聖騎士の闇
「カイトーーー!!」
ヒカリの叫びは虚しく、カイトは仮面の男ブラッドに連れ去られていった。
「クライヴ!! どうしてこんな事を⋯⋯」
三つ編みがわなわなと動いている。全身から怒りが溢れ出る。
「そうさ、その憎悪。まさしくそれが『闇』だよ。誰もが心の奥底に飼い慣らしている悪魔さ」
「いよいよ正体を出したな! 冷徹騎士クライヴ! ここで倒してやる」
シェイナは拳をギュッと握りしめ、クライヴへと向ける。
「さあ、導きの船に乗ろう。そして闇の柱へと向かうんだ」
クライヴは両手を広げ高笑いしている。武闘会での連戦で全員が疲労している。
しかし、ここで退くわけにはいかない。全員がクライヴを睨みつけ、戦闘体制を取った。
「あなたはそんな人じゃない! どうしたの? 昔のクライヴは誰にでも優しかった⋯⋯この国を守るために聖騎士長になったんでしょ! なのに、それなのにどうして――」
「うるさい! 僕の何が分かる。血を流したくない為に血を流す僕の痛みがぁ!!」
いつも冷静なクライヴであるが、目は血走りヒカリの言葉によって更に冷静さを欠いている。
「あの⋯⋯ごちゃごちゃ言わないでほしーです! 私にとっては最初で最後のチャンスだったんですっ!」
青髪の少女は一連の流れにやきもきしていた。青髪の少女ユイはしがない吟遊詩人である。この職業は特に人気がなく、年々食い扶持が減ってきていた。
そんな時に武闘会の知らせが舞い込んできた、というよりはたまたま酒場で吟遊詩人としての職務を全うしている時に耳にしたのだが⋯⋯
「あの⋯⋯ごめんなさい。私たちのせいで」
三つ編みがシュンと反省している。
「悪いのは全部あいつのせーですっ! 私の歌を聴いて全身震えてやられろですっ!」
青髪の少女ユイがフワッと浮き、左手でマイクを具現化させる。どこからともなくユイの背後からBGMが流れてくる。
「――――――」
ユイは優しく歌いあげる。流れる音楽に身を任せ、楽しく、美しく、この場の主役は世界だと歌う。世界の今この瞬間において全ては私の思うがままになると――
そこにいる誰もが手を止めた。
ユイに釘付けになっていた。この瞬間だけは私の歌を聴けと。
ユイは歌いきった――長いようで一瞬にも感じる不思議な感覚。
「すごい! なんて綺麗な歌声! なんだか身体がすごーく軽くなった気がする」
ヒカリはその場でぴょんぴょんとはねた。三つ編みも一瞬に上下に揺れている。
ユイの能力は歌でパーティーの能力を上昇させたり、敵の能力を下げたりと様々な能力である。
「くっ、厄介なスキルだ。さすが絶滅危惧種だ⋯⋯」
クライヴは片膝をつき、突き刺した剣で支えられている。
ユイは先程の歌でバフとデバフの両方を使い分けるという神業をやってのける。この領域は通常の吟遊詩人では不可能である。
そもそも吟遊詩人が不人気な職業なのはとても扱いが難しいスキルが多い上に、覚えるのがとても大変だからである。
戦士や、武闘家の様に敵を倒しているだけで強くなるわけでもなければヒーラーのように回復や補助で経験値が得られるわけでもない。
詩人の能力は人の感情が動いた時に経験値となる。
故に一度のスキルで敵•味方両方に効果のあるスキルなどほぼ存在しない。
「どーですかっ! これで剣も握る力もねーはずですっ!」
ユイがドヤ顔をすると、クライヴがフッと鼻で笑い立ち上がる。
「確かにすごいスキルだが、残念、仮にも俺は聖騎士長。自己スキルで補完するタイプだ。相性が悪かったな」
聖騎士長という立場は決して容易くはなかった。戦場に赴くには力が必要なのだ。
王国の兵士には戦士をはじめとする有力な戦力が揃っている。
その中で騎士長たるもの脳筋なだけでは戦えない。様々なケースに備え、補助スキルを覚えておくのは必須である。
万に一つ自分一人になった時にも王国は守らなければならない。
「でも、私達が強くなってるのは消えてない! ヒカリ! フェムトをかけて!」
シェイナはユイのスキルに更にヒカリのフェムトにて能力強化をした。
「うん! フェムト!」
ポゥとヒカリの手から放たれた青白い光は、シェイナの身体を包み込んだ。
これによって、素早さ、力が強化された。
「くらえー! 掌底波あぁ!」
小さな獅子の形をした波動がクライヴに向けて放たれた。
その直後に強化された青白い光を纏い、獅子がクライヴを飲み込むほどの大きさとなり遅いかかる。
「この程度っ!!」
その獅子を口から横一閃に薙ぎ払う。クライヴを襲う衝撃波が辺りにいなされ闘技場の壁が無惨にも破壊された。
「隙だらけだよ! 喰らっとけ性悪!」
剣で斬り伏せた隙に背後へと移動し、思い切り後ろから小さな拳で殴りつける。
流石に騎士様の鎧は硬いらしく、手応えはあったがクリーンヒットまではいかなかった。
「ぐっ⋯⋯⋯⋯もっと、もっと僕に力を」
クライヴはぶつぶつと独り言を言っていると、全身から黒いオーラを纏っていた。
「シェイナちゃん!!」
身を案じたヒカリが叫ぶ――
しかし、そこにはオーラを纏った剣に貫かれたシェイナの姿があった。




