伝えたいこと⑧
「いらっしゃいませ」
カランコロンと古風なベルの音と共に、店員の声が聞こえた。
「1名様ですか?」
「あ、はい、そうです」
「こちらへどうぞ。あ、よかったらお荷物預かりますよ」
店員に促されるまま店の奥の方に進む。
店内は落ち着いた雰囲気があり、カウンター席の他にボックス席が3つほどあった。こじんまりとしているが、そこまで狭いとは感じない。
店内には未来の他に、ボックス席に1人客がいた。
他に客がいないからと、未来もボックス席に案内される。割とゆったりできるソファータイプのようで、今日1日歩き回った身としては、思わず寛ぎたくなる心地良さだ。
店員からメニュー表を貰い、ざっと目を通す。軽くつまめる軽食とアルコールを注文した。
「お姉さん、どうやってうちの店知りました? うち、まだできて間もないから、初顔のお客さんが来てくれるって全然なくて」
注文を取り終えたあと、店員が尋ねてきた。
「えっと……知り合いの人からと、ここ近辺を歩いていて子どもに貰ったんですよ」
「子ども?」
心当たりがあるのか、店員は「あいつらかぁ」と1人ぼやいていた。
「まぁこのように、全然お客さんいないんですけど、のんびりしていってくださいね」
にこりと未来に笑いかけ、店員はそのまま奥へといなくなった。
「お姉さん、この辺の人じゃあないでしょ」
飲み物が来た後で、隣のボックス席に座っていた男性が話しかけてきた。
未来よりは年上の、30代くらいだろうか。高そうなスーツを着こなしており、人当たり良さそうな笑顔で笑いかけてくる。
「ちょっと神宮寺さん。ほかのお客さんにちょっかい出さないでくださいよ」
カウンターにいる店員さんが困ったように言った。
「なに、世間話じゃないか。それに、ほかに客が来るでもないなら、少しでも楽しませた方がいいだろう」
「そりゃそうですけど……」
「それで、お姉さん。あなたはほかの区から来たのかな?」
話の矛先が未来に戻って来た。戸惑いながらも未来は素直に答える。
「北区からですけど……どうして私がほかの区から来たって思ったんですか?」
「ん? なに、簡単なことだ。昼間からブロック街を歩き回るなんて、そこの住人や関係者以外いないからね。それに、お姉さんからは中央区の人間味がない」
「はぁ……」
いろいろとツッコミどころがある答えだが、未来は何とも気の抜けた返事しかできなかった。
そんな未来の様子など知らぬように、男性は1人話を進めていく。
「他の区から来たってことは、仕事関係でかな。だとすると、昼間っからブロック街を歩き回っているということは、特にこっちに会社ある人ではないだろうし……となれば、マスコミ関係者とかかな」
「ちょっと神宮寺さん、何しているんですか。あ、お待たせしました」
そこにちょうど、店員が料理を持って戻ってきた。
美味しそうな匂いに、未来のお腹は静かに鳴る。
「いただきます」
早速料理を口に運ぶと、無意識のうちに「おいしい」と呟いてしまうくらい美味しかった。
「お姉さん、おいしいってさ。良かったねぇ」
まだ隣の男性が未来の方を見ながら周りと会話をしているが、未来はそれよりも食べる方に集中した。
「本当に神宮寺さん、あいつに怒られますよ」
「大丈夫だよ。それに、静かな店内より賑やかな方がいいでしょ?」
「いや、そうかもしれないですけど……」
「なに騒いでいるの?」
店員と男性が話している最中、そこに、奥の方から第三者の声が聞こえてきた。
自然と声のした方へ視線を向けると、そこにはつい最近、安斎の店で見かけた男性がいた。
その後ろからは、声をかけた少女も現れた。
「あ、神宮寺さんがいる」
「こんばんわ、マリアちゃん。
ところで、ハル。年上を待たせるなんてひどいじゃないか。今日行くと言っていただろう?」
「何がひどいですか。来るなら時間帯くらい教えてくれないと。こちらも暇ではないんですよ」
彼らは隣の客の知り合いらしく、親しげな雰囲気を感じる。
それとも、隣の男性は客ではなく、店の関係者なのかもしれない。
「あれ、あの時のお姉さん」
何となく小さくなりながら料理を食べていると、少女が未来に気付いた。
「知り合い?」
「ううん、ほら、昨日ママと行ったお店で声かけられって言ったでしょ? その時のお姉さん」
「あぁ、そう言えば似てるかも」
ぺこりと軽く頭を下げられ、未来もつられてお辞儀をし返す。
──というか、この人男……よね?
少女が男性のことを"ママ"と呼んでいたので、思わず男性をマジマジと見てしまう。
確かに中性的で、綺麗な人ではあるが、女性ではないと思う。
──まあ、別にそこまで気にしなくていいか。
少し耳を疑っただけで、そこまで突っ込む気はない。
未来はまた料理に意識を向けた。