誰のため⑩
「玲奈ちゃん……」
「あんた、おかしいよ」
突然呟かれた言葉に、瑞希は首を傾げる。
瑞希自身は、特におかしいと思うところはないはずだ。どちらかと言えば、玲奈の方が通常と異なりおかしいと思う。
「私、普通だよ?」
「はっ、どこがよ。他人にここまでする人がどこにいるって言うの。あんたが圭佑のことを嫌っていようが関係ないけど、なんで私を助けたりするわけ? 意味分かんない」
「そんな……だって、私たち友だちでしょ? 友だちを助けるのに、理由なんてないよ」
当たり前のように放ったその言葉に、とうとう玲奈は我慢の限界を迎えたようだ。
もの凄い形相で、瑞希を指さし言い放つ。
「あんたを友だちだと思ったことなんて、1度もないんだけどっ!」
その言葉は、瑞希の体を止めるほどに有効だった。
「……え」
「いつもいつもそう! あんたはわたしたちのまわりをうろちょろして。
何が友だちよ。高校の時だって、便利なパシリがいたから、いいように使ってあげただけじゃない。それを友だちと勘違いして? こっちはいい迷惑よ」
怒りと侮蔑したような目で、玲奈は瑞希のことを見下す。
瑞希は玲奈の口から溢れ出る言葉たちを理解できずにいた。差し出していた手は、力なく下ろされた。
その様子を見ながらも、玲奈の口は止まらない。
「それにキモイんだよ、あんた。何勝手に私のこと調べているわけ? 圭佑のことだってそう。普通ここまでする奴いないよ? 心配したとかいいつつ、あんた1人で全部調べたわけじゃないでしょ? 人をつかってまでやるなんて、おかしいよあんた。心配だからとか言うけどさ、あんた自分のことしか考えてないんだよ!」
「もう2度と関わるな」と言い捨て、玲奈は瑞希の前から去って行った。
瑞希は追いかけないとと思いつつも、体はその場に縫い付けられたように動かない。
玲奈から浴びせられた言葉たちが、ずっと頭の中で繰り返される。
──私は、何か間違っていたの……?
玲奈と初めて話したのは、高校1年生の時。
同じクラスだった。
初めの頃は全然話すような関係でもなく、ただのクラスメイトの1人だった。
秋口か、冬だったか。
『えー、日直メンドー。あ、あんたさ、日誌取りに行ってきてよ』
偶然近くにいたのが瑞希だっただけかもしれない。その時初めて、瑞希は玲奈と関わった。
それから何度か、玲奈やその取り巻きたちに話しかけられ、いつしか瑞希は彼女たちの友だちになっていた。
『喉乾いたー。なんか飲み物買ってきて』
『宿題忘れてた。やってきてんでしょ? 見して』
『今日大事な用事があってぇ、掃除かわって』
大体がお願いごとではあったけど、瑞希は頼られているのだと思って、喜んで受けていた。
それが、それら全てが、幻だったとでも言うのだろうか。
瑞希は、玲奈たちのとこを友だちだとずっと思っていた。だけど、玲奈にとって、瑞希は友だちではなかったと言う。
「……でも、これは、玲奈ちゃんのためを思って」
ぽつりと言葉が零れる。
そうだ。友だちとかそうじゃないとか関係なく、瑞希は玲奈のために今回行動を起こしたのだ。
辺りがだんだんと薄暗くなって行く。
授業が終わって少し経つからか、校門から出てくる学生の姿も減った。
1人ぽつんと立ちすくむ瑞希を、通り過ぎる人たちは一瞥して歩いていく。
何が正解だったのだろうか。悩んだところで、答えなんてでない。
ただひとつ分かること。
玲奈のためにと起こした行動は、結局のところ彼女本人から拒絶されてしまった。
──じゃあ、私はいったい何のために……。
思考がどんどん切り替わる。
そして、答えのない問いだけがずっと頭の中を回っていく。
誰がその答えを与えてくれるのだろうか。
瑞希は辺りが完全に暗くなり、偶然通りかかった友だちに声をかけるまで、その場を動くことができなかった。
そして、それ以来、玲奈と会うことは二度となかった。
Open1:誰のため 〈了〉




