新たな進路
アージェルイス王国での武闘大会まで一ヶ月。三人はひたすら基礎修行に励んだ。
三人の共通点としては、パワーアップはしたものの身体がついてこない為すぐにガス欠になってしまう。
戦い方の知識や経験不足も相まって完全なる過剰スペックである。
基礎修行では毎日MPを使い切り、その状態でさらに魔力を練る。簡単そうに思えるが、全力疾走して疲れ切った所でマラソンが開始されるような感覚だ。
カイトに至ってはオーラを使って剣を出現させている分、常に自分の総量を把握して戦わなければいけない為他の二人よりも調整が難しい。
「はぁ、はぁ⋯⋯両手でオーラを出すには全力だと5分ももたない」
カイトの額からは汗が吹き出し、両手のオーラも弱々しく剣としての形を保つことができない。エリーナ流の荒修行でもあり、通常であれば長い年月の修行を経てMPや体力の総量を上げていく。
しかし、それでは成長は遅く刻一刻勢いが増している『闇』には対抗できない。その為に限界を更に超える為、毎日MPを枯渇した状態で修行をさせる。
下手をすれば死に至ることもあるが、その覚悟があるものとみて実行している。
エリーナは度重なる死地によりこれを経験していた。MPがなくなろうが、戦場ではそんな泣き言を言う前に殺される。
そうした修羅場をくぐり抜けてきたエリーナにとってはこの修行ですら生温いものでしかないのだが、似たような環境を作り出すことでの成長を見込んでいた。
「カ⋯⋯イト。私も、がん⋯⋯ば⋯⋯る」
「ヒカリ!? 無理しちゃダメだ」
虚な目をしてヒカリは今にも倒れそうである。高域でフェムトをかけ続け、MPは既に0になっている。
フラウの指輪で時間で少しずつ回復はするものの、雀の涙程度でありフラフラしている。
シェイナも拳を前に突き出し、正拳突きと共にオーラを打ち出す修行を繰り返すことを命じられたが、意識がそこにあるのかも分からないまま弱々しく拳を交互に出している。
そして修行が開始して1時間もすれば三人とも満身創痍となり、普通の生活もままならない状態になるが修行は『闇』が来る夕方まで行われる為毎日生きているのが奇跡と思える程厳しいものであった。
――――そうして1ヶ月後――――
「エリーナさんは行かないのですか?」
「私が行ったらそれこそ逃げられないわ。無理やり捕まえようものなら、王国丸ごと滅ぼしてしまうから遠慮したいのだけれど」
「その代わり僕が行くから大丈夫だよ!」
「ネクロだから心配なんだけどなぁ⋯⋯」
「なんだとぉ! 少しぐらい強くなったからって調子にのるなぁ」
いつもの変わらない調子でやり取りが行われ、カイトを加えた4人パーティーでアージェルイス王国に向かうことにした。
「エリーナさん。本当に有り難うございました! 命を助けていただいたのに、修行までして貰って⋯⋯。必ず『闇』を晴らして見せます」
「ふふっ。期待しているわよ。私のつまらない運命を変えてくれることを」
「ありがとうございました! 行ってきます!」
三人はお礼をして、森の小屋を後にする。ネクロが案内役となりアージェルイス王国へと向かう。
「行ったのね⋯⋯。これでいいのかしら?」
エリーナは少し広く感じたこの小屋で、一人呟いた。それは誰かに語りかけるかのように――。
森を抜けて、アージェルイス王国へ向かう御一行。元々昼間の敵はそこまで強くはなかったが、パワーアップした御一行に取っては全ての敵がスライム並の強さにしか感じられなかった。
「凄いな! ほとんどの敵が一撃だよ! 今ならまたあの暗闇の洞窟に行けるんじゃないか?」
「いや⋯⋯あそこはトラウマだよ。それに自分達の力を過信するのも良くない」
「つれないねぇ。これから向かう武闘大会とやらも簡単に優勝しちゃうかもね」
腕を頭の後ろで組み、明らかに舞い上がっているシェイナ。しかし、記憶がない不安と次々に変わる状況に慎重なカイト。
「私は二人みたいに強くなったっていう実感がないから、ちょっと不安。武闘大会も私は戦闘向きじゃないから出られないと思うし⋯⋯」
ヒカリは少しだけ不安そうな顔をしていたが、それでも強くなった二人なら大丈夫! ととびきりの笑顔を見せた。
(最近は辛い修行で何も考えられなかったけど、やっぱりヒカリは優しいし凄く癒されるなぁ⋯⋯)
「あ、兄ちゃんなんかニヤニヤしてる!? やらしいこと考えてたんでしょ!」
「え、あ⋯⋯いや、そんなことないよ! ただ癒されるなぁと思って」
「ふーん⋯⋯。兄ちゃんは時々何考えてるか分からない時あるからなぁ」
「アージェルイスで私も素敵な人と出会えるかなぁ」
ヒカリとカイトが羨ましくなったのか、珍しくシェイナが乙女ちっくな事を言っている。
大人シェイナと戦ったことによって、少し自分の未来に不安を覚えたのか、ああはなりたくないものだと思っていた。
「この大陸で一番大きな王国だから、色んな人がいるわよ。きっとシェイナちゃんにピッタリな人もいると思う」
ヒカリは三つ編みと一緒にうんうんと頷く。
「私もカイト狙っちゃおうかなぁ⋯⋯」
「えっ? なぁに?」
「う、ううん! 何でもない」
ボソッとヒカリに聞こえないように呟くのと同時に、ガサガサっと草むらが揺れる。
そこには真っ黒で艶のあるスライムが顔を見せていた。
「黒いスライム!?」
「あんな魔物見たことないよ! もしかして『闇』の影響!?」
スライムはこちらに気づくと、ブシューと音を立てて瞬時に辺りを黒い霧で包んだ。
「うわっ。何も見えない」
「みんな! 大丈夫!?」
カイトは暗闇の中声を掛ける。そして鈍い音と共に左腕に激痛が走る。
「痛っ⋯⋯。暗闇に乗じて攻撃を仕掛けてくるのは厄介だな」
そんな時に奥からパアッと光が出現し、内側から暗闇を少しずつ晴らしていった。
「私に任せて! 暗闇なんて何も怖くないんだからね」
そうして闇属性を克服したヒカリは意気揚々に構えた。




