『闇』の手がかり
先程まで話していた国王は首と胴体が分離していた。不謹慎ではあるが、血も流さず静かに首だけが残った。あまりにも違和感がなさすぎて何をされたのかも分からない。
首無しの遺体からも血は噴き出ず、首の断面図が生々しく見えている。
「いやーーーーっ!!」
ヒカリは悲鳴を上げその場に蹲った。弱々しくはあったものの、しっかり話している国王がいた。自分のことを覚えてくれている国王がいた。誰よりも国のことを考えていた国王が――――――
誰も現状が理解できず、いや理解のしようがない状態を見て考えがまとまる時間があったのかさえ分からないまま、意識の向こう側から不快な声がした。
「はいはーい! おしゃべりはそこまでです! そんなに寂しいなら僕ちんが相手するよー」
その声に意識を向けると国王の首元にうっすらと湾曲した鎌が出現し、壁から道化の仮面が顔を出した。
「あ、サンプルとして献上しておこう! 一番厄介なアージェルイス国王の知識、肉体、活かさない手はないね」
道化の仮面男がそう呟くと、一瞬にして国王の首と肉体が『闇』に包まれて消えていった。
「貴様っ! よくも国王を!」
「いやいや、だってアイツがそれ言ったらみんな逃げられちゃうよ! 僕だって忙しいんだ。あっちこっちに飛ばされて。あーほんと人使いが荒いんだから」
「カイトは⋯⋯カイトはどこへ連れて行ったの!?」
矢継ぎ早にヒカリは疑問を投げかけた。カイトを連れ去った元凶が目の前にいるのに聞かずにはいられない。
「んん? お嬢さんの恋人だったかな? そいつは失礼。だけど安心していいよ、殺しちゃあいないよ」
「答えになってない!」
そんなに心配するなよという道化の男の態度がヒカリの感情を逆撫でする。
「まあまあ、そのうち会えるさ。捕まるのも必然、逃げるのも必然⋯⋯さ。全ては運命と言う名の掌で転がされているだけ。君たちがここにいるのも運命⋯⋯というわけさ」
「こんなのが運命でたまるかです。この手錠を外して私たちと勝負するです! ぜってーに負けねーですから」
「さっきも言ったよね? 僕はとても忙しいんだ。また何処かで会えるよ! その時まで運命を楽しんでね。アデュー」
道化の男はスーッと壁の中へ消えて行った。アージェルイス国王は殺害され、光の国が『闇』に支配されつつある。
絶望的な現実を叩きつけられ、解決策など皆目見当もつかない。
「カイト⋯⋯ごめんね」
この状況でもカイトのことを心配しているヒカリは項垂れ、悲しさと何もできない無力さに嫌悪感を抱く。
「ヒカリさん⋯⋯必ずカイトさんを連れ戻しましょう! なんとかここを抜け出して⋯⋯」
「そんなカッコいいこと言ってますけど、一体どーするんです?」
「そうですね⋯⋯まずはこの牢に何か隠されていないか探しましょうか。もしかしたら国王がこういう時の為に何か仕込んでいたかもしれません」
優雅な人物とはどこまでいっても余裕なものである。多少取り乱すことはあっても何事もなかったかの様に涼しい顔ができる。
コーネルは大した策がなくても周りを鼓舞することができ、状況を好転させることで乗り越えてきた。
「コーネルさん⋯⋯ありがとう! そうだね、カイトは必ず助け出します。もう二度とあんな辛い顔を⋯⋯」
「はいはい。王子様を助けだす素敵な話ですね。羨ましい限りです」
ユイは「けっ」と漏らし地面を空蹴りして、明らかに拗ねている様子だ。
口を尖らせ、見たまんまのわかりやすい反応である。
「ユイさんにもきっと素敵な方が見つかりますよ! さぁ、辺りを探してみましょう」
「はい! 早速探しましょう!」
ヒカリは持ち前の明るさを取り戻し、大きな三つ編みを揺らしてやる気を出している。
一方で軽く遇らわれたと感じたユイは、ぷいっと顔を背け辺りの探索を始めた。
薄暗い牢屋は全貌が見えるわけではなかった。10畳ほどの部屋の広さにとにかく殺風景で窓の様なものもないし、ベッドや机などそういったものは何一つ存在しない。
寧ろ三人で入っていることに少し窮屈な感じさえしている。
特殊な金属で作られていそうな格子以外の三面は触れるとひんやりと冷たく、コンクリートの様な物質で作られている。
手探りで頑張って時間をかけて探したところで手がかりは得られなかった。
「これといって何かあるわけではなさそうですね⋯⋯どうしたものか」
「ほんと何もなさすぎてやべーです。これもしかしてここで死ぬんじゃねーです? こんな味気ないところで死ぬならもっと派手なステージでマイク持ったまま絶命して伝説のライブとかにしてーです」
「大丈夫よユイちゃん。きっと何とかなるわ。私達はここで死ぬわけにはいかないもの」
ユイが手詰まり状態で発狂しているのを二人でなだめつつ、ここから抜け出す方法を模索する。
スキルさえ使えれば脱出の可能性も僅かながらあるのだが、それも叶わない。
何か特殊な力が働いており、スキルが発動しない。
「それにしても三つ編みのねーちゃんはどうしてあんな頼りなさそうな人が好きなんです? もっといい人がいそうなもんですが」
「ひゃっ」
落ち着いたユイは突拍子もなく、ヒカリに問いただした。
おかげで今までに出したことのない様な腑抜けた声が漏れた。
「あの⋯⋯カイトは私たちの、いえ私の救世主なんです」
ヒカリは神妙な面持ちで話しはじめた。
シェイナや、ネクロじゃない人たちの前だからできる話かもしれないと前置きをして――だが。
「カイトは急に出会いと別れの丘に現れたんです⋯⋯その時は、本当に突然で驚きました。でも前の日に珍しく流れ星が流れてきたんです。その時に元の平和な優しい世界が戻るように願った――」
「いやいや、待つです! そんな御伽話の様な話しあり得ないです! 頭の中はやっぱり天然なんです!?」
「ユイさん。最後まで聞きましょう。『闇』の柱が突如現れた今、何が起きてもおかしいとは思えわない」
小馬鹿にするユイを止め、話しを続けてくださいと促した。
「はい⋯⋯。私も次の日に突然現れたカイトには驚きました! でも神様がきっと願いを叶えてくれたんだと――」
「なるほど、偶然とは思えなかったんだね」
「そうなんです! それにカイトのことを見た時から懐かしい様な、温かさを感じて⋯⋯とても放っておけなかったんです」
ヒカリは目を足元へと向け、少し恥ずかしそうに話していた。きっとカイトがいたら可愛さのあまり悶えていただろう。
「はぁ⋯⋯結局のろけ話には変わりねーです」
やっぱりとため息混じりに拗ねたユイ。
「でも、一緒に冒険する度に『闇』のことを少し分かった気がします⋯⋯そしてやっぱりカイトは私が救わなきゃいけないんです」
「いやいや、さっきと言ってること逆です! あの頼りない兄さんが救世主じゃなかったんです?」
「それは上手く言えないのだけど⋯⋯。カイトは私の救世主で、私はカイトを助けたい。今はそれしか言えないんです」
「大丈夫ですよ! ヒカリさん。だけれど『闇』のことが少しわかったというのはどういうことなのですか?」
コーネルが疑問に思う。各国の研究者が日夜調べ続けても何一つ理解することのできない『闇』について少しの手がかりがあれば、それは国を揺るがすほどのものになる。
聞いた上でもその情報は慎重に扱わなければいけないと考えていた。
「えっと⋯⋯これも上手く言えないのだけど、きっとカイトが関係していると思うの⋯⋯」
「カイトさんが!?」
「え!? あの頼りなさそうなお兄さんが?」
二人とも驚きを隠さなかった。今まで国が総出で何一つ分からない情報が、まさか先程出会った青年が関係しているなど全く思えない。
「これも上手く言えないの⋯⋯。私の勘違いかもしれない――」
「じゃあお兄さんに直接聞いてみたらどうです?」
「それはできないの⋯⋯怖くて、話してしまったら消えてしまいそうな、そんな気がするの」
「カイトさんは記憶がないんですね⋯⋯。それでその記憶が鍵になる――と」
大きな三つ編みと一緒にこくりと小さく頷いた。
「おもしろそーです。じゃあとっととあのお兄さんを取り返してワタシの歌で自供させるです!」
「ユイさん! カイトさんは犯罪者じゃないですし、記憶がないのに自供も何もないですよ。しかし――カイトさんを取り戻すことには賛成ですね」
「二人ともありがとう」
ニコッと可愛い笑顔で返すのも束の間、結局牢屋から出る術が見つからず振り出しに戻るのは言うまでもなかった。
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