堕落の先
剣を向けた先には妖艶な女性が立っていた。
カイトが素早く鞘から抜いた剣先を軽く摘むようにして妖しげな笑みを浮かべた。
「エリーナ⋯⋯さん?」
居るはずのない女性が目の前にあらわれ、夢を見ているのかと再び混乱する。
「何でここに⋯⋯っていう顔をしているわね坊や。相変わらず顔に出やすいのね」
くすくすと嘲笑うようなエリーナ。今のカイトには何度世界を繰り返したとしても、そのセリフしか出てこないだろう。
「そんなことはいいんです! 聞きたいことがいっぱいありすぎて、ここはどこですか? いっぱいいるネクロはなんですか!? 何でエリーナさんがここにいるんですか!?」
「そして、相変わらず人任せね。少しは考えたらどうなのかしら?」
「そんなっ⋯⋯!僕だって――」
「いいえ足りないわ! 何も足りない。今の貴方には⋯⋯何も」
必死に考えた――
そう言い訳を並べたかった。子供のように言われたら自分を守るための言い訳で着飾りたかった。
エリーナはそんなカイトの言葉を遮り、期待を裏切られたかのように溢した。
どこか悲しい目をしながら――
「ごめんなさいね。私としたことが取り乱しましたわ」
「いえ、僕の方こそすいません。武闘会の最中でいきなりここへ連れてこられたので、気が動転していたんです」
「坊やの言いたいことは分かるわ。まず結果から話しましょう。ワタシは回りくどいことが嫌いだから。ワタシは坊やのことを助けに来たのよ」
エリーナは豊満な胸の前で腕を組み、そう答えた。
「え⋯⋯」
カイトは俯いていた顔をあげ、エリーナの方を見た。この絶望的な状況にこれほど心強い助けはいない。
しかし――
「解せない顔をしているわね」
まだ何も分かっていない。状況が把握できない。ヒカリたちはどうなったのか、何故カイトの方を助けに来るのか疑問はつきない。
「一つ一つ答えてあげましょう。そうすれば坊やの疑念は晴れるでしょう。でも、覚えておきなさい。話すこと全てが真実とは限らないわ」
「どういうことですか?」
「そのままの意味よ。あとは自分で考えなさい。全てに答えがあると思わないことね」
「は⋯⋯はい」
エリーナは呆れ気味だ。カイトの気の抜けた返事を聞けば誰でも納得である。
「まずは何が知りたいのかしら?」
「えっと⋯⋯エリーナさんは何故ここにいるんですか?」
「坊やのそのオーラは凄く特殊なのよ。あの国で闇のオーラの気配を放つなんて坊やくらいしな存在しないわ。そんな坊やの気配が一瞬で移動したら気づかないわけがないのよ」
なるほど⋯⋯グランドマスターのエリーナなら不可能ではないと思ってしまった。そもそも道化の仮面男にできる空間転移であれば、それくらいは可能だと変に納得してしまう。
オーラ云々に関しては距離が離れていても感知できるという、こちらの方が離れ技に近い気もするが⋯⋯
「さすが、、ですね。僕が不甲斐ないばかりにすいません。あと聞きたいこと、それはここにいる大量のネクロそっくりの少年たちは何ですか!?」
矢継ぎ早に質問を投げるカイト。エリーナはやれやれと言いながら辺りを見回した後、ふぅとため息をついた。
「これはネクロであってネクロじゃないわ。ワタシも詳しくは分からないのだけれど。この子達には意思が感じられないのよ」
「たしかに⋯⋯さっき下の階で話したのですが、会話にならないと言いますか⋯⋯自分達は殺戮マシーンだと話していました」
「命の冒涜⋯⋯ね」
エリーナは近くにあるカプセルに優しく撫でるように触れ、眠る様な少年の顔を哀れみの目で見つめる。
「でも一体誰がこんなことを⋯⋯それにここは何処なんですか?」
「傲慢ねぇ。まあそういう性格は嫌いじゃないのだけれど。ここは四大王国から外れた外法者の集まった場所。『闇』が現れてからできた秘密結社のようなものかしらね」
確かに前にヒカリから聞いたことがある。『闇』について研究している場所があるとかどうとか⋯⋯。
研究と言えば聞こえは良いが、エリーナの言う通りであれば法の道を外れた者達が『闇』の力を利用しているのだろう。
先程少年は世界を破壊すると言っていたことを思い出した。
「じゃあこの施設は⋯⋯」
「まあ、大量の殺戮兵器がここで生産されているのでしょうね」
「そんな⋯⋯」
「最近『闇』の勢力が増しているわ。この施設も黙ってはおけないのだけれど」
確かにエリーナに会う前にも『闇』に覆われていた所を助けて貰ったという話は聞いていた。最初にカイトがヒカリと出会った時にも『闇』の魔の手は伸びていた。
「エリーナさん。ここから出る方法はありますか? みんなにこの事情を話して、全員で攻め込めばなんとか――」
「⋯⋯手遅れよ」
カイトには良く聞こえなかった。いや、エリーナの言葉の意味が分からなかった。
「アージェルイス王国は『闇』の手に堕ちたわ」




