モルテプローヴァの山
夜が明けてすっかり『闇』もなくなり、外は晴れていた。暗闇で見えなかった小屋が太陽の光に照らされるとより一層古びたところが目立つ。
そもそも山頂まで行ってカイトの為に花を取り戻ってくるだけでも日が暮れてしまいそうだ。
そうなると『闇』に飲み込まれる時間がやってきてしまう。なんとかその前に戻って来なければならない。今は朝方、早く出るに越したことはない。
「エリーナさん。泊めていただきありがとうございました! 必ず花を持って帰ってきます」
ヒカリはペコっとお辞儀をして朝から整った三つ編みもばっちりお辞儀。
眠そうなシェイナは寝癖頭でいたのだが、一体ヒカリはいつこの三つ編みを手入れしているんだろうとふと疑問に思っていたが、さすが女の子。私には無理無理と言わんばかりに考えるのを辞めた。
「じゃあネクロ! ヨロシクね!」
「むっ! なんか呼び捨ても気に入らないぞ」
と今日はシェイナがネクロをからかっている。シェイナの身長は150cmくらいであり、ネクロと並んでいると姉弟の様にも見える。
「うふふっ! 二人とも仲良しだね」
これから命に関わるような危険な場所に行くというのに、可愛らしい二人のやり取りを見てヒカリはなんだか笑顔になった。
「よしっ! じゃあサクッと行って戻ってこよー」
「おー!!」
なんとも気の抜けたやり取りだが、何故かネクロもノリノリだ。モルテプローヴァの山まで歩いていくと半日はかかってしまうが、昨晩みんなで練った作戦がある。
問題はそこからの戦闘だが、ネクロの戦闘力が読めない為いざ山についてから考えるしかないだろう。ネクロは意地悪なのか最後まで能力はお楽しみとしか言わなかった。
「フェムト!」
ヒカリはシェイナに身体強化魔法をかける。ちからだけではなく、素早さや魔力など様々な能力を向上させる魔法であり、使い手がどの能力を上げたいかコントロールすることもできる。
今回はシェイナのちからと素早さを最大限までアップさせた。そして左腕にはヒカリ、右腕にはネクロを抱えた。
「すごーい! シェイナちからもちー」
「シェイナちゃん行き先は北西の方角よ!」
まるで猫を抱いている様な形でキャッキャするネクロと心なしか嬉しそうに三つ編みをピョンピョンさせながら方角を指差す姿がちょっと間抜けなヒカリ。
「じゃあいっくよー! クイックステップ」
その瞬間、シェイナはものすごい速度で走り出した。誰も見てはいないが、なんとも間の抜けた残像が残っていたのは秘密である。
作戦は至ってシンプル。シェイナに身体強化魔法をかけてシェイナのクイックステップという素早く動くことのできるスキルで一気に山まで駆け抜けてしまおうという作戦。
昼間の敵は比較的弱いので魔物は二人を抱えたシェイナに弾き飛ばされるという側から見ると何とも面白い構図であった。
シェイナが通ったあとは物凄いスピードと吹き飛んでくるまさに台風の如し。道行く旅の商人や、少し遠くの街まで魔物が飛んできたことからこの一日の出来事は後に「モンスターハリケーン」と呼ばれることになる。
「よっしゃー着いたぞー!」
半日かかる片道が僅か15分程で着いてしまった。抱えられた二人はその激しい揺れに完全に青白い顔をして気分は悪そうだった。
「か、帰りは歩いて行こう⋯⋯」
ネクロは激しい揺れに耐えきれず、完全に酔ってしまったらしい。ヒカリも足元がふらふらして、シンボルマークの三つ編みも左右にふらりふらりと揺れていた。
「ゴホン! それでは気を取り直しましてこれからこの山の頂上に行きます」
酔いから醒めたネクロは山の頂上を指した。モンテプローヴァの山は完全なる岩山だった。
木もぽつぽつ生えているが葉っぱなどは一つも無く全て枯れてしまっている。
「よし! 道も単純そうだし、ヒカリと私の合わせ技で⋯⋯」
「待った! そんなことをしたら危険だよ!」
「はっはーん⋯⋯さてはネクロはまた酔うのが嫌な訳だね」
「ち、違う! そうじゃないよ!」
「ネクロちゃんてば慌てちゃってかわいい」
シェイナ達はネクロがまた酔うのが嫌だから提案を拒否したと思っていたがどうやらそういう事ではないらしい。
「もう! ちゃんと話しを聞きなさい! 弱っちい君達じゃすぐやられちゃうんだからね」
ネクロに見上げられながら言われても何か説得力がないのがまた可愛らしいところだが、話しを進めてもらうために敢えて二人はからかわなかった。
「この山の木が枯れているのは魔力や生命力をこの山が吸っているからだよ! それはお師匠様からも聞いたでしょ?」
「うん⋯⋯だからなんとなく力が入らないのね⋯⋯」
ヒカリは手を開いたり握ったりして力の入り具合を確認している。
「だからあまり時間がないんだよ!モタモタしていたらあっという間にあの世行きだよ。だからといってあんな高速技使ったら魔物から狙い撃ちだよ」
「なるほど。じゃあ注意しながら進もうか」
「そうね! 一応広域魔法のフェムトをかけておくわ」
こうしてモルテプローヴァ登山が始まった。
山の道は単純で別れ道なども殆どなく、ただひたすら広い山道を登っていく。すると上空から……
――――キシャアァァア――――
如何にも強そうなワイバーンが二匹も出現した。全体的に岩山のグレーに、完全にミスマッチの色をした緑色の魔物である。蝙蝠を大きくした様な羽根は鋭く、そのまま体当たりされただけでも良く切れそうだ。
「さて! お手並拝見! っと」
ネクロは急に道端にある少し大きめの岩にピョイっと飛び乗り足をパタパタさせながら見学している。
「あっ! 戦ってくれないのかよ!」
「ほらほら! よそ見してると危ないよ?」
ワイバーンは一度上昇し、きりもみ回転でシェイナに体当たり。ネクロからの忠告で振り向いた瞬間にワイバーンが突進してきて、咄嗟に避けることができた。
しかし完全に避けたつもりがワイバーンの速度で空気ごと切り裂かれ、シェイナの頬からは血が流れていた。
「シェイナちゃん! 大丈夫!?」
「これぐらいなんてことないよ! それよりちょっとフェムトで速度の割合を上げて!」
「分かった!」
ヒカリがシェイナにかけている強化魔法を速度重視へと切り替える。その間にもう一匹のワイバーンがまたシェイナへときりもみ体当たりを繰り出す。
「レベルが足りなくたって何とかしてやるっ!」
ワイバーンがシェイナの胸に目掛け体当たりしてくるのを左手の手甲で受け止める。その衝撃から手甲にクチバシがドリル状となり激しい火花が散った。
そしてその勢いを流すように弾いて、ワイバーンは山の岩盤へと叩きつけられた。さらに最初のワイバーンが今度はヒカリへと向かっていく。
シェイナはフェムトの速度アップのおかげもあり瞬時にヒカリの前へ入り込みワイバーンの攻撃を手甲で受け止め、先程のワイバーンに重なる様にまた攻撃をいなした。
――――ドゴォォォン――――
激しく叩きつけられた二匹のワイバーンはまだ動く気配があった。シェイナはすかさず
「そこだ! 掌底百烈波!!」
昨日ゴーレムに繰り出した連撃よりさらに激しい衝撃派がワイバーンを襲う。衝撃と粉塵によりワイバーンの姿が見えなくなった。そして攻撃が止み、先程までまだ動けると言わんばかりに動かしていた羽根がピクリとも動かなくなった。
「シェイナちゃん凄ーい!」
ヒカリが目をキラキラさせながら喜んでいる。すると道端の岩に乗っているネクロは
「シェイナちゃんすごーい」
と手をぱちぱちさせながらシェイナを小馬鹿にしたような態度だった。それを見たシェイナは怒りを感じていた。
「おいネクロ! お前も闘うんじゃねぇのかよ!」
「ははっ! 勘違いしてもらっちゃ困るよ。僕は一緒に闘うとは一言も言ってないよ。あんな雑魚敵に強化魔法使ってドヤ顔じゃあこの先思いやられるね」
「ネクロちゃん! そんな言い方ないでしょ! 私達は何がなんでも無事に生きて帰らなきゃいけないの」
「分かってるよ! 君達を死なせたら僕がお師匠様に殺されてしまうからね。なんだかんだお師匠様は興味があるのさ!」
「興味⋯⋯?」
「そう! 君達じゃなくてお姉ちゃんの王子様にね」
「カイトに!? またなんで‥」
「王子様は否定しないんだね。もはや図々しくて呆れたよ」
「カイトが私の王子様なのは間違ってないもの!」
ヒカリは真剣な顔をして答える。カイトは大切な人でヒカリにとっての救世主だ。それにネクロの事をまだ子供扱いしているところもある。
「ま、なんでもいいけどあのお師匠様が興味を引くなんてよっぽどの人なんだね。妬けちゃうなぁ‥そんなわけで僕がいれば最悪死ぬことはないかな」
何故エリーナがカイトに興味を持つのか、ネクロは一体どれだけ強いのか。不信感を覚えつつもモルテプローヴァの山を進むしかない二人であった。