7、私の心は知る人もなし
あの後、薫子さんと晴香さんの憤慨が凄かった。
あの場は教室の中ということもあって一応はあれで収まったのだけど、二人の憤りはちっとも収まる気配は無かった。
千聖君と馴れ馴れしく話していた事と、私に恥をかかせたという事で二人の怒りに火を点けたみたいなんだけど、どうも私の事は口実で千聖君にむやみに近づいた事のほうにお冠だったような気がする。
それが証拠に、「私の事はいいんですよ」と言うと必ず「ですが祥子様」っていう言葉が返ってきて、その後は決まって千聖君の話になるのだ。
絶対、私の事はどうでもいいよね?
っと、心の中で思いながらも、何故かそんな二人の怒りを私が宥めるという、なんとも訳の分からない事になってしまったのだ。
本来、宥められるのは私なのでは? おかしくない? ねぇ、お二人さん。
とまあ、そんなこんなで二人を宥めているときのこと。
私の脳裏にふと過るものがあったのだ。
……これは、本来は私の役だったのでは?
そうだ、原作では千聖君と親しく話す葉月汐莉に怒りの炎を燃やしていたのは祥子ちゃんだった。
それにこの二人が同調して……っていう流れだったはず。
ということは、私の役がこの二人に変わったというのだろうか……?
というよりも、私が怒りを顕にしないのであの二人が怒っている……という感じがしないでもない。
まあ、この程度で話が変わるとは思わないけど、やっぱりそっちに引っ張られていくのかな……?
うーむ、やはり多少話がずれても原作に沿うようになっているのかもしれない……。
ふむ、となるとこのままこの子たちの流れに乗るのはよろしくない。
なにせ、この先にはあのイベントが待っているのだから。
そう、あのイベントとは、このお話の序盤における重要なポイント。
むしろ、ここからこの漫画『ツンデレ王子に攫われたい』が始まると言っても過言ではない。
アニメの第一話のラストにもなった印象的なシーン。
ヒロインはそこで初めて胸をときめかせ、まだ自分でも気付いていない感情を抱き始めることになる。
そして、ここから千聖君と徐々に距離が縮まって……。
ダメッ!
それはダメッ!
これはなんとしても回避しないと……!
いや、絶対に回避しなきゃいけない!
その、絶対に回避しなきゃいけないイベントとは……。
タイトル回収イベントである。
☆
――放課後。
学園生活初日は学校の案内とカリキュラムの説明で終わり、半日で授業は終了となったので放課後といっても今はまだお昼前なのだ。
さて、今私が向かっている場所がどこかというと、青華院学園の校舎裏にあるとある一角。
そこは監視カメラも無く、様々な角度からの死角となる場所。
まさに不良の溜まり場となってもおかしくない場所だけど、残念ながらこの学園に不良は存在しない。
では、そんな所に何の用があるのかというと、現在その場所は――。
「貴女、自分の立場というものが分かってらっしゃらないんじゃなくて!?」
そんな声の聴こえてくる場所となっている。
私は見つからないように物陰に隠れると、その声のする場所をそっと覗き見た。
するとそこに広がっていた光景は、数人の女生徒たちが一人の女生徒に詰め寄っている所。
そう、現在その場所は、女子生徒たちが自分たちのカーストを維持するために、出る杭を打つ為の仕置きを行う場となっているのだ。
沢山の金切り声が聞こえてきて、その一角を賑やかにしている。
もう誰が何を喋っているのか解らないんだけど、その声を上げる集団は一人の女子生徒に対して寄ってたかって責め立てているのだ。
そしてそのターゲットとなっている女子生徒というのは、やはり葉月汐莉だ。
うわぁ……、ほんとにやってた……。
こわっ! 女子こわっ!!
あんなこと、よくやるなぁ……。
まあ、それはともかく、この辺りは原作通りね……。
唯一違う所といえば、あの詰め寄っているグループの中心人物が薫子さんと晴香さんだということね。
原作では祥子ちゃんが中心にいて、皆にやらせてたってシーンだったけど、今回は私はあそこには加担していない。
あんなのに加担したら破滅まっしぐらだからね、早々に身を引かせてもらったわ。
加担をしなかったのはいいんだけど、問題はここからよ。
これはタイトル回収イベント。
女子生徒たちから苛められるヒロインを、ツンデレ王子こと橘千聖が攫っていくシーンだ。
ヒーローとヒロインのロマンスが始まるスタートがここ、このポイントというわけよ。
……そう考えた時、私は閃いたのだ。
そのスタート地点、私が奪ってやろうじゃないかってね。
そうすれば、始まるロマンスは私とのってことになりはしないだろうか……、いや、なる!
そう考えた私は、さっそく綿密な計画を立てた。
私の計画はこうよ。
まずあのイジメ現場に颯爽と現れて、両者の間に割って入ってイジメを止める。その際は多少大袈裟に葉月汐莉を庇う振りをしてもいいかもしれない。
そして私があの子たちを窘めているところに千聖君が登場。
私の姿を目撃した千聖君は、弱きを助ける天使(私)を目の当たりにする。
……天使は言い過ぎたか。
まぁつまり、千聖君が葉月汐莉を助けに来る前に私があの子を助けて千聖君に良いとこ見せようって作戦よ。
ふふふ、いける!
これなら千聖君も私の事を見直すはず!
そしたら、ここから恋愛漫画のような甘酸っぱい展開がはじまって、『祥子、俺はお前と婚約者以上の関係になりたいんだ』とか言われたりして、私も『ああ、千聖君、私達まだ高校生なのよ、……でも、千聖君が望むなら……』とか言ったりしてっ!
それから二人は熱い抱擁を交わし、自然と重なり合う口と口。
むっちゅぅぅぅぅぅっ!
……良い!!
超良いよこれ!!
え、ちょっと、この作戦完璧じゃない!?
こんなところに天才軍師がいましたよ!!
これは俄然やる気が湧いてきたわ。
こんな作戦くらいぱぱっとこなして千聖君との甘酸っぱい未来を手に入れてやりますとも!
よし、気合いの入った所で、まずは目の前の作戦を成功させないとね。
この作戦で唯一難しいのは出ていくタイミングだ。
出るのが遅いと先に千聖君が来てしまうし、早すぎると千聖君がなかなか来なくて間がもたなくなる。
言ってしまえば、これさえ成功すれば後はもう流れに身を任せるだけで上手くいく。
大丈夫、出ていくタイミングは何となくわかる。
上手くいくはず……。
私なら出来る……。
……。
ちょっとドキドキ。
蚤の心臓をぎゅっと抑えて、こっそりと葉月汐莉の方に視線を向けた。
そして今も尚続いている仕置き現場に、出ていくタイミングを見計らうために耳をそばだてた。
「貴女ご自分のお家の名前をおっしゃりなさいな、そうすれば少しは自分の立場が理解できるのではないかしら」
「あら、そんな聞いたこともない家名を言われても意味ないんじゃありません? おほほほほ」
「「「おーほほほほほほほ」」」
薫子さんサイドの集団の笑い声が響き渡る。
上品なのか何なのかよくわからないけど、割と言ってることは精神的にくるものがあるね……。
確かこの後、誰かが葉月汐莉に手を上げるのよね。
その少し後に千聖君が登場するはず。
だから出ていくタイミングはその手を上げる前ってことになるんだけど……。
そろそろ……かな?
「い、家の事を悪く言うのはやめてください! 私の事は何を言っても構いませんが、家族を悪く言わないでくださいっ」
お、おお、言い返した……。
勇気あるのね、葉月汐莉……。
「まあ下品な、何ですのその口の利きようは!!」
集団の一人が興奮して葉月汐莉に詰め寄ろうとしている。
よ、よし、ここだ!
私は物陰から颯爽と飛び出し、大きな声を出すために目一杯お腹に力を込めた。
「お、お待ちなさいっ!!」
うう……。
ありったけの声を張り上げたけど、若干声が上ずってしまった……。
ま、まあでも、女子生徒達の動きは止まった。とりあえずは、作戦成功……かな?
私の声で皆がこちらを向いた。
さっきまで殺気だってた人も呆気にとられたような顔で私の事を見ている……。
うっ……。
こ、怖い……。
みんなこっち見てるよ……。
この子たち、私に襲い掛かってこないよね……?
いや、だ、大丈夫っ!
私は如月祥子よ、如月家の威光が私を守ってくれる……はず……。
私の声に、全員が一瞬何が起こったのか分かっていなかったようだけど、すぐに私の存在を認識する。
「しょ、祥子様……? どうして、ここに……」
私が現れたことで驚きの声を上げる薫子さんたち。
私はその女子生徒たちを見回すと、震える足を無理やりに動かし、葉月汐莉に向けてゆっくりと歩を進めた。
うう、お腹痛い……。
小心者のくせに出しゃばり過ぎたか……?
やっぱり……、帰ろうかな……。
弱気な私が、私の足を鉛のように重くしていく。
このまま引き返してしまおうか、……と、そう思ったときである。
――そこに一陣の風が吹き抜けた。
私の髪を大きく巻き上げたその風は、私の姿をより一層優雅に見せたのだ。
その優雅な姿に、息を呑む女子生徒たち。
わ、私の姿に気圧されている……?
そうか……。
如月祥子は常に美しく、気品にあふれ、周りの人を圧倒しなければならない。
それが生まれ持った宿命であると。
それが如月祥子なのだと。
その風が私に教えてくれたのだ。
そうよ、私は如月祥子。
如月祥子は、こんな事でびびってちゃダメって事よ!
深く息を吐き、お腹に力を込め、そして真っ直ぐ前を見据えた。
少し乱れた髪を指で耳に掛け、優々たる足取りで女子生徒たちの前を歩いていく。
すると、如月祥子様のお通りだ、と言わんばかりに女子生徒たちは私のために道を開け始めたのだ。
「あなた達、これは一体何の騒ぎですの?」
私の登場でしんと静まり返った女子生徒たち。
それを横目に見ながらその女子生徒たちの前を通り過ぎていく。
「祥子様、これは……。この特待生が――」
「言い訳は結構です。貴女たち、これが青華院学園の生徒として誇れる行動なのですか?」
晴香さんが何かを言いかけたけど、私の言葉に口をつぐんでしまった。
尚も私は彼女たちの前を通り過ぎながら、葉月汐莉の下へと歩を進めていく。
「こういう行為は自分たちの格を下げる事にもなるのですよ、お分かりになりますか?」
「……で、ですが、祥子様……」
葉月汐莉に随分と迫ってきた。
よし、この辺りで振り向いて葉月汐莉を庇うようなポーズをとれば完璧ね……。
「いいですか、我々はその家名に恥じない――」
――まさに、ここだと思うポイントに来たその時である。
地面に出っ張りのようなものが出来ていて、私の足はそれに躓いてしまったのだ。
ああ……、なにこれ?
景色が物凄い速さで流れていく……。
それが何かに躓いて転んだということに気付くのに、そう時間はかからなかった。
私は倒れまいと何かを掴んで抵抗を試みたのだが、それも虚しく……。
「あぶゅふぅ!!」
変な声を発しながら、びたっと地面に這いつくばってしまった……。
ちょ、ちょっと、何で……こうなるの……。
「「「しょ、祥子様!?」」」
うう、恥ずかしい……!!
超恥ずかしいよこれ!!
だってさっき凄くカッコつけてたもの!!
ぬぁぁぁ、あんな調子乗るんじゃなかったぁぁ!!
ちょっとこれ、起き上がるのが凄く怖いんだけど……。こんなの、みんなの顔が見れないじゃない……。
もうちょっとこのまま倒れていようか……。
あ、だめだ! もうすぐ千聖君がやってくる!
こんな醜態さらしてるとこ見せるわけにはいかないじゃない!
よ、よし、こうなったら何事も無かったかのように起き上がるのよ! それしかない!
そう思い至った私は、何事も無かったかのように顔を上げたのだが、そこで私の目に飛び込んできたのは……。
「…………う、うさぎ……?」
真っ白な世界にワンポイントのうさぎキャラ……。
うん、パンツだこれ……。
気付けば、私の手には葉月汐莉のスカートが握りしめられていた。
どうやらさっき転んだときに何かを掴んだと思ったのは、葉月汐莉のスカートだったのだ。
「きゃあぁぁ!!」
自分がパンツ丸出しであることに気付いた葉月汐莉は、上着の裾を押さえて悲鳴を上げる。
なんだろう、私はその声を聞いて……胸が少しすっとした……。
いやダメだ、そんな事言ってる場合じゃない!!
これはダメよ! これは本当にまずい!!
こんな所を、千聖君に――。
「おい、何をしているんだお前たち!!」
――無情にもその声はやってきた。
これ以上ないくらい最悪のタイミングで。
その声のするほうに振り向くと、千聖君と目が合ってしまう。
その目に射貫かれた私は、全身から冷や汗のようなものが吹き出し、硬直して動けなくなってしまった。
「……ち、……千聖君……これは……」
あ、だめだ、声が震える……。
千聖君はそんな私と葉月汐莉を見て驚愕の顔を見せる。
「……祥子、……お前……」
千聖君はすぐさま自分の上着を脱いで葉月汐莉の腰に巻き付けると、私が手にしていたスカートを強引に奪い取った。
「あ、……た、橘君これは……」
「葉月、大丈夫か?」
その優しい声が葉月汐莉に対して向けられる。
「……ち、……ちが……、……ちがう…………」
声が……。
声が、……上手く出せない……。
そしてそこから、私の目の前で原作通りの光景が展開されていく。
千聖君の手はヒロイン葉月汐莉の手を取り。
「来いっ!」
その一声と共に、この場から葉月汐莉を攫っていってしまったのである。
それは正に少女漫画のワンシーンに相応しい、王子とヒロインの煌めきに満ちた一コマだった。
私はそれに心を奪われ、何も言えずに茫然と見つめる事しかできなかったのだ……。
その場に残された私達は、暫くの間誰も言葉を発する事ができなかった。
そんなズシリと重たい静寂の中で、どうしてどうしてと私は自分を責め続けた。
歯を食いしばって……。
涙が落ちるのを堪えながら……。
いつもお読みいただき有難うございます(/・ω・)/
こんな感じで学園初日は終了です。二日目以降はどうなるのでしょう……?( ´゜д゜)(゜д゜` )<サー?
祥子ちゃんへの応援、お待ちしております(´∀`*)