解決の糸口くらいは見つかるかもしれないよ」


 にこりと微笑む男性だが、未来の目には不気味なものに映る。


 ──私、困っていることがあるって、この人に言ったっけ?


 いくら酔いが回っていても、口まで軽くなることはない。と言うより、そこまでこの男性と親しく話をしたわけではない。

 全くもって、彼の言うことが分からなかった。


「神宮寺さん、お客さんを困らせないでください」

「ん? 今はわたしもお客さんだろう?」

「仕事しに来たんじゃないんですか……」


 店員たちも、彼の言動に呆れの息を吐く。

 どうやら彼の行動は、今に始まったことでもなさそうだ。


「それで、どうだろう。ものは試しに。行き詰まっている時は、誰かに話を聞いてもらうというのも大事だよ」


 笑顔を崩さず、未来のほうを見る。

 未来はというと、目の前の人間を胡散臭いとは思いつつも、一考してしまっていた。

 確かに現状、未来は困っている。だが、初対面であるのに相談してしまっても良いものだろうか。


 ぐるぐると頭の中で色んな考えが浮かんでは消えて……。


「……あの、みなさんはここ辺りのことは詳しいのでしょうか」

「まあ……ある程度は」


 その返事を聞いて、未来は話すだけ話してみようと決めた。




 未来は端的に現状を話した。


 取材でこの区へ来たこと。

 その内の1人と連絡が取れないこと。

 その人が、ここブロック街にいるかもしれないということ。




「……なるほど。事情は分かりました」


 この店の店長であるという美形の男性──ハルカというらしい──が、未来の話を聞いて言葉を発した。


「その上で言いますけど、ブロック街と言っても、この場所だけの事をいうわけではないし、人探しとなるとかなり大変だと思いますよ」

「……ですよねぇ」


 分かりきってはいたけれど、改めてそう言われると残りの日数で探すのはかなり無理があるように思えてきた。

「手伝いくらいならできなくはないですけど……」と言ってくれたが、やはり見ず知らずの初対面にそこまでしてもらうのは申し訳ないと思い、即断できない。


「役場とかで確認してもらう……は、さすがに無理か」

「そもそも赤の他人の時点で無理じゃない?」

「その人の家族とかに話聞けないんですか?」

「独り身だと言ってました。こっちでどうだったのかは分からないのでなんとも……」


 即断できず、ずるずると言葉を零していると「ねぇ、お姉さん」とカウンター席に座っていた少女が声をかけてきた。


「お姉さん、何のためにその人を探したいの?」


 純粋な少女の疑問に、未来は「何のため」と言葉を繰り返した。


「お姉さんとその人って、家族でも何でもないんでしょ? なのに、何のためにその人を探したいの?」

「マリア」


 ハルカという男性が注意するように少女の名を呼ぶが、当の本人は未来のことを真っ直ぐに見つめてくる。

 それに、周りの大人たちもそれ以上何も言わない。

 つまり、少なからず少女と同じような疑問を持っているのだろう。


「何のためって……」


 深く考えていなかった事を聞かれ、未来はたじろぐ。

 周囲の人たちの視線を一斉に受け、何か答えなくてはと思うけれど、思うように言葉が出ない。


「…………心配だから、よ」


 ようやく出した答えが、小学生でも言えそうな内容だった。

 その言葉に嘘はない。

 だけど、少女はその回答があまりお気に召さなかったようだ。


「お姉さん、記者さんなんでしょ? その人のことを書きたいから探してるんだよね? それって、心配してるって言うのかな?」

「マリア、そのくらいにしなさい」


 ストップが入り、少女はむっとした表情をしたまま、くるりと未来に背を向けた。


「ごめんなさいね、あの子がいろいろ」

「いえ……」


 未来は少女に言われた言葉が重くのしかかり、うまい返答が出てこない。

 それは、口にはしなくても、未来も心の中で考えてしまったことだったから。

 改めて第三者から指摘されると、否とは言えない。


「でも、マリア……あの子が言ったように、わたしもあなたが他人のためにそこまでする義理はないと思う。いくら仕事といえ、変わりは探せばあるのでしょう?」

「それは…………まあ、はい……」

「一応、人探しの件は保留にしておきます。あなたも迷っているみたいだし。どうするか決まったら、改めてまた依頼してくれたら、こちらもできる限りの対応をするので」

「…………はい」


 この話はこれでおしまいと言うように、全員がまた自分の持ち場へと戻って行った。


 未来は手元のアルコールを一気に煽る。

 先程までの酔いはどこに行ったのか。どれだけ飲んでも酔いが回らなかった。




「……はぁー」


 それからひと通り頼んだ料理をたいらげた後、すぐに店を出た。あのままゆっくり居座れるほど、未来は図太くない。

 その後はまっすぐホテルに帰ってきた。


 ──何のために、文堂さんを探すのか。


 店で言われた言葉が頭の中で繰り返される。

 もともと中央区に店を出した安斎と文堂の現状を、地元の人たちに伝えるために出した企画だった。事前に連絡がつかなかったが、そういう趣旨があったので、企画の取りやめなどは頭になかった。


 ──本来の意味で、現状を伝えるなら探したほうがいいんだけど……。


 おそらく、あの少女が言いたかったのは、そんなことではない。


『人の不幸を見せしめにするの?』


 言葉にしていなかったが、暗にそう言っているように思ってしまった。


 少なからず、未来も心のうちでは考えていたから、そう捉えてしまったのかもしれない。

 仕事として、ある程度は割り切らないといけないとは分かっていても、いざ自分がその担当にあたると、何とも言えない感情が奥底で燻る。少女は、そんな未来を見透かしていたのかもしれない。


 ──何が正解か何て……。


 何度目か分からないため息がこぼれる。

 今日の報告をまだしていないけれど、もう動く気にはなれなかった。


「どうする、未来」


 ぽつりと自問し、未来はそのまま目を閉じた。




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