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リリア・ラジウィアになった後、待っていたのは長い長い「教育」の日々だった。
約束の乙女は一人ではない。過去、約束の乙女が一人しか現れず、そのまま王子の妻となった事例は存在しない。少なくとも二人、多ければ五人は現れる。
その中から選ばれなければ、当然私の価値はない。
新たに与えられた自室は、前の部屋よりも何倍も大きかった。豪華な天蓋付きの寝台に、宝石のはまったドレッサー。大きなクローゼットの中には美しいドレスが何着もぶら下がり、クリスタルのテーブルの上にはいつも瑞々しい花が飾られていた。
けれど、大きな窓を見れば、ここは監獄であるとすぐにわかるだろう。
広がる空を覆いつくすように、窓には鉄格子がはまっていた。
世界で一番豪華な監獄で、私は太陽が昇る前に目を覚ます。まだ薄闇の空には月がぼんやりと浮かぶ時間から、私はメイドたちによって身なりを整え、教育が始まる。
教育のスケジュールはすべてお父様が決めた。午前中は庭に出ることが多い。広大な敷地の中、馬術・剣術・道術を叩き込まれ、薬草園で薬の調合法を学ぶ。
常に細い体を維持するために、食事は制限され、朝食は基本的に与えられない。昼食はずらりとコース料理が並ぶが、それをすべて食べることは許されない。食事はマナーを学ぶ場であり、腹を満たす場ではないからだ。私が礼儀作法通りに食事を勧めることができると判断されれば、あっという間に皿は下げられていく。無論、作法を守れなければ、待つのは折檻だ。
午後は部屋に戻り、訪れる家庭教師たち相手に勉強である。学ぶ内容ごとに家庭教師は雇われているため、分刻みで入れ替わり立ち替わり、家庭教師がやって来る。文学、数学、言語学、医学……国の高等教育機関で受けるべき内容を、私は12歳までに学び終えた。
授業の最後には毎回試験を受ける。ここで満点を取れなければ、家庭教師たちに酷い目に遭わされる。お父様は家庭教師たちに「体に傷を残さなければ好きにしてよい」と指示しているためだ。傷をつけずに人を貶める方法がいくらでもあることを、私はこの日々で学んだ。
夕暮れになると、やけに着飾った女が屋敷になって来る。女――アンはなんでも国で有名な美容家らしく、私の体を管理する役目を担っていた。肌や髪を風呂で磨きあげられる時間は、面倒くさくはあったが、苦痛はない。だから私はアンだけは嫌いではなかった。
「あらお嬢様、今日も浮かない顔をしていますね。せっかく美しいのに、人形のようです」
アンとの時間は、メイドもそばを離れて二人きりになる。お湯で満たされた暖かな浴槽に浸かり、アンに髪を洗われるのは気持ちいい。
「……人形のように、とは誉め言葉?」
「お人形のように可愛い、とはよく言いますが、私は望ましい言葉とは思いませんね。生き生きとした笑顔こそが人に魅力をもたらすのです」
「…………困ったわね」
生き生きとした顔なんて、私にはできない。自分でも毎日生きていられるのが不思議なくらいなのに。
「私、魅力的な人間にならないといけないの。どうしたらいい?」
「人の魅力というのは、内から湧き出るものですよ。お嬢様は姿はもうとても美しいので、あとは中身ですが……まあ、この家では難しいでしょうね」
アンはラジウィア家の異常性をよく理解していた。お父様も、使用人たちも異常だと忌み嫌いながら、毎日屋敷に来て私を綺麗にしていた。
「笑いなさい、お嬢様。毎日笑顔の練習をするのです。人間、他人の笑顔が本心からかどうかなんて、わからないものですよ」
そう言うアンの笑顔が、本物だったのかどうか、私は確かにわからなかった。