目覚めた王子様
モンスターハリケーンのおかげで『闇』が迫ってくる前に小屋に戻って来ることができた。
夕焼けに照らされた小屋はより古ぼけた様に見える。
「うっ⋯⋯次はもういいや⋯⋯」
ネクロは到着したと同時にシェイナ酔いをしていた。戦闘が強くても三半規管は鍛えられないものなのだろうか。
「長旅をするには乗り物が必要になってくるわね‥」
ヒカリもこれから記憶の旅は移動手段が必要だと考えていた。シェイナ便も早いのはいいが、どうも融通が効かない。道端のモンスター達を遠くまで吹っ飛ばしてしまうし、何より途中で止まったりも難しい。
「私はいつでも運んであげるから任せて!」
「わ、私も大丈夫かな⋯⋯」
そんな冗談を話しながらも再び古びたドアを開ける。
「ただいまー」
ネクロがいつも通り飄々とした感じで小屋へと入る。すると暖炉の前の座っていたエリーナが振り向いた。
「お帰りなさい。あら⋯⋯ネクロその腕どうしたの?」
「僕としたことが油断しちゃって⋯⋯というより山頂の花を取ろうとしたらドラゴンがいて流石に勝てっこないよ」
「エリーナさんごめんなさい。私が弱いばかりにネクロちゃんの身体が⋯⋯」
するとエリーナは顎に手を当てて少し考える‥余裕そうな表情も消え、その真剣な表情は怒っているようにも見える。
「そうねぇ⋯⋯ネクロが油断したのもあるけど、貴方達が弱すぎたのが問題ね。その腕じゃ料理をするのも大変ねぇ」
「「ごめんなさい⋯⋯。」」
ヒカリとシェイナはエリーナへと謝った。エリーナは少々呆れ気味に答える。
「まぁ死なないだけでも儲けものだわ。ネクロもそんなに気にしていないでしょう?」
「うん! 隻腕のさいきょーきゃらってカッコイイから」
ネクロは短剣をシャキーンと構えて笑顔で答える。どこまでも明るいネクロに二人は救われた。
「まぁいいわ。これも運命ね。ネクロの腕のことは後で考えましょう。それより花は取ってこれたのかしら?」
「はい! フラウの花を一輪取ってきました」
シェイナはそう言ってネクロの腕と引き換えに入手した花を腰の道具袋から取り出した。
「流石にホンモノは魔力が凄いわねぇ。後はこれを調合して飲ませれば魔力を使い果たした坊やが目を覚ますわ。じゃあ早速作りましょうか」
「ありがとうございます! 宜しくお願いします!」
ヒカリは深々とエリーナへお辞儀した。大きな三つ編みはお辞儀につられ、嬉しいようなちゃんと目覚めるのか不安のような感じたのか、ゆらゆらと動いていた。
エリーナは立ち上がり、あからさまに怪しそうな壺と、フラスコを取り出して調合を始めた。
マジックポーションをフラスコでグツグツと煮立ててから壺に入れ、更にその中に蝙蝠の羽みたいなものや見たことない葉っぱを幾つか放り込み混ぜていく。仕上げにフラウの花を入れて、これまた怪しい木の棒でぐるぐるとかき混ぜていた。
「うっ!凄い臭い⋯⋯」
「ほ⋯⋯ほら良薬口に苦しって言うじゃない?」
「逆に二度と目が覚めなかったりして⋯⋯」
三者三様の意見が出揃い、見た目と匂い共にお世辞にも身体に良さそうとは思えなかった。寧ろ毒薬なのではないかと思うくらい怪しい色をしている。
「お師匠様。まるで魔女みたい⋯⋯」
「あらぁネクロ? 何か言いました?」
柔らかな言葉にほんの少し殺意が混ざっていたのを感じ、ネクロは何も言ってないよと言わんばかりに首をブンブンと左右に振った。
「ほら。もうできたわよ」
エリーナは右手に小瓶を持ち、その中には紫色の毒々しい液体が入っている。出来立ての液体はコポコポと音をたてて小瓶の中で弾けている。
「これでカイトが治るんですか?」
ヒカリは不安そうな顔をしてエリーナに尋ねる。
「そうよ。これで貴方の王子様が目覚めるわ。良かったわねぇ。まぁこの坊やは私の王子様でもあるのだけれど」
「えっ!? それはどういう意味ですか?」
三つ編みがピクっと跳ねて、王子様が取られることに反応したのかヒカリは先程とは違う別な不安に襲われる。
「若いわねぇ。冗談よ。冗談⋯⋯。貴方から坊やを奪ったら一生恨まれるでしょうね。まあそういう運命も楽しそうなのだけれど」
「ヒカリにそういう冗談通じないんだからやめてくれよー」
内心ヒヤヒヤしながらシェイナは見ていた。女の嫉妬は怖いものであることを良く知っている。ましてやあれだけカイトを想っているヒカリにそんな冗談など通じるわけがない。
「まぁとにかく王子様を目覚めさせてあげないと可哀想ね⋯⋯起きたら全員たっぷりと可愛がってあげるから」
艶美でもあり妖艶さもあるエリーナは本気か冗談か分からない呟きをいれつつ、ベッドに寝ているカイトの方へ向かった。
そしてカイトの半身を起こし、怪しげな薬を口へと運んだ。意識を失って飲みにくそうにはしていたが、エリーナの手元が光るとすぅーっと液体がカイトの口から入っていく。
薬が全部入ったところでカイトに異変があった。
「全身が薄く光って⋯⋯る?」
ヒカリ達はカイトの身体がぼんやりと光っているのが見えた。何処か安心のできるような温かみがある光だった。
「今体内の魔力が少しずつ回復しているのよ。余程消耗したのね」
ヒカリ達は緊張しながらもその様子を見ていた。そしてその緊張がピークを迎えたとき、光がカイトの心臓に集まり目が眩む様な発光があった。
「「「うわぁ」」」
眩しくて思わず目を瞑ってしまう。そして時間が経つにつれその光は収束していく。
「う⋯⋯ん? あれ、ここは⋯⋯?」
カイトが目を覚ますとベッドの上で状況を読み込めず寝ぼけた様な感覚であった。
「カイトーーーーー!」
その瞬間ヒカリがカイトの胸に飛び込んだ
「良かったよぉー。ごめんね。私のせいでカイトがもう、目を覚まさないかと思って⋯⋯ぐす⋯⋯」
ヒカリはカイトに言葉にならない言葉を、今まで募っていた想いを吐き出した。自分達の力不足のせいでカイトを辛い目に合わせてしまったこと、一生目覚めなかったらどうしようという不安。
カイトの顔を見た瞬間に不安と安心が一気に弾けとんだ。
「ヒカリ⋯⋯。僕の方こそごめんよ。あの時のことあまり覚えていないけど、洞窟から無事抜け出せたんだ。良かった⋯⋯」
「もう、いつもカイトは記憶失くしちゃうんだから。これ以上記憶無くさないでよ」
カイトもヒカリを優しく抱きしめた。凄く柔らかで安心する香りがする。ヒカリとこんなに近くにいるのは初めてなのにドキドキする。
特徴的な三つ編みも心配かけさせないでよばかぁ! と言わんばかりにぴょんぴょん跳ねている。
「まったくー乙女に心配かけさせないでくれよな! 私のおかげで助かったことも忘れて貰っちゃ困るよ!」
二人の世界に没頭している中にシェイナが話しに割り込んできた。
ヒカリとカイトは一気に恥ずかしくなり、顔が真っ赤に染まる。
「そ、そうなの! シェイナちゃんのおかげで暗闇の洞窟から抜け出せたのよ!」
「そうだったのか⋯⋯ありがとうシェイナ!」
「わ、私は別にどっちでも良かったんだからね!」
なんだかいきなりツ○デレキャラみたいなことを言い出したシェイナであったが、シェイナもカイトが無事に目を覚ましてくれて安心していた。
「そしてこの家は⋯⋯? あとそちらのお姉様とお子様は⋯⋯」
「だ、誰がお子様だ! 僕はさいきょーの隻腕シーフのネクロ様だー!」
再びシャキーンという効果音が飛び出してきそうなポーズを取ると、黙って見ていたエリーナが口を開いた。
「目覚めて良かったわね。初めまして。私はエリーナ。この小屋の主よ」
「エリーナさんが洞窟から帰る途中『闇』に呑まれそうな時に助けてくれたの。カイトを目覚めさせる方法もエリーナさんが教えてくれたのよ! ネクロちゃんにもいっぱい助けて貰っちゃった。」
「エリーナさん。初めまして。そして僕達を助けてくれてありがとうございました。ネクロ様もありがとう。」
「ぼ、僕はどっちでも良かったんだからね!」
ネクロも意外な反応で照れがありツ○デレがこの短時間で二人も出来上がった。
「いいのよ。これも運命かしら。貴方達を助けることも⋯⋯殺すことも⋯⋯!」
「!!」
いきなりエリーナは強烈な殺気を放ち、カイトはベットから飛び上がりヒカリを守るように前に立ち戦闘態勢を取った。




