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Desire  作者: 碧川亜理沙
Open1:誰のため
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誰のため②



「ねぇ、玲奈ちゃん。お店っていつもこんな感じなの?」


 隣の玲奈に声をかける。

 先ほどまで機嫌が良さそうだったのに、瑞希が話しかけると一気にトーンダウンして、「知らない。2回目だし」と素っ気なく返された。

 まだ完全には機嫌が直っていないのだろうと結論付け、瑞希は先ほど渡されたメニュー表を手に取る。

 そこには知らない名前の飲み物から、おいしそうな料理の名前などが書き連ねてあった。


「飲み物ならここでも受け付けるので、気軽にお声がけ下さい」


 突然声をかけられ驚く。

 カウンター越しに立つバーテン姿の男性が話しかけてくれたのだ。


「あ、私レモンソーダで!」


 玲奈がまた高めの声色で、男性に注文する。

 瑞希もメニュー表を眺め、「じゃ、じゃあ、カルピスソーダで」と注文した。


 飲み物が届くまでの間、食べるものを頼もうと再びメニュー表に視線を移す。どれも美味しそうで、なかなか選ぶのが難しい。

 選んでいる間に、頼んだ飲み物が届く。


「れ、玲奈ちゃん。何か食べたいのある?」

「別にぃ。好きなの頼めば?」


 玲奈は注文する気がないのだろうか、また携帯をいじり始めた。


 ──そう言われると、何がいいか余計迷っちゃうな。


 メニュー表をじっと見ていると、いつの間にか近くに来ていた先ほどの女のスタッフが「悩んでる?」と声をかけてきた。


「ど、どれも美味しそうなので……」

「あら、嬉しいわね。もし夕飯がまだなら、このサンドイッチがオススメよ。ひと口サイズにしているから食べやすいし。ガッツリ食べたいなら、お肉系もいいですよ。今日は混んでないから、すぐ出来ると思いますし」


 さり気なく2人でつまめそうなものも教えてくれた。その中から、玲奈も一緒に食べれそうなものを選んだ。


「あ、あの、こんなこと聞くのは変かもしれませんけど、お店っていつもこんな感じなんですか?」


 注文後、スタッフに向かって玲奈に尋ねたことを聞いてみる。

 彼女は少し考えたような仕草をしたあと、


「そうね……暇な時はだいたいこんな感じです。もしかして、もっと賑やかなのを想像しました?」

「ま、まぁ……と言うか、こんな感じでお店の人と話すのってあまりないですし……」

「あぁ、確かに。でもうちは、これが基本スタイルみたいな感じになってますね。あ、もしかしてお店では静かに過ごしたい感じ?」

「い、いえいえ、そんな。ただ、ちょっと慣れてないだけで……」

「うちの店初めてなんですって? 徐々に慣れてくれれば嬉しいわ」


「お料理来るまでもう少しお待ちください」と言い、彼女は店の奥の方へと行ってしまった。




 それからの時間は、とても穏やかに過ぎていった。

 スタッフの言う通り、そこまで混んでいなかったということもあるのか。スタッフたちも客との間に入り、歓談を楽しんでいるようだった。

 瑞希も初めは少しぎこちなさが目立ったが、時間が経つほどに、この空間をとても楽しんだ。


「お二人さん、もうすぐ21時過ぎてしまうわよ?」


 そう言われるまで、時間をすっかり忘れてしまっていた。

 高校を卒業しているとはいえ、3月中はまだ高校に在籍していることになっている。

 あまり遅くなってしまうと、警察に補導されかねない。


「えー、もうちょっとダメー?」

「困るのはあなたたちよ。夜遊びは来月まで取っておいたら?」


 玲奈が可愛くスタッフにお願いするも、さすがに断られてしまった。

 瑞希がまた今度にしようと言うと、ぶつぶつと不満げな言葉を口にするが、帰り支度を始めてくれたようだ。


「瑞希さん」


 お会計の為にカバンから財布を取り出そうとしていると、もう1人の別の女性が話しかけてきた。

 今日は話をしなかったけれど、外の血が混じっているであろう彼女は、何度か視界にしていた。


「こちら、お渡ししますね」


 手渡されたのは、店に来た時に玲奈が外の少年に見せていた黒いカードと同じようなもの。

 そこにはアルファベットで、瑞希の名が記されていた。


「瑞希さんの会員カードです。次回から来る時は、こちらを持って来てくださいね」

「あ、ありがとうございます……!」


 会員カードなんて、初めて作った訳ではない。だけど、こんなオシャレなお店の会員カードは、どこか特別で、大人の仲間入りをしたような、そんな気になった。


「また来てくださいね」


 お会計を済ませ、スタッフに見送られながら店を出る。


 店外に出て、地上に上がる階段を上ると、ひゅうっと肌を刺すような冷たい風が吹いていった。

 さっきまでの時間がまるで夢のように感じる。閑散としたこの景色が、より一層そう思わせるのかもしれない。


「……玲奈、今日はありがとう」


 この店を選んだのは玲奈だ。

 初めはすごく不安に思っていた瑞希だが、今は素直に感謝しかない。


「思ったより寒いし、そろそろ帰ろう。玲奈、電車だよね?」


 隣でずっと携帯をいじっている玲奈に声をかける。


「んー……彼氏が迎えに来るから、先帰っていいよ」

「あ、そうなんだ。……じゃあ、私はこれで」


 玲奈の彼氏とは、何度か会ったことがある。

 と言うより、だいたいは一緒にいるのを見かけることの方が多い。

 それに、数ヶ月単位でコロコロ変わるのだ。共通しているのは、全員軽い感じで派手目の年上男性。


 玲奈の今の彼氏にも会ったことあるが、正直瑞希は好きになれないタイプだった。

 今回も年上で、まだ大学生だと言っていたか。不良のような見た目をしており、いかにも遊んでそうな人だった。


 その彼氏が迎えに来ると玲奈は言うが、それまで玲奈を1人ここに残していくことに少し心配になった。

 だが、瑞希はできればその彼氏には会いたいと思わなかったので、玲奈を1人残して、瑞希は駅方面へと向かった。




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