57、いじわる神楽様
「用具のチェックをしておきたくてね」
怜史君はそう言ながら体育用具室の扉を開けた。
「それならそうと最初から仰ってくれれば宜しいのに」
怜史君の言われるままにここまで付いてきた私は、彼の後に続いてその体育用具室へと入った。
体育用具室というと、狭くて埃っぽくてカビ臭いというイメージが一般的だ。
どんな学校でもそこはそう変わらないと思う。
だけどそこは青華院学園。
そんなイメージは見事に払拭されるほど、この用具室は広くて清潔感に溢れていた。
「ごめんね。無理やり連れて来ちゃって」
用具室に入るなり、怜史君はそんな言葉を私に掛けてきた。
「それは構いませんけど。あちらの方は宜しかったのですか?」
「うん、あっちは人手が足りてるから大丈夫だよ。祥子ちゃんのやってた作業も葉月さんが続きをやってくれてるし」
「そうでしたか…」
汐莉さんが…。
大丈夫かな?
前に、アナログ人間だって言ってたような…。
学校のパソコン壊しちゃわない? 大丈夫?
「人手も余ってるし、ちょっと他の仕事も片付けてしまおうかってね」
怜史君はそう言って、一枚のプリントを私へと見せてくる。
「他の仕事ですか…?」
見ればそれは、競技に必要な用具のチェックリストだった。
これでチェックしておけば当日になって困らずに済むという代物だ。
「そんなに必要な物って無いんだけど一応チェックはしとかないとね」
そう言いながら、怜史君はチェックリストを指でなぞっていく。
さすが怜史君、用意周到だ。
私だったら当日になって泣いてるね。
あれが無い~! 何で無いの~! お兄様が隠した~!!
とか言ってね。
「そうですわね。でも、神楽様お一人でやるつもりだったのですか?」
「作業は分担した方が効率良いし…、それと」
怜史君はそこで一瞬、言葉を止める。
何だろうと私が彼の方に視線をやると…。
「ついでに祥子ちゃんを独り占めできるかなって思ってさ」
――!?
「なっ、ひ、独り占めっ!?」
「祥子ちゃんはいつも友達と一緒だからね。たまにはいいかなと思って」
「な、なな、何を仰ってるんですかっ!?」
「ははは。反応が面白いね、祥子ちゃんは」
なっ…!?
え、じょ、冗談!?
なんだ、びっくりした、冗談か…。
「か、神楽様、お、おふざけが過ぎますわ」
まったく、恥ずかし気もなくそんな台詞を……。
やめてよね。私じゃなかったらそれはもう大変な事になってるよ?
君の顔面は凶器といっても過言じゃないんだからね、その上そんな台詞を吐かれた日にゃ、そりゃもうそこらは死山血河の地獄絵図よ?
そこんとこ分かってんのって話ですよ、まったくもう。
ま、とは言っても私には効かないけどね!
全く、これっぽっちも効きませんから。
私くらいになるとあれよ? それくらいは軽くあしらって、それから…えと、逆にちょちょいっと反撃に転じるくらいの事は朝飯前なんだから。
そんじょ其処らの令嬢とは違いますから! 舐めてもらっちゃ困りますって話よ!
「ああ、ごめんね。最近の祥子ちゃんを見てるとついね」
つい、じゃないよ! ついじゃ!
「そんな、私の反応を見て楽しんでいるだなんて、最近の神楽様は随分と意地悪ですわ」
「えー、そうかな? 祥子ちゃんの気のせいじゃない?」
気のせいじゃないっ!
よーし、見てろ。
私を舐めると痛い目に遭うって事をね教えて差し上げますわ。
「いいえ、意地悪ですわ。これではまるで、好きな子にでも悪戯をするようではないですか」
ふふ、どうよ?
昔から男子を黙らせるにはこれが一番って相場が決まってるんだから。
これを食らった男子は『ば、ばか、ちげーよ!』とか言って顔を真っ赤にして逃げ出すっていうね、いわば魔法の言葉よ。
これならさすがの怜史君も――
「あー、そうかもしれないね」
「えっ!?」
怜史君はいつも通りの笑顔をこちらに向けてくる。
え、何、ど、どど、どういう事!?
そうかもしれないって…何!? 何なんだそれは!? つ、つまり、好きな子に悪戯してるって事…? え、わ、私の事を……!?
いやいやいや、それは無い。それは無いな。私は原作を知ってるからね。それは無いのは知っている。
じゃあこれは何だ!?
何だってんだ、おい。あれか、私で遊んでいるのか? 新しい遊び道具を見つけたってか?
私を遊び道具にするとあれだよ、なんか凄い天罰が下るんだよ?
いいの? 一日一回不幸な事が起こったりするよ? 地味な不幸がイケメンを襲うよ?
あとはあれだ、何か凄いお腹壊したりするよ? イケメンがお腹ピーピーになったらファンが幻滅するよ?
そんなのは嫌だよね?
だったらやめよう? 私を揶揄う遊びは即やめようね? ね?
「はは、そんなに驚かなくても冗談だよ」
く、くそう、やっぱり私で遊んでいる…。
「だ、ダメですよ、そういう冗談は。冗談でも本気にする子もいるんですからね」
そう、人は得てして自分に都合よく解釈をする。
傍から見ればそんなの冗談に決まってるじゃんってことも、いざ自分が言われてみると特別感を上乗せして耳に入れてしまう。人間というのはそういう悲しい生き物なのだ……。
だからイケメンは言動に注意をしなきゃいけないのよ!
いやまあ…、これは男女両方に言えることなんだけどね……。
「…………」
……?
なんだろう、この間は…?
何か次の手を考えてる…のかな?
ここで少しの間があって…。
「大丈夫だよ。祥子ちゃんにしか言わないし」
それから怜史君の口から出たのはそんな言葉だった。
また私で遊んでいるのかと思わせる様な、いつもの口調と、いつもの表情と…。
いつもと変わらない様な雰囲気の声。
そんな声なんだけど…。
それは、いつもと何処かがちがう。
何故か少し重たいような…。
そんな感じがしてしまった。
「わ、私にだけとか…、そ、そういう問題じゃないです」
「あれ、ひょっとして冗談じゃない方が嬉しかった?」
怜史君はニコリとした笑顔でそう言った。
「か、揶揄うのはやめてください」
暖かくて、柔らかくて。
人を幸せな気持ちにするような笑顔。
その笑顔にどんな意味があるのか。
怜史君の声を聞いた私は少し気になってしまった。
「さ、そんな事よりやる事やっちゃおうか」
「は、はい…」
そんな事よりって、あなたが言い始めたんですよ、あなたが。
振り回される私の身にもなりなさいっての。
まったくもう。
「祥子ちゃん、チェックしていくからリストを読み上げていってくれないかい?」
「わかりました」
そこから怜史君と私で淡々とチェック項目を埋めていった。
私がリストを読み上げて、怜史君がそのリストの物を確認していく。
実に簡単な作業だ。
なんせ私は書いてある事を読み上げるだけだからね。
そんな簡単な作業をやりながら思う。
これ絶対一人でも出来たよねって。
私いらなかったよねって…。
ああ、あれか。一人で寂しかったとかそういう事なのかな?
確かにこんな所で一人で作業するのは寂しいよね。
うんうん、わかるよ。私もこんな所に一人にされたら、ほんのちょっとだけ怖いもんね。
そうかそうか、怜史君も怖いのか。
だから私を揶揄うんだな。しょうがないなぁ、まったくぅ。
もう、それならそうと正直に言ってくれれば、付き合って差し上げても構いませんのに。
素直じゃないなぁ、怜史君は。ほほほ。
……。
なんて…、まあそんなわけ無いよね。
ちょっと仕返しで言ってみい事を考えてしまったね。
小心者だから言えないけど。
ま、今に見ていろって話ですよ、ふんっ。
「――これで以上です」
「ああ、もう終わりか。あっという間だね」
ほんと、あっという間だったな。
チェック項目も少なかったし、読み上げてるだけだし。
何て事はない簡単な作業だ。
それはタイピング作業なんかより簡単で…。
簡単なんだけど。
でも、タイピングよりもずっと楽しい作業だった。
あれだな、誰かとやる作業っていうのは意外と楽しいものなんだな。
何か初めて知った気がする…。
引き籠ってキーボード叩いてる時には分からなかった事だからね。
そういう意味ではちょっと感謝してもいいかも?
……。
ひょっとすると、怜史君は私に気を使ってここに連れてきたのかな…?
いやまさかね……。
でも、そんな都合の良い事が頭を過ぎったりするのだった。
「では、教室に戻りますか」
用事も済んで、千聖君の待つ教室に戻ろうかと思った。
だけど…。
「んー。そうだね」
怜史君はそう言いながら、ある場所を見つめていた。
「どうかしたんですか?」
その視線の先には、バスケットボールが収納された大きな籠。
怜史君はそのボールを一つ手に取った。
「祥子ちゃん、憶えてる? 初等部の頃にバスケの授業あったよね」
その手に取ったボールを一つ地面につくと、怜史君はそんな事を訊いてくる。
「そういえば…、ありましたね」
薄っすらとした記憶の中に、初等部の頃の私たちの姿が浮かび上がった。
確か、その時はクラス対抗で試合をしたんじゃなかったかな。
それで……、んー、何だっけ?
なんか千聖君と怜史君が活躍してたような…。
「あれ、あんまり憶えてない?」
「えっ、い、いえ、今思い出している所で……。その…、試合をしたんですよね?」
「そうそう、クラス対抗でね。それで僕たちのクラスが優勝したんだけど、憶えてないかな?」
そう言うと、怜史君はボールをひょいっと指の上に乗せ、クルクルと回転させ始めた。
「そ、そうでしたっけ? そういえば、そんな事もあったような……」
優勝したの…!? けっこうな大事じゃない!
何でそんな印象的な事が記憶に薄いんだろ…?
祥子ちゃんにとっては、どうでもいい事だったのかな?
「実はあれが、僕がバスケをやるきっかけだったんだよ」
「そうでしたか…。そういえばバスケ部に入ってましたね、千聖君と一緒に」
怜史君は中等部の頃、千聖君と一緒にバスケ部に所属していた。
二人は同じ地区の中学では知らない人はいないくらい注目されていて、三年の時には全国大会の予選で決勝戦まで行くほどの選手だった。
この辺りは原作でも少し触れていて、試合会場が二人のファンで埋め尽くされて大騒ぎになったという事も描かれていた。
高等部に入ってからは二人はバスケはしていない。
何で二人はバスケをやめてしまったのか。
決勝で負けた事で燃え尽き症候群になっちゃったのか、その辺の詳しい事は原作でも謎のままなのだ。
「そうそう、中等部で千聖を無理やり誘ってね」
「――え? 神楽様が誘ったのですか?」
「ん? そうだよ。知らなかった?」
「ええ、知りませんでした。何だか、意外な気がしますね」
てっきり逆だと思っていた。
二人の雰囲気を見てると、千聖君の方が怜史君を誘う方が自然な感じがしていたのだけど…。
「そう? 割と僕が振り回す方が多いんだよ。千聖はああ見えても根は優しいからね、いつも渋々言いながら付き合ってくれるよ」
「そ、そうだったんですか……」
千聖君の方が振り回されてるのか…。
私の知らない千聖君の一面。
千聖君の事なら何でも知っていると思っていたのに、他の人からそれを聞かされるとは…。
いや、何でも知っているっていうのは自惚れが過ぎるんだけど。
自惚れ過ぎなんだけど……。
やっぱりちょっと悔しいと思ってしまった。
「そういえばあの時も、僕から言い始めたっけ」
指の上で回していたボールを両手で掴むと、怜史君は此方を向いてそう言った。
「何がですか?」
「勝負だよ。クラスの対抗試合で、千聖とどっちが点を取れるかって。思い出せない? 祥子ちゃんもこの勝負に関わってるんだよ」
「え、私が…?」
私が関わっている…?
そんな事があったような、無かったような……。
祥子ちゃんの記憶の中には、その時の事は朧気にしか残っていない。
何でだろう…。
興味無かったのかな?
そんな事は無かったと思うんだけど……。
「僕が言いだして、千聖がそれに渋々乗ってきて。そしたら祥子ちゃんが勝った方に賞品を出すって言いだしてね」
「私が賞品を…?」
「あまり乗り気じゃない千聖をその気にさせたかったんじゃない?」
それは、私と千聖君と怜史君の幼い日のやりとりだ。
幼馴染だった三人は、そうしてよく遊んでいた。
よくは思い出せないけど、怜史君の話を聞いているとそんな姿が目に浮かんでくる。
そして…。
目に浮かんでくると、その続きが気になって。
「ごめんなさい、少し記憶が曖昧なのですけど…、その賞品というのは何だったのですか……?」
そう訊ねてみると。
「ふふ。さて何でしょう?」
くすりと笑う怜史君からそんな答えが返ってきた。
「な、何ですかそれ!?」
「忘れてた罰として、思い出すまで秘密にしとこうかな」
「そ、そんな。意地悪ですわ」
「ははは」
怜史君は少し意地悪だけどどこか無邪気な、そんな暖かい笑顔をこちらに向けてくる。
それはまるで子供の頃に戻ったような。
そんな幼馴染の顔だった。
それにしても…。
うう、気になる……。
いつもお読み頂きありがとうございます\( 'ω')/
ようやく57話目を投稿できました…。久しぶりなので忘れられていないか心配です('A`)
今回は神楽様回でしたが、如何だったでしょうか。
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ではまた次回にお会い致しましょう('ω')ノ




