昭和のお岩さん
《永い眠りからお岩が目覚めたのが、昭和40年の田舎町…》
お岩は、元気にはしゃぎながら遊ぶ子供達の声で目が覚めました。
「俺の凧が一番高く飛んでるぞ!」
「いや、俺の方が高く飛んでるよ」
原っぱで男の子達が元気に凧上げしています。
お岩は広い原っぱが見渡せる屋根の上で目を覚ましました。
「何で私、こんな所で寝ていたんだろう…。」
目をこすりながら声のする方に目を向けると、子供達が楽しそうに凧上げをしているのが見えました。
「あ~、凧上げしてる。皆楽しそうだな~。私も仲間に入れて貰おうかな?」
お岩がそう思った直後、子供達の凧がひらりとお岩の所まで飛んで来ました。
「あ~あ~。屋根の上まで飛んでっちゃった。」
「弘、しょうがねえよ。あきらめろよ。また、母ちゃんに買ってもらえばいいじゃないか。」
「そう簡単に言うなよ。あの凧買うのだって、母ちゃんに何度も頭をさげてやっと買って貰ったんだからさ」
「お年玉で買えばいいじゃんかよ」
「だめだよ。お年玉は母ちゃんに全部取り上げられて無いもん」
その頃お岩は、
「わぁ、凧が飛んできたよ。嬉しいな~。」
そして、無事つかまえると嬉しそうにニッコリ微笑みました。
「今、屋根の上に誰かいたような気がしたんだけど…」
「弘、悔しい気持ちは分かるけどさ、屋根の上に人がいるはず無いだろう」
「そうだよね。気のせいだよね。着物を着た女の人がいたような気がしたんだけど…」
「お前、怪談もの好きでよく見てるから、無いものが見えたりすんのかも知らねえぞ。」
「賢治、昼間から出る幽霊なんかいねえよ。さっきはきっと勘違いしたんだよ。」
「そんじゃあ、ベーコマやんない? 俺んちへ来いよ。」
「…んだな。勝ん家へ行って遊ぼうぜ。勝ん家は金持ちだから、おもちゃ一杯あるしな」
「うん、行こう行こう」
子供達は凧で遊ぶのを諦めて、帰ってしまいました。
「皆、帰っちゃった。せっかく仲間に入れて貰おうとしたのに…ガッカリだわ。仕方ないから1人で遊ぼ」
ここは屋根の上、風があり凧が元気に泳ぎます。お岩はしばらく凧上げを楽しんだ後、原っぱの杭に凧を引っ掛けました。
小さな集落を歩いていたら、農家の庭で女の子達がおままごとをしているのが見えました。
「面白そう…。仲間に入れて貰おうかな? でも、私は大人だし仲間に入~れてなんて恥ずかしくて言えないわ。止めとこう」
別の家の庭を覗くと、奥にある大木にロープでブランコを作ってあり、小さな女の子が揺すって遊んでいました。
お岩はコッソリ庭に入り、後ろからブランコを押してあげました。
「ありがとう」
女の子は振り返りながらお礼を言ったのに誰もいません。不思議そうな顔で首を傾げています。
お岩は門の所でその様子を見てにやけていました。暫くすると小学生位の女の子達が家から出て来て羽つきを始めました。
「楽しそうだな…。私も仲間に入れて貰おうかな」
お岩は遠い昔に妹のお袖と遊んだことを思い出しました。
お岩は我慢して、また歩き出しました。
・ かごめかごめ
かごの中の鳥は
いついつである…
どこからか子供達の歌声が聞こえてきました。
お岩は我慢できずに子供達の方に歩き出しました。
・後ろの正面だあれ
「きよみちゃん?」
「外れだよ。昌子ちゃんだもの。じゃあ、もう1回ね」」
…
・後ろの正面だあれ
「伸子ちゃん?」
「あ~ん。当たっちゃった。次は私が鬼ね」
・…
後ろの正面だあれ
お岩はビックリしました。後ろの正面にいたのはお岩だったのです。
「ええとね。なおみちゃんかなぁ」
「違うよ」
子供の1人が言いました。
お岩はドキドキしました。
「それじゃ誰だったの?」
「知子ちゃんだよ。」
「な~んだ、知子ちゃんだったの」
《後ろの正面にいたのは私だったのに…。》
お岩は誰も気づいてくれなかった事が悲しかったのですが、すぐに納得しました。
「そうか、誰も私の名前を知らないんだもの。しょうがないよね」
お岩はその場所から離れ、また最初にいた原っぱに戻って来ました。
そこでは小学校高学年位の男の子達がボールを蹴って遊んでいました。
ふと見ると、ポツンと1人で少年達の遊ぶ様子を見ている男の子がいます。
「ねえ、坊やは鞠けりして遊ばないの?」
「僕は目が見えないからボール蹴りして遊べないんだ」
「それなら何でここにいるの?」
「兄ちゃんがあそこで遊んでいるから…。父ちゃんと母ちゃんが用事があって出かけるから、僕の面倒を見るように言ったんだ」
「頼まれたのに、弟の面倒をみないで遊んでいて困ったお兄ちゃんだね」
「兄ちゃんは優しいよ。いつも僕の事守ってくれるよ。
悪い奴から僕を守るためには体力が必要なんだよ。だから、兄ちゃんは僕の為にボール蹴りしたり、柔道したり、野球したりしてるんだ」
「ふ~ん。そうなのかぁ。きょうだいって不思議だよね。私にもお袖って言う妹がいるから分かるわよ。
普段はしょっちゅう喧嘩してるくせに、誰かに妹が虐められたりすると、文句を言いに言ったりするの」
「ハハハ…僕んとことおんなじだね」
ところで、お姉ちゃんは近所の人じゃ無いよね。聞いたこと無い声だもの。どこから来たの?」
「実は私も分からないの。気がついたらそこの屋根の上にいたんだもの」
「ふ~ん。お姉ちゃんって面白いね。でも僕は目が見えないから高い所には上れないよ」
「別に高い所に上れなくても構わないよ。ぼうやに出来ることを頑張れば良いんだから…」
「僕に出来る事?
何だろう。
あ~あったよ。父ちゃんと母ちゃんが畑仕事から帰って来た時ね、僕が肩をもんであげるんだ。
そうすると、父ちゃんと母ちゃんは決まって言うんだよ。
大輔の肩もみは世界一だって」
大輔はそう言った後嬉しそうにニッコリ笑いました。
「僕は世界一の按摩さんになるんだ。そして、仕事で疲れた人に元気になって貰うんだ」
「坊やは偉いわ。頑張って世界一の按摩さんになってね。」
「うん、僕頑張る」
ボール蹴りをしている子供達の中に、時々こちらを見ている少年がいます。多分その少年が大輔のお兄ちゃんなんだろうとお岩は思いました。
「それじゃ、私はもう帰るね。
大輔…頑張って世界一の按摩さんになってね」
「うん。」
お岩が立ち上がり去って行く後ろ姿に大輔が手を振りました。
「またね~。お姉ちゃん。また遊びに来てね」
大輔は元気に手を振りました。
そこへボール遊びをしていた兄達が戻って来ました。
「お前何やってたんだ?」
「何って?」
「何か1人でブツブツしゃべってたから…」
「1人じゃないよ。お岩さんとおしゃべりしていたんだよ」
大輔は少し怒ったようにほっぺたを膨らませました。
「ごめんな。父ちゃんや母ちゃんに忙しい時は大輔の面倒を見るように言われているのに、いつも俺だけ遊んでお前の事ほったらかしにして…。」
「兄ちゃん、泣いてるの?」
「バカ言え。俺様が泣くわけ無いだろ。サッカーしてて、目からも汗が出ただけだよ。それより、もう帰るぞ」
「うん、兄ちゃん大好きだよ。 兄ちゃんは?」
「バカ言え。世界にたった1人の弟だぜ。嫌いなはず無かろうが…。」
「じゃあ、僕の事大好き?」
「当たり前だ。世界で一番大好きだ。もう2度とこんな事言わせるなよ。」
「うん、兄ちゃんが僕の事世界一大好きなのは分かっていたけど、聞いてみたかったの。」
「大輔…良かったな。兄ちゃんに世界一大好きって言ってもらえて…」
兄ちゃんの友達がにやけながら言いました。
「うん、嬉しいよ。僕ね…兄ちゃんの事大好きだけど、兄ちゃんが大好きな友達も皆大好きだからね。」
「嬉しい事言ってくれるね大輔は…。俺達だって、みんな大輔の事大好きだよ。なっ」
「そうだよ。大輔の笑顔に、俺達元気貰ってるものな。」
「俺達くらいに人間が出来てくると、それが分かるんだけど、1年坊主はまだガキだから大輔の良さが分かんねえんだよな。虐める奴いるけど、負けんなよ。」
「うん、有難う。やっぱり兄ちゃんが見込んだだけの事はあるねえ。皆、将来は偉い人間になれるよ」
大輔が満面の笑顔で言いました。
「これは1本取られましたね。雅治兄ちゃん。」
少年達の楽しそうにしている爽やかな笑顔を見て、お岩は安心してまた歩き始めました。
原っぱの先は田んぼや畑しかありません。季節は冬、外は寒いのでさっき来た道を戻り始めました。
「あの家の縁側で昼寝させて貰おう。」
そこは広い庭のある大きな家でした。縁側に行くと、猫が気持ちよさそうに眠っていました。
「私も仲間に入れてね。」
お岩が縁側に腰を下ろすと、猫が目を覚まし「フ~ッ‼」と言いながら全身の毛を逆立たせています。
「怒らないでよ。こんなに広いんだから…。私にも少し使わせてね。」
背中を撫でてやると猫は諦めたように、場所を移動してお岩の為に場所を空けてくれたと…お岩は思いました。
でも、本当は猫は怖くて場所をあけたのでした。
「有難う。」
お岩は横になると、今までの疲れがドッと出たようですぐに爆睡しました。
それからお岩は長い長い眠りにつくのでした。