殺戮兵器
少年は何も知らなかった。名前もない。生まれてきた意味も知らない。
ただ何かを壊す為に動いている――
少年は悲鳴を聞いても何も思わない。血を浴びても、人が死ぬことについて興味がない。
寧ろ人を殺すことにより生きている意味があるらしい。
少年は暗闇が好きだった。真っ暗い中に身体を、存在するか分からない心を投げ出すことで全てが快楽の中へと誘われる。
少年は毎日破壊と殺戮に明け暮れた。誰の命も受けずに――
少年は女性と出会った。破壊しようとしても無理だった。何をしても手応えがなく、腕を振るえば破壊できたのにそれが叶わない。
少年は剣をふるった。闇雲に。破壊どころか手も足もでず、今までに感じたことのない痛みを味わっていた。
少年は気づいたら倒れ、喉元に鋭い刃物のようなものを突きつけられていた。死ぬことは怖くはない。また生まれて破壊すればいい。そう思っていた。
私と一緒に来なさい――
少年は言葉を知らなかった。否、話す機会を失い、言葉を失っただけだった。
破壊と殺戮の毎日に終止符が打たれた。
ハッと目だけ見開いた。身体中冷や汗をかいており、腕の傷口がジクジクと痛む。
過去を忘れまいと忠告しているようだ。
殺人をやめたわけではなかった。何度も殺そうと試みた。
でも全く歯が立たなかった。背後から斬りつけようとしても、寝首をかこうと襲ったときも、食事に毒を入れてみても全て見抜かれた。
次第になんとしてでも殺してやりたいと思った。悔しいなんていう言葉は知らない。
どうしたらこの手で倒せるのかを知りたかった。
「懲りないわねぇ⋯⋯。貴方じゃ役不足なのだけれど。今はちょうどいい暇つぶしになるわね」
嫌なことを思い出した。あれからずっと一緒にいるけど、惜しいこともなかった。
そして長い年月を重ね、いつの間にか女性を師と仰ぎ無理矢理弟子になることになる。
「お師匠様⋯⋯ずるいよ」
仰向けのまま隻腕の少年は呟いた。
感傷に浸るのも束の間、武闘会の会場で気を失ったことを思い出した。
「あれ!? にいちゃんは!?」
少し怠い身体を起こすが、そこには誰もおらずシェイナと一緒に牢に閉じ込められていた。
コーネル達とは違って、通常の牢だった為向かいや隣にはかつて悪事を働き王国に捕まったならず者達がいた。
「おうおう! 坊ちゃんがお目覚めだぜー」
「そっちの姉ちゃんも起こして俺たちの相手してくれや!」
「俺は坊ちゃんの方でもいいぜ! ぐへへ」
「うへぇ。お前そっちもいけんのかよ気持ちわりぃな」
好き勝手に叫ぶ男達にこれといった感情はなく、辺りを見回す。
不甲斐ないことに気を失い、その間に牢に入れられた。『闇』の気配も強くなり、そこはかとなく理解した。
「姉ちゃん! 姉ちゃん起きてよ」
ぴしゃぴしゃとシェイナの白くて柔らかいほっぺたを叩く。
「ん⋯⋯んん⋯⋯」
「ほら、早くここから逃げ出すよ」
ぎりぎりまでヒカリが治癒魔法をかけてくれたおかげで一命は取り留めた。
「え? ここは!? ⋯⋯痛っ!!」
しかし傷は深く、まだ胸の奥から鈍い痛みを感じた。
「おぉぉー! 可愛い姉ちゃんも起きたぞ! 俺の相手しろおぉおおお」
シェイナが目を覚ましたことにより、囚人の野郎どもは更にヒートアップしていた。
誰しもが格子に手をかけ、涎を垂らしながら叫んでいる。
「うぇ!? 一体何でこんなところに⋯⋯カイトは? ヒカリは?」
「僕も気を失っていたから分からないけど、あまり良くない状況なのは確かだね」
「はぁ⋯⋯トラブルばっかりで嫌になっちゃうね。じゃあさっさと出てみんなと合流しよう」
勢いに任せ格子に手をかけるが、びくともしない。それどころか触っているとどこか力が抜けていく。
「なにこれ⋯⋯力が入らない。寧ろ、力を入れた瞬間に抜けていく感じ⋯⋯」
「がっはっは。無駄だぜ姉ちゃんよ。これは特殊な性質の折で出来てるから開かねぇよ」
見るからに巨体な囚人が悪あがきはよせと言っている。力がありそうな分、説得力はある。
「まったく、うるさいなぁ。弱いんだから黙ってろよ」
「なんだとガキィ! お前なんかこの俺たちにかかれば一瞬であの世いきだぜ」
見事な死亡フラグを立てながら吠えている囚人達にネクロはやれやれとため息混じりに呟く。
(今なら十分やれるな⋯⋯)
「うおぁぁああぁ!!」
少年の身体からは似つかない声を出し、集中すると少年の身体が『闇』に覆われていく。
そして身体全体を覆っていた『闇』が収束し、腕にシュルシュルも渦状に巻きついた。
「ネクロ!? それどうなってんだよ」
「まあいいから。とっととこっから出よう」
呆気に取られたシェイナを横に、ネクロが手を翳すと檻が物理の法則を無視してぐにゃっと曲がる。
流石の囚人達もそれに驚き、言葉を失う。
「へへ⋯⋯さっきは悪かった。俺たちもここから出してくれよ」
「ん? ま、いいよ! じゃあ等価交換で」
そう言い放つと、囚人の心臓を檻ごと貫いた。囚人は口から血を吐き出し、言葉を発することなく絶命した。
他の囚人達も急に大人しくなった。
「お、おい! いくら悪人でも殺すことないだろ!!」
シェイナが叫ぶとネクロは振り向き、ニコッと無邪気に笑った。
「ちょっとイラっとしちゃって! さっき散々言われてたからさ」
「と、とにかくもう殺しちゃダメだよ! 牢屋から出たことは助かったけどさ」
はーい、と返事も子供の様な反応が逆に恐ろしいネクロであったが、カイト達の事が心配だった為先を急ぐことにした。
何事かと野次馬の如く格子から様子を見る囚人達――
それを動物園の如く、横目に見ながら走っていく。檻に挟まれていて道は直線の為わかりやすい。
この階層の端に着いたのか、上と下両方に繋がる階段が見えるがその前にはご大層な鎧を身に纏い、槍を持った監視の兵が3名立っていた。
「お、お前たち! どうやって抜け出した!?」
「んー⋯⋯兵士レベル30かぁ⋯⋯この国も少しは見直した方がいいよ」
「なんだと! 囚人如きが偉そうに。くらえ高速付き!!」
兵士Aはネクロ目掛けて残像が生まれるほどの速さで槍が放たれるが、指先で一つでぴたりと受け止める。
「遅すぎ! スキルを使うまでもないね」
「ぐはっ!⋯⋯⋯」
ネクロは兵士Aの鎧を素手で突き破り、肉体も突き抜け致命傷を負わせる。
「な!?」
兵士B、Cは驚愕する。仮にも囚人を監視する兵士。鍛えに鍛え抜き、そこにアージェルイス王国支給の光属性の鎧を纏っているのだ。
「ねぇ知ってる? 光属性に『闇』属性の相性は最悪なんだよね。まあ、僕にとっても最悪だから単純に僕が強すぎることには変わりないけどね」
「ネクロ⋯⋯相変わらず見た目に反して強いね⋯⋯」
シェイナはネクロの後方に位置し、戦闘を見ていた。今はとてもじゃないが闘えるコンディションではない。
「これでも喰らえ! グランドクロス!!」
兵士BとCは槍を十字架の様に重ね合わせる。すると槍が眩い光を放ち、凄まじいエネルギーとなりネクロを襲う――が、
「いい技使えるじゃん! 今の僕には通用しないけど」
『闇』を渦状に纏った腕で、グランドクロスを受け止めるとカッと閃光弾が破裂した様な眩さを放ち、兵士の奥義は消滅した。
「化け物⋯⋯め」
「さて、そこを退いてもらおうか? いや、やっぱりいいや。勝手に行くね」
シェイナの目の前にいたネクロがフッと消え、いつの間にか兵の後ろに立っていた。
すると兵士B、Cはバタバタと倒れ気を失った。
「あんた⋯⋯どんだけ強かったのよ」
「いやいや、ほんと今だけだよ! ま、細かいことは後で説明するから。そんなことより階段が上と下あるけどどっちに行く?」
「うーん⋯地下牢にはお宝が眠ってるって聞いたことがあるから下に行こう!!」
「姉ちゃん相変わらずだね⋯⋯何かあっても守ってあげないから⋯⋯」
呆れ気味に答えたネクロと共に、下の階層を目指すことにした二人であった。




