世界の歪み
「アージェルイス国王!? 貴方様が何故この様な所に」
コーネルは鉄格子に近づき声を荒げた。居るはずのない場所に国王が幽閉されている。
「恥ずかしい限りじゃ⋯⋯近頃『闇』の勢力が強くなってきておる⋯⋯。ワシの力じゃ何もできん」
国王は俯き、弱々しく話しをした。ため息を吐くように言葉を発していて、体力、精神ともに限界の状態である事が見て取れる。
「そんな⋯⋯では、今アージェルイス王国は⋯⋯」
冷静に装っていたコーネルも予想外の事態に戸惑っている。
「国王様、もしご存知でしたら教えてください。クライヴはいつから変わってしまったのでしょうか」
「そなたは、いつぞやのクライヴの幼馴染かね⋯⋯。すまないことをしてしまった」
「私のことを知っていらしたのですか?」
かつて村から志願兵として出て行ったクライヴは無事王国の配属となってからでも何度も村の様子を見ては、村人達の意見を聞いて王国に直訴などしていた。
逆にヒカリ達が王国へ呼ばれることもあった。クライヴが聖騎士長になった際には前任の聖騎士長の勇退式とあわせて盛大なパーティーが行われた。
その際にはマイトの村の人々が呼ばれ、村からの英雄が誕生したとまで讃えられた。
「その三つ編みと美しさは一度見れば忘れまい⋯⋯クライヴや王国の騎士団は恐らく『闇』の影響で力を支配されておる」
「『闇』の影響ですか⋯⋯?」
「そうじゃ。誰しも心の中に『闇』を抱えておる。そうした悪しき心の力を増幅させ、怒りや憎しみを抱くようになる。正義の心が強ければ強いほどその反動は大きい」
「じゃあきっと悪さをしてる魔物を倒せばクライヴは戻るんですね!」
ヒカリは安堵した。クライヴが心の底から裏切ったのではなく『闇』の仕業でおかしくなった。それが分かっただけでも信じる要素は十分である。
「でも文字通り手も足も出ない状況で何もできねーですよ」
「そのことならば心配はない⋯⋯。お主たちが来ることは側近の予言師より聞いておった。地下牢で会う者たちに協力してほしい――とはいえどの様な者が来るのかは聞いておらんが」
「じゃあワタシ達じゃねーかもです!」
ユイはプイッと顔を背けた。武闘会も無くなり、全ての計画が泡沫の如く消え去った。
肝心の国王が捕まっていては、更に勝ち目などないことに拗ねている。
「心配ない⋯⋯ここに来て数ヶ月経ったが、ここには誰も来ておらん」
その言葉に全員が戦慄した――
「数ヶ月⋯⋯もここに? 一体どれほどの⋯⋯」
コーネルは言いかけた言葉を飲み込んだ。
この独房に数ヶ月もいることはその風貌からも疑う余地はなかった。
予言師のことを信じ、過酷な環境に耐えていた。誰よりも人のことを信じて、また同じように信頼があることがアージェルイス国王が国王たる所以である。
「この老いぼれの命で国が救えるなら本望じゃ⋯⋯それにこのままだと他の国も危ない」
まさにその理由こそが、コーネルが武闘会に参加した理由だった。
導きの船はアージェルイス王国独自で造った光の王国だからこそできる、『闇』に対抗する船である。
各国の戦士を国境なく受け入れ、強きものは討伐隊へと選抜する。これもアージェルイス国王の器の大きさを表している。
現在国同士の関係も冷え切っており、同盟を組むのも難しいと言われていた。
その原因は『闇』だということは各国の王は理解していた。
本来であれば共通の敵という認識で各国が協力し合う胸熱な展開なのだが、勢力争いの為の戦争があったり『闇』に魅せられ研究に励む者や、反乱軍が生まれたりなど各国素直に協力し合える体制ではない。
コーネルはアークディノ王国から来た戦士。謂わゆる派遣兵士の扱いで参加していた。
自国のため、そして己の為にも導きの船に乗り討伐隊として参加を希望した。
「しかし、国王が変わったなどという話は聞かない。今一体どの様な状況になっているんですか!?」
「ワシには謝ることしかできんが、今は何者かに国を乗っ取られているようじゃ⋯⋯。突然クライヴ率いる王国の兵士達が王の間に現れ、周りを囲まれておった。全くその兆候すら気づけなかったなど情け無い話じゃ」
「いえ⋯⋯そんなことは」
「そうですよ! 悪いのは全部『闇』のせいです! 王様は悪くないですよ」
ヒカリは感情を抑えきれず、三つ編みをピコピコさせながら王を擁護した。
「とにかくアタシ達に協力って何をしてくれるって言うんです?」
焦ったい会話に痺れを切らしたユイは怪訝そうな顔をして王に問う。
「そうじゃな⋯⋯あまり時間もなさそうじゃ。その手枷を外す方法は⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「アージェルイス⋯⋯王?」
突然の王の沈黙に戸惑う一同
その直後生肉が断裂する音を立て、細身で首無しの身体がバタンと倒れた。
言葉を発そうとした王の首だけがその場に浮いていた。




