誰のため⑨
あれから日が経ち、あと数日もしたら5月も終わる。
瑞希は変わらず、大学に通う日々を送っていた。
時おり、玲奈には連絡をしているけれど、やはり相変わらず返事はない。大学でもその姿を見ることはなかった。
実は今月1度だけ、玲奈の実家を訪ねていた。
ちょうど玲奈の姉と言う人がいたので、玲奈のことを聞いてみたが、そもそも受験が終わってから、家には帰ってきていないと言う。「彼氏の家にでも入り浸ってるんでしょ」と言う言葉を最後に、家のドアが閉められた。
それに、最近は名無しの店にも足を運んでいない。
あれ以降、瑞希はバイトを始めて、なかなか店を訪れることが出来ないでいた。
ハルカに連絡をとる術はあるのだが、何かあれば直接会って聞きたいと思っているため、瑞希からも連絡をしていない。
なので結局、玲奈のことは何も聞けないままだ。
だから、大学の授業終わりの夕方、帰ろうと思った瑞希の目の前に、玲奈が現れたことに心底驚いた。
「玲奈ちゃん……」
玲奈は、さらに様相が異なっていた。
いつもは身だしなみに気を使っているはずなのに、今は上下スエットだし、化粧もしていない。髪も適当に束ねただけ。それなのに、瑞希を見るその目だけは、異様に鋭い。
周囲には授業が終わり帰宅する学生がいる。
彼らは玲奈を横目で見るだけで、そのまま通り過ぎて行く。
「玲奈ちゃん……私、心配して何度も連絡したんだよ? 大丈夫? なんかさらに疲れているようにも見えるけど、ちゃんと休んでる?」
瑞希は矢継ぎ早に玲奈に問いかける。
会えたらあまり問い詰めることだけはしないと思っていたはずなのに、つい心配心からあれよこれよと尋ねてしまう。
「……だろ」
玲奈が何か言葉をつぶやく。だけど周りの喧騒にかき消され、よく聞こえなかった。
「玲奈ちゃん?」
瑞希は玲奈の言葉を拾おうと、玲奈に近づくと、彼女は突然瑞希の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「あんただろ! あんたが圭佑のことを話したんだろ!」
目が血走っているかのようにかっぴらかれ、瑞希はそれを目先で見つめ返す。
「れ、玲奈ちゃん、落ち着いて──」
「あんたのせいで……! あんたのせいで、圭佑はしょっぴかれたんだよ! どうしてくれんのさ!」
唾が飛んでくる勢いで、玲奈は瑞希に向かって叫び続ける。
そんな状況でも、瑞希は玲奈の言葉に安堵していた。
「そっか、彼氏さん、捕まったんだね。それじゃあ玲奈ちゃんは、これからきちんとした生活ができるんだね」
「は……?」と玲奈から低い声が漏れ出る。
玲奈の表情がだんだん怒りに染ってくるのを見ながら、瑞希はなるべく優しい顔をして言う。
「だって……玲奈ちゃんの彼氏さん、危ないクスリをやっていたんでしょ? さすがにクスリはダメだよ。現に玲奈ちゃんにも悪い影響が移ってしまってるよね……?
友だちがそんなになってしまうの、私は見たくないし、いつもの元気な玲奈ちゃんに戻って欲しいから、だから……」
「やっぱ、あんたなの」
突然に呟いた玲奈の言葉に、瑞希は理解が及ばず聞き返した。
「何であんた、圭佑がクスリやってるって知ってんの」
怒りの表情のまま、だけどその声色は恐ろしいほど落ち着いている。
瑞希は玲奈のことが心配だから、とある人に相談していたことを端折りながら話した。
話を聞いて、玲奈はぽつりと独り言のように言葉を漏らす。
「……おかしいと思ったのよ。圭佑がしょっぴかれた時、私も連れてかれると思ったのに、何故か置いてかれて。何でって聞いたら、そう頼まれたからって言うのよ。……あんたが、裏で手を引いていたなら、納得がいくわ」
玲奈の言葉より、先日ハルカに頼んでいたことはきちんと守られていたことを知る。
玲奈の彼氏が法に触れることをしていることを然るべきところへ伝えてもらうこと。
そして、玲奈には瑞希自身から説得するので、手を出さないようにして欲しいということ。
正直、かなり無茶なお願いをしたと思っていたが、ハルカは難なくそのお願いを叶えてくれたようだ。
「ね、玲奈ちゃん。玲奈ちゃんもその……危ないクスリ、使ってたんでしょ? このままじゃ、玲奈ちゃんの体調も心配だし、一緒に病院に行こう? 私、最後までちゃんと玲奈ちゃんに付き合うから」
行こうと手を差し伸べるも、玲奈はその手を取ることはない。
むしろ、得体の知れないものでも見るような目で、瑞希のことを見ている。




