6、女は外に何人の敵がいる?
あの二人、……何かを話している……。
休み時間に入ってから、前の方の席にいる千聖君と葉月汐莉が何やら楽しそうに話をしている。
私はその事が気になってずっと凝視しているのだ。
何を、そんなに話すことがあるのかしら?
何でそんなに親しくしてるのかしら?
あなた達、初対面でしょ?
だから、話すことなんて無いでしょ?
ちょっと、なんか距離が近くなってない?
もうちょっと机を離しなさいよ。
だから離れなさいって……。
ちょっ、ちかっ……。
ええい、今すぐ離れろぉぉぉぉ!!
はぁはぁ……。
だめだ、あれを見てると精神衛生上に悪いわ……。
だいたい何なのあの机の並びは! 成績上位者順だったら、怜史君を間に挟むべきじゃないの? おかしいじゃないのよ! 作者はちょっと出てきて説明しなさい!!
ああ、だめだ、イライラが止まらない……。
はぁ……、元々私はそんなに嫉妬深いほうでは無いはずなんだけど……。
やっぱりあのヒロインだけはダメみたいだわ。
あの女は確実に奪い去っていってしまうからね……。
でも、イライラしてるのはダメよ!
祥子ちゃんはそれに負けちゃったんだからね。
敵は内にあり!!
よし、あんなのは見ない、聞かない、気にしない……。
……気にしたら負けよ。
……見ちゃだめよ……。
………………。
はい、むーーりーーーー!!!
だって、視界に入ってくるんだもんーー!!!
何なのあれ!! わざと見えるとこでやってんじゃないの!?
むきぃぃぃぃぃ!!!!
そんな感じで手をワキワキさせながら悶えていると。
「どうかしたんですかぁ、祥子様ぁ?」
と、晴香さんが私に声を掛けてきた。
おっと、ちょっと態度に出てしまってたかしら?
ちゃんと、令嬢モードを維持しないと。
「あれですよ、晴香さん」
そう言って、何処からともなく現れた薫子さんが前方の席を指さした。
その指さした先、それはもちろん千聖君と葉月汐莉だ。
今も二人は何かを話している。
今朝の車内では、私とはあんまり喋らなかったというのに……。
まったく、何をそんなに喋ることがあるというのか……。
「あれは、特待生の……。まあ、橘さまとあんなに親しそうに!」
そうよ! そうなのよ! さっきからずっとああなのよ! 私の婚約者だっていうのに!
どう思うよ晴香ちゃん!
「あれのせいで、先程からクラスの女生徒たちがあの二人に色めきたっているんです」
薫子さんはクールにそう言い放つ。
「まあ、どういうことですの!? あの方、橘さまがどういう方か分かってらっしゃらないのでは!?」
うんそう、分かってないのよ晴香ちゃん!
ちなみに、私の婚約者だってことも分かってないのよ!
「そうです分かっていないようなのです。橘さまがこの学園でどういう存在であるかということを」
そうよ薫子ちゃん、あの子は全然わかってないわ!
あと、私の婚約者だってこともね!
「そうですわ! 橘さまと神楽さまと言えば私たち学園女生徒の憧れの的だとういうのに、あんなに気安くお話に!」
そうなのよ! ちょっと気安く接しすぎよね!
それから、憧れの的とかじゃなくて私の婚約者なんだからそんな簡単に話とかしちゃダメよね!
「そうなのです、あのお二方はみんなのものなのです。あのような見知らぬ女が軽々しく口を利いてはいけないお方なのです!」
そうなのよ! あんなぽっと出の女が……。って、んん?
あれ、ちょっと待って、……いやいや、違うよ?
皆のものじゃないよ?
私の婚約者だよ?
「そうです、薫子さんの言う通りですわ! あんなに気軽にお話をされては私達の立場がありませんものね!」
いや晴香ちゃん、だから違うでしょ?
立場が無いのは私でしょ?
私の婚約者なんだから……。
「ええ、まったく誰に断りを得てあのように……。まず私に話を通すのが筋というものでしょうに」
いや…、なんで薫子さんに……?
…………。
…………。
よし、わかった。
お前ら敵だな。
さっきから聞いてりゃ何なんだ、あんた達は!
私でしょ! 話を通さなきゃいけないのはっ!!
あなた達、如月祥子の取り巻きじゃないの!? 祥子のしょの字も出てこないじゃないのよ!
ちょっと取り巻きとは何かを、一回じっくり考えようじゃないかっ!
ふーっ、ふーっ、ちょっと一旦落ち着こうか私。
この子たち、まさか千聖君を狙ってるわけじゃ……、いや、ワンチャン狙ってる可能性は十分にある!
何てことなの、こんなとこに伏兵がいるとは……。
まったく、油断も隙も無いとはこのことね。
これはちょっと釘を刺しておくべき?
いやでも、何て言えばいいのかな……?
うう、こういうのって意外と怖いものなのね。
でも、何か言っておきたい……。
「お二人とも少し落ち着い――」
「あっ、祥子様、特待生が立ち上がって、……ちょっと、こちらに来ますわ!」
――えっ!?
葉月汐莉がこっちに!?
驚いてそちらに視線をやると、晴香さんの言うように確かにこちらに向かって歩いてきている。
え、なに、こっち来るの?
徐々にこちらに近づいてくる葉月汐莉。
その瞳は、確実に私をロックオンしている……。
な、なに?
何か私に用でも……。
はっ! 千聖君は私のもの宣言でもする気!?
出会って間もないのに、どういう神経してるの……!?
さ、させないからね、そんな事!
そして。
こちらに向かって歩を進めてきた葉月汐莉は、私の目の前までやってきてその足を止める。
内巻きのセミロング(天然らしい)にクリっとした大きな瞳。頬はもちっとして、ほんのりと桜色がさしている。
小鼻も唇も、その全てが可愛くできていて、まさに少女漫画のヒロインという感じの女の子。
そんな葉月汐莉が、目の前で直立不動のまま私を見澄ましてくる。
その状況に教室内はしんと静まり返り、クラスメイト達の視線が私達に集中した。
な、何なのよ……?
何で何も言わずに突っ立ってるの……?
ま、まさか、やる気!?
わ、私とやろうっての……?
や、やってやろうじゃないの!
ケンカはしたこと無いけど、そっちが手加減してくれるならこっちは本気で相手してあげるわよ!!
そんな感じで密かに息巻いていると、薫子さんが葉月汐莉の前に立ちはだかる。
「祥子様に何か御用ですか?」
すこしトーンを落とした口調の薫子さんには妙な迫力があった。
元々クールな印象のある子だから、あんな冷静な感じでこられると少し怖い。
そんな薫子さんに詰め寄られたことで、葉月汐莉は体をびくっと震わせる。
あれ、吃驚してる?
バトルをしにきたんじゃないの?
何をしに……?
私がそう思ったときだった。
葉月汐莉はその瞳を大きく開け、口を真一文字に結ぶとはっきりと私の事を見据える。
そして、その場で地べたに膝を突き、頭まで床に擦り着けて大声を張り上げはじめた。
「け、今朝は本当に申し訳ございませんでしたー!!」
……へ?
……何これ?
な、何をしているの、この子……?
「私の不注意で、如月さんにお怪我をさせてしまって……。大変申し訳ございません!!」
ちょ、ちょっと、この子、……えと……、えっ!? ど、土下座をしているの? …ええっ!?
こんな皆の見ている前で……?
何これ、……嘘でしょ?
いやいやいや、何を考えてるのよこの子は!
この状況を見て、周りがどう思うか考えなさいよ! 完全に私が悪者じゃないのよっ! あんた私にどれだけ恥をかかせるのよ!!
と、とにかく、何とかしてこれを止めさせないと……。
「葉月様、今朝の事でしたら気にしてませんので、その仰々しいのを止めてもらえないかしら」
早くその土下座をやめなさい! さあ、早く! すぐさま立ち上がるのよ!!
葉月汐莉は、顔だけ上げてこちらを見ると。
「で、でも、今朝私がしたことを考えると……、いっぱい恥ずかしい思いもさせてしまったし……」
今もだよ!!
今、絶賛恥かき中だよ!!
それから、その話をほじくり返すんじゃないの!! 知らない人にまで知れ渡っちゃうでしょうが!!
え、なんなの……?
これがヒロインってやつなの?
ヒロインってこんな空気の読めない子なの?
確かにヒロインといえば天然キャラみたいなのが多いけど……。
天然キャラなんてギャグマンガの中だけにしておいてよ、こんなのやられる方は堪ったもんじゃないよ。
「その話はもう結構ですから、早くお立ちなさい――」
あ……!
私の頭の中に、さっきの千聖君と葉月汐莉が話している場面がよぎった。
ていうか、なに? さっき千聖君とこれを話あってたの?
二人が話をしていた直後に私の所に来たんだから、そういうことだよね?
ちょっと待って、じゃあ祥子ちゃんはこんな事をされて喜ぶ女だと思われてるってこと?
千聖君は祥子ちゃんをそんな女だと思ってるの?
だとしたら、それは酷い誤解だ。
祥子ちゃんはプライドが高くて嫉妬深いけど、人に土下座をさせて優越感に浸るような女じゃない。
悪役令嬢とは呼ばれても、そんな安っぽい女なんかじゃない。
……この誤解はだめだ。
この誤解だけは解かないと、あまりにも祥子ちゃんが可哀想だ。
あれだけ愛情を向けた相手に、こんな誤解をさせたままでは祥子ちゃんは報われない。
千聖君にそんな誤解があるのなら、なんとかしてそれを解かないと……。
そう思い、ちらりと千聖君の方に……。
「貴女がそうしていると祥子様が恥をかくのですよ、わかりませんか?」
そう言って薫子さんが葉月汐莉の腕を掴んで強引に立たせようとする。
「ご、ごめんなさい。私、ここの事とかよく分からなくて……」
葉月汐莉は腕を引かれながら、戸惑いをその表情に表している。
女同士で何を揉めているのか。
教室内はその好奇の目がそこに集中しているけど……。
私は自分の視線の先に安堵する。
私の目に映った千聖君の姿は、頭を抱えて首を振っているところだった。
……ああ、良かった。
どうやら私の杞憂だったようだ。
あの表情を見れば、千聖君がそんな事を言うはずがない事は一目瞭然だった。
私と祥子ちゃんが好きになった人が、そんな洞見の乏しい人なわけがなかったのだ。
千聖君と祥子ちゃんは昨日今日の仲じゃないから、それは当たり前なのかもしれない。
でもやっぱり私は、祥子ちゃんに良かったねと言いたくなる。
――だから言ったでしょ?
そんな声が私の心の中に聞こえた気がした。
私の心に突き刺さるその声の主……。
それはきっと、プライドの高いあの人のもなのだろう。
いつもお読みいただき有難うございます
けっこう書いたつもりでいたらまだ6話だったんですねぇ(´・ω・`)フッシギー
ブクマ、評価頂いた方、大変感激しております。励みになりまっす(∩´∀`)∩