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オルアン王国には、王族の結婚に関して一つに伝統がある。
それは、次期国王となる第一王子の妻は、約束の乙女から選ぶ、というものだ。
約束の乙女とは、薔薇の文様をもつ少女のことだ。文様は幼いうちに少女の胸に浮かび上がり、その文様を持つ少女たちの中から様々な総合的判断によって、王家は王子の結婚相手を決める。
そして、私、リリア・ラジウィアは、その文様を持つ存在だった。
文様が浮かび上がったのは私が5歳の時。熱い痛みと共に刻まれた約束の乙女としての証に、お父様はとても喜んでくれた。
「ああ、ようやく、我が家に約束の乙女が生まれたか」
約束の乙女をラジウィア家から輩出することは、お父様の夢だった。ラジウィア家は今までも何人もの約束の乙女を送り出し、そして王家に選ばれ、王子の妻となった。それを繰り返すことで、ラジウィア家は王家の外戚として権力を保ってきたのだ。
「おお、リリア。お前は素晴らしい我が子だ。お前を待っていたぞ」
「お父様……」
屋敷の奥深く、ベッド一つで足の踏み場もなくなるような、狭い部屋が私の居場所だった。
ここから出ることは許されず、私はずっと文様が現れることを願い、待っていた。
粗末な服を脱がされれば、膨らみも何もない胸の上に、黒い薔薇が咲いている。それを何度もお父様は撫でて「お前が出るまで長かった。何人も無駄になった」と呟く。
「お前がいるなら他の予備はもう不要だな。まあいい、予備には予備なりの使い道がある……」
「お父様、私、お父様の娘になれますか?」
「ああ、もちろんだ」
父は私を抱き上げ、部屋を出た。窓一つない長い廊下に、ずらりと南京錠のついたい扉がいくつも並んでいる。
部屋の中にいるのは私と同じ存在。お父様の娘になるために生まれた少女たち。私と同じで、きっとずっと、約束の乙女になることを夢見ていた。
――でも。きっと彼女たちは今日で終わり。だって私が生まれたから。
リリアは一人でいい。生き残れるのは一人だけ。私はお父様の胸の中で目を閉じる。
ああ、生き延びた。
私はこの部屋から出て、お父様の娘になる。ラジウィア家の正当なる一人娘として公表され、約束の乙女としての道を歩むのだ。
残された彼女たち――まだ10歳にもなっていない、予備のリリアたちがどうなるかなんて私は知らない。知る必要もない。
「さあ、リリア。今日からお前は私の娘だ」
お父様がそう言って、リリア・ラジウィアは生まれたのだ。