二人のシェイナ
シェイナの精神も体力も限界だった。意識を飛ばされ、魂の叫びとは相反してまた呼び戻される。
意識が戻ると無数の嫌悪感がシェイナを襲う。害虫が身体の中をひたすら撫でていく。その見た目、肌触り、匂い、全てにおいて受け付けない。
(タスケ⋯⋯テ。もう死んじゃう。殺して、殺して、コロシテ。魂ごとグシャってシテ。優しくしないで)
口を開けば内臓まで嫌悪感に侵されてしまう。口を閉じていてもシェイナの心臓、否、魂を優しく愛撫するかのように、水の粒子がシェイナを抱擁する。
永遠にも感じられる時間は、シェイナの心を高揚させ、精神を浮上させる。
(フワフワしていて、凄く気持ちいい⋯⋯。これが死ぬって事なのかな。私の人生短かったなぁ。もっと恋愛とかもしたかったし、美味しいご飯も食べたかった)
シェイナは極限の状態に晒されて、今までの事が走馬灯の様に蘇り、自分の人生が大したことのないものだと悔やんでいた。
そして精神と心の高揚が最高潮に達したとき、目の前は真っ暗になった――――
――――白い部屋にいた。天井もない、壁もない。あるのは無造作に置かれた大きな砂時計。
ピンクや青、淡い黄色等の様々な砂が、無数にさらさらと流れている。
「ん⋯⋯こ、ここは?」
シェイナはうつ伏せに倒れている身体を起こした。周りを見渡しても、どこまでも真っ白な水平線。匂いも、風も、先程までの嫌悪感も全て感じない。
ただ一つ、さらさらと流れる砂時計の音だけが聞こえている。
「やっと目覚めたか。チビッ子」
突然の声に振り向くとそこには、オレンジ色のショートヘアー。手甲をつけて、スラリと背の高い女性が、腰に腕を当てて立っていた。
「え⋯⋯? 私、なの?」
「まあ、そうだな! 君から見ると未来の自分ってことになるかな」
「そっかぁ⋯⋯。私の胸はそこまで大きくならないのね」
「おい! そこはもっと違う感想あるだろ! やっぱり美人に成長したんだ! とか、背が伸びて良かったとか」
「だって⋯⋯ヒカリの胸はおっきいんだもん」
「なるほど。やっぱりソコに行き着くんだな」
ガッカリという感じのシェイナに、大人シェイナは色々突っ込みたいところを抑え、どこか納得したような表情をしていた。
「貴方に何が分かるのよ!」
「分かるさっ! 君は私なんだから。未来の姿を先に見せてしまった事は申し訳なかった。納得いかない未来ならば、自分の手で変えてくれ」
「それで、何故未来の私がここに⋯⋯?」
「薄々感じてるだろ? 試練さ! 君を強くする為の。物理的でもあるし、精神を強くする意味合いもある」
「試練⋯⋯。私が強くなる為の⋯⋯」
「聞きたい事もあるだろうが、時間が限られている」
大人シェイナは砂時計を指差した。虹色の様に輝く砂が、ゆっくりと下へと落ちている。
その速度を見るからに、一日以上は持つのではないだろうかと思う。
「あの砂時計は、君の『命』を表している。じゃあ砂時計の砂が、落ち切ってしまった時、私がどうなるのかは分からない。難しいことは好きじゃないんだ」
「私の命があの砂時計⋯⋯」
「そう。君の精神状態が極限に達して、HPもMPもほぼゼロの状態によってこの世界に送り込まれたわけ」
「どうすれば試練をクリアしたことになるの?」
「簡単さ!! 私を倒せばいいのさ。君の完全体ともいえる未来の君を」
「⋯⋯⋯⋯!?」
純粋にシェイナはそんな事が可能なのかと考えてしまった。目の前にいる自分は、話しを全て信じるとすれば自分が成長した姿。レベルも能力も全て上である事は間違いない。
「今、勝てるのか? って思ったでしょ。無理だよ! 今の君に負ける理由がないもん」
「そんなのっ! やってみなきゃ分からない」
「随分必死だね。やっぱりヒカリにカイトが取られるのが気にいらないんだね!」
「なっ⋯⋯」
「分かるよ? 私だもん。しかも大人になった⋯⋯ね。今の貴方には分からないかもしれないけど、此処はそういう世界だからしょうがないの。運命には逆らえないの!」
正直、シェイナがカイトを好きかどうかなんて、考えてもなかった。ただ、ヒカリとカイトの姿を見ていて羨ましいし、心の中になんかモヤモヤするものがあった。
「とにかく! 私は強くなってカイト達の所へ戻るんだ」
「そうはさせないわ。君を倒せば私は私という存在が外へと解放される。ついに、運命から逃れられるチャンスなのだから」
「「はあぁぁぁっ!」」
互いに構え、突進していく。そして砂時計の前で、ガントレットを付けた二人のシェイナの拳がぶつかった――




