仮面武闘会
静かに近づいてくる足音と、威圧感、力が吸い取られていく感覚は一番最初に襲われた『闇』の感覚そのものだった。
カイトから見える距離はせいぜい2、3メートル。薄暗い奥よりその人物はやってくる。道化の仮面は一礼を終えると口を開いた。
「お久しぶりですねぇ。これでお望みのものは手に入りましたか?」
男の飄々とした声を無視して、そのままコツコツとカイトの方へと歩いてくる。
(⋯⋯また、仮面、、、? うぐっ⋯⋯!!)
黒い仮面をした人物がカイトの視界に入る。それと同時に猛烈な吐き気に襲われた。
拒絶、生理的に受け付けないというレベルではない。動悸も早くなり、逃げ出せるのであれば1秒でも早くこの場から消え去りたい。
「⋯⋯⋯⋯」
黒い仮面の人物が右手をカイトの方へと向ける。同時に身体中に激痛が走った。そしてカイトのステータスがホログラムの様に映し出されていた。
カイト
職業 カオスナイト
レベル 28
力 91
素早さ 80
体力 118
HP 185
MP 120
スキル オーラソード、闇討ち、気配を消す、
???、???、
仮面の人物はパラメーターを見ているのかどうか分からないが、グローブを嵌めていた右手にグッと力を入れた。
するとカイトの表情が一変した。
(んぐうぅぅうう⋯⋯うぅぅあぁぁぁ)
声にならない声を出した。もういい。殺して欲しい。なんでこんなに苦しまなきゃいけないんだと理不尽さに怒りを感じていた。何も分からないし、何も知らない。気づいたらバダイモーゼの世界に迷い込んで、三つ編みの少女と出会い、シェイナ、ネクロと共に旅をした。
一体何をしたというのか、自分は何者なのか、ヒカリ達と一緒にいてはいけない存在なのではないか、いっそのこと死んでしまえば楽になるのではないか。
痛みに脳を焼かれて、考えることすらやめたくなる絶望感。同時にそんな自分なんか消えてしまえという自己嫌悪の感情。快感さえ覚えてしまいそうな感情の波に揺られていた。
白目を剥き、全身が小刻みに震えている。仮面の人物はそんことは気にせず不気味なほど静かに右手を翳している。
「そろそろやめてあげたほうがいいんじゃない? 死んじゃったら君が困るんじゃないのかなぁ? 君のことなんて何も知らないけど」
明らかに道化の仮面男は先程無視されたことに少し腹を立てたような言い方だった。
すると仮面の人物は右手をゆっくりと下げ、マントを煽った。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
カイトは糸が切れた様に意識を失った。全身は痙攣している。黒い仮面の人物はまるで興味が無さそうに振り向き、再び漆黒に消えていった。
「君も色々大変そうだねぇ。いっそのこと僕の仲間になるかい? なーんちって! 僕は僕より強い奴にしか興味ないからね。じゃ生きてたらそん時は相手してあげるからまたねー」
手をひらひらさせ道化の仮面男も同じように消えていった。
――――
「今日も来てくれたんだね! 一緒に遊ぼう」
少年は三つ編みの少女の手を引っ張り、草っぱらまで連れていった。
三つ編みの少女は花がとっても似合う。少年は草の中に混じった花で指輪を作ってあげた。
「わぁっ! とてもかわいい! 大事にするね。ありがとう」
少女は小さな三つ編みをぴょこぴょこさせて喜んでいる。まるで三つ編みも生きているようだった。
えへへと照れ隠しをするように、後ろ頭をぽりぽりと掻いていた。
「ねぇ、次は何して遊ぶ?」
「私は冒険してみたい! あまりお外に出たことなかったから、いろんなところに行ってみたい」
少女の三つ編みが跳ねている。少年も同じことを考えていた。きっとこの子となら何をしても楽しいんだろうなぁと。
「うん! じゃあ次は冒険に行こう! 悪い魔物からは僕が守ってあげる」
少年は胸に小さな拳をドンと当て得意げな顔をしてみせた。
「まるで王子様みたい! 楽しみにしてるね」
そんなファンタジーな物語を話していると辺りの空はすっかり朱く染まっており、子供だけで遊ぶには心配な時間になっていた。
「あ、もう帰らなきゃ。 それじゃまたね」
「うん⋯⋯また、会おうね!」
心なしか三つ編みがしょんぼりしている気がしたが、少女は明るい笑顔で手を振って別れた。
――――
身体が熱い、内臓から焼かれているような感覚に襲われる。あまりの熱に耐えきれず、カッと目を見開いた。
目の前にいた仮面の人物は消えていたことに安堵感を覚え、倦怠感も無くなっていた。その代わり身体が燃えるように熱い。筋肉がボコボコと波打っていて肉眼で見るとその動きが気持ち悪い。
内側から激しい痛みも感じるが、熱さによって掻き消されている。
時間を増すごとに筋肉の動きは活発になり、制御が不能になる。
熱が逃げると同時に爆発音をともない、カイトが自由を取り戻す。機械が破損したことにより、エマージェンシーコールが鳴り響いているが今のカイトの耳にはきこえていないようだ。
感情のまま全てを破壊してしまいたい。何もかも無くなってしまえばいいとさえ思える。
一度暗闇の洞窟でゴーレムと対峙した時に感じたものと似ている。実はあの時から心の奥底にどす黒い感情が渦巻いていた。
今なら誰にも見られることのない状況が更に開放的で安楽的思考が働き快楽へと導く。
制御不能という突然の緊急事態で激しい音と辺りは赤く点滅しており、通常であれば警備の様な人物もいるであろうと思われる小部屋の存在も確認できたが今は誰もいない。
捕らえられていた薄暗い場所は横にも広い空洞だということが認識された。カイトは夢現のままフラフラと動いていると緑色の培養液が満たされており、先程までカイトが入って様なカプセルが不規則に並んでいた。
その見た目に不快感を覚えたカイトは全て破壊しようと右手を振りかざしたその時――
「にいちゃんそこで何してるの?」
呼ばれた声に反応し、振り向いた先には緑色の帽子を被った童顔の小さな少年が立っていた。




