54、林の中の声(前編)
パワースポットを求めて学園の敷地内を散策する私たち四人。
弓道場の裏手にある祠は条件に合わないということで、次の候補地へとやってきた。
千聖君が予想したパワースポットの場所は三つ。
ここはそのうちの一つ、使われなくなった焼却炉だ。
昔はどこの学校にも存在した焼却炉。
一時、ダイオキシンがどうとかってマスコミが騒いだおかげで、学校の焼却炉はその姿を消してしまった。
しかしこの青華院学園は歴史も古くマスコミから批判される事もあり、使われる事は無いけど今もこうして処分されずに残っているのだ。
「焼却炉というものを初めて見ましたね」
「私もですわ」
薫子さんと晴香さんが焼却炉を見た感想を漏らした。
私は前世で見た事あるけど、この子たちには縁遠いものかもしれない。
さすがにこれでゴミを燃やしてるところは見た事ないけどね。
でも、昔はみんなこれを使ってたかと思うと何やら歴史のようなものを感じてしまう。
ふむ…。
そう思うとこんな焼却炉でも味があるような気がしてくるね。
「それにしても、なぜ学校でゴミを燃やしていたのでしょう…?」
皆がその焼却炉に見入っていると、晴香さんがポツリと疑問を溢した。
「んー、経費削減…かな? 公立の学校とかは予算を出来るだけ削りたいだろうし……」
汐莉さんは顎に指を当てて思案するような仕草でその晴香さんの疑問に答えた。
「なるほどぉ。では今は削れなくなってしまったのですわね…」
おっと、晴香さんが踏み込んではいけない所に踏み込もうとしているよ。
「そういう事になるのかな…?」
「ところで学校でゴミを燃やして何か被害が――」
「皆さん、ここは違うようなので次に参りませんか?」
晴香さん、その先は言わせないよ。
「そうだね。ここは条件とは全然違うみたいだしね」
「わかりました。移動しましょう」
思いは同じなのか、私の言葉で皆は早々に移動を開始した。
それはもう足早に。
「もう、何ですの皆さん。私を置いて行かないでくださいまし」
そして、少し遅れて晴香さんが私たちの後を追ってくる。
こうして私たちは次の場所へと向かった。
☆
次に私たちがやってきのは学園敷地内の外れにある林の中。
たぶん誰かが手入れしているのだろう。
木々が適当な間隔で植えられていて、雑草は適度に刈られている。
陽の光が木漏れ日のように差して、ここだけ他より少し涼しい。
気持ち良い所だな…。
木の匂いが心地良いし、何というかここの空気だけ味が違う気がする。
何だろうねこれ。マイナスイオン的な何かが私を癒しているみたいだよ。
よし、これからは辛い事があったらここに来よう。
そしてアラサーOL張りに疲れ切った心をここで癒してもらうのだ。
いやあ、素晴らしい所を教えてもらったね。
これには汐莉さんたちも同じ気持ちになったようで、三人は一様に喜々とした声を上げる。
「わあ、自然がいっぱいだね。こんな場所があったなんて知らなかった」
「静かで良い所です。まさに穴場というやつですね」
「ほんと良い所ですわぁ。こんな良い所ですのに誰も知らないなんて不思議ですわね」
確かに晴香さんの言う通りだな。
何でこんな良い所を誰も知らないんだろう…?
学園の敷地の外れにあるから目立たないのかな?
この学園広いからなぁ、隅々まで知ってる人なんていないよね。
隠れ家的なレアな場所か、何か良いね。
ん…?
だったら千聖君は何故こんな所を知っているんだろう?
高等部に入ってからまだ二カ月ほどしか経ってないし…。
こんな所を訪れる用事なんて……、無いよね…?
あら千聖君、君は私に隠れて何をやってるのかしら?
何かやってるの? 私に黙って何をしているの?
私に知られちゃいけない何かがあるの?
そこの所をちょっと説明してもらおうじゃない。
さあ観念して全てを白状なさいっ。
むきー!
……みたいなやり取りをちょっとやってみたいよね。
で、そこから『実は…』とか言って私へのサプライズがドーン!…みたいな?
うきゃー!! 良いねぇ! これ良いねぇ!
「――良い所だけど…。ここで何かを見てってのは無さそうだよね……?」
私が妄想に浸ってると、汐莉さんがそう口にした。
おっとパワースポットだったね。
いかん、いかん。
ついつい思考が脱線してしまいそうになるよ。
「そうですわねぇ。ここが一番パワースポットという感じがしますのに…」
晴香さんが言うように、確かにここが一番パワースポットっぽい。
体内の毒が抜けて運が上がりそうな雰囲気はある。
でも、条件と合わない。
ということは…。
「ここも違うという事ですか……」
薫子さんがそう言いながら小さく溜息を洩らした。
そういう事になるよね…。
うーん、千聖君の予想が外れたかな…?
……。
いやいや、それは無いな。
千聖君が予想を外すなんて、そんな事があるわけが無いって話よ。
なぜなら彼は絶対だからね。
絶対よ、絶対。
ふふふ、私は信じてるよ千聖君。
「うーん、ここもダメかぁ…。橘君の予想が全滅だね」
「え~、橘様でも間違える事があるんですかぁ?」
「橘様もあくまで推測だと仰ってましたからね」
いやいや、君たち。
無いから。
千聖君が予想を外すなんて無いから。
「皆さん、まだそうと決まったわけでは……」
「やっぱりもっと別のとこなのかな?」
「でも他に思い当たる場所なんてありませんわよねぇ」
「もう一度、橘様にお訊きしにいくというのはどうでしょう?」
ちょっと君たち。
決まってないっつってんでしょ? ちゃんと聞きなさいよ。
あと汐莉さん。
その、やっぱりってのは何?
何あなた、最初から疑ってたの?
え、何? 千聖君にディス?
おいおい許さないよ?
そんな輩には令嬢ビンタをお見舞いしちゃうかもよ?
「そうだね。でも、橘君ほかに条件に合いそうなとこ知ってるかな?」
「そうですわねぇ…」
「しかし他に手もありませんしね…」
ぬぅ、こ奴ら…。
まだ決まってないってのに…。
「ねぇ皆さん。その前にもう少しこの辺りを見て回りませんか?」
――この辺りを見回りながら、千聖君の素晴らしさを五時間くらい語ってやろうかと思ったその時だった。
遠くの方に女の子の声が二つ。
まるで喧しく鳴く鳥のような声が私たちの耳に届いてきたのだ。
「……何だろう?」
その声に真っ先に反応したのは汐莉さんだった。
「何でしょうかね……」
私はそう答えながらその雰囲気を察していた。
あの声の雰囲気は…、だいたい分かる…。
「何だか言い争っているみたいですわね」
「そのようですね…」
晴香さんと薫子さんが言うように、あの声の感じは明かに揉めている。
人がいなくて静かな所だから、その空気感みたいなのがここまでよく伝わってくる。
そんな空気を察知した私たちに少し緊張が走った。
「何かあったのかな? ちょっと見に行ってみる?」
――約一名。汐莉さんを除いて。
いやいや、ちょっと。何で見に行くとかって発想になるの!
ここは巻き込まれないようにするべきなんじゃないの?
あなたのトラブル体質の原因はそういうとこだと思うな、私は!
「気になりますね。話が聞こえる所まで行ってみましょうか」
ちょっ、薫子さんまで…。
不味い…、この流れは凄く不味い……。
「皆さん、あまり変な事に首を突っ込むのはよした方が…」
「気付かれないように遠くから様子を窺うだけだし、大丈夫じゃないかなぁ」
汐莉さん、そういうのをフラグって言うのよ。
うう、やだ。
どうせまた私が矢面に立たされるのよ。そしてこの子達は何もしないのよ。いつものパターンだよ、ちくしょー。
「幸いここには隠れられる木が沢山ありますからね。何を話しているのか窺うには打って付けです」
「なるほど、それでは見つかる事はありませんわね」
薫子さんと晴香さんも乗り気になっているみたいだけど…。
ダメだ、全部フラグにしか聞こえない。
「祥子さん。ちょっと行ってみようよ」
やだぁ、行きたくないぃ!
どうせこの後、碌なこと無いのぉ!
やだやだやだぁ!
「は、はい…」
うう、ノーと言えない悪役令嬢…。
自分が情けない……。
「はしたない真似はおやめなさいと言っているんです!」
会話の内容が聞こえるところまで近づいてきた私たち。
木陰に隠れて聞き耳を立ててみると、その声の主たちの言い争う声は近づいた事でより一層大きく聞こえるようになった。
「関係ないですよね! ほっといてくれますか!?」
木の陰から見るにそこにいるのは女子生徒が五人。
どうやら三対二の構図のようだけど、主に言い争っているのは二人だけ。
その二人というのは、ていうかそこにいる人たち全員…。
「……全員うちのクラスの生徒ですね」
薫子さんが呟くようにそう言った。
「あ、桜井さんたちだ…」
そう汐莉さんが言うように、そこにいたのはパーティーでドレスを貸してあげた桜井さんと雨宮さん。
そしてその二人と言い争っているのは、確か…天童さんだったかな?
それから……、ごめんなさい後の二人は名前を憶えてないや。
とにかくその五人が、なにが原因かはよく分からないけど、さっきから声を張り上げて争っている。
特に桜井さんと天童さん。
この二人が争いの中心になっているみたいだ。
「迷惑だから言っているのですが? どうやら外部の方にはお解りにならないようですわね」
「外部外部って分けないでもらえますか!?」
「でしたら相応の振る舞いをなさい! まったく、これだから外部は」
うわぁ…。凄いケンカしてる……。
ああ、ダメだ…。
人の争ってる声聞くと、心臓が苦しくなってくる……。
二人とも、ケンカはやめよう?
ねぇ、もうやめようよ。
争っても良い事なんてないって。
ほら、こんなに自然がいっぱいだよ? マイナスイオンもいっぱいだし。ほらほら、あんなに小鳥さんもさえずってる。
ね、だからやめようね。こんな所でケンカはやめようね。
ていうか本当にやめよう。心臓に悪いから。
「そんなに外部が嫌なら関わらなきゃいいでしょ! 絡んでこないでください!」
「クラスや学校の品位が貶められて黙っていられるわけありませんわ!」
ま、まずい…。
どんどんヒートアップしている……。
「ねぇ、あれって止めたほうがいいんじゃないかな……?」
汐莉さん、なぜそれを私に訊く?
私に止めろってか? あれを?
ちょっと何言ってるか分かんないんですけど?
「確かに、あのままでは事が大きくなってしまいそうですね…」
薫子さんまでっ!?
か、隠れて見るだけって言ったじゃんっ!
約束が違うでしょ! 約束が!
「祥子様、このままですとクラスの中にも影響が出かねませんね」
「そ、そうですね……」
うう、確かに…。
この諍いのせいでクラス中がギクシャクしだす可能性もある……。
「ええ、大袈裟ではありませんかぁ? 放っておけばそのうち収まるかもしれませんわよ」
お、晴香さんが良い事言った。
多少無責任な感じはしなくもないけど、確かに事を大袈裟にしてしまったら収まるものも収まらなくなってしまうかもしれないもんね。
やっぱり、ここは静観するべきだよね!
「晴香さん。あなたは単に関わりたくないだけでしょう」
え、やっぱりそうなの?
「そ、そんな事ありませんわよ。薫子さんこそ面白がってるだけなんですわ」
え、そうなの?
薫子さん、そうだったの!?
「まったく晴香さんは何を言っているのやら――」
「そもそも、あなたみたいなのに纏わりつかれては祥子様も迷惑いたしますわ!」
――その声が薫子さんの言葉を打ち消した。
それは天童さんのもの。
急に飛び出した私の名前に、私たちは一斉に言葉を失った。
そして、それを聞いたせいで私は彼女たちを無視できなくなってしまったのだ。
「如月さんはそんな人じゃありません! 勝手な事言わないでください!」
私だ…。
細かい経緯は分からないけど、少なくともあの諍いに私が絡んでいる。
そんな予感がする……。
「祥子様、どうしますか?」
同じ事を思ったのか、薫子さんは神妙な顔で私にそう訊いた。
うう…。
そんな顔で見ないで……。
「……い、行きましょう」
わ、私が関わっているんだとしたら、とりあえず話だけでも聞かなきゃいけない……。
そ、そうだ。
話をするだけよ。
何もケンカをしに行こうというわけじゃない。
ケンカをするわけじゃないんだから。
このうるさい心臓をどうにかしてほしい……。
いつもお読みいただきありがとうございます(/・ω・)/
大変長らくお待たせしてしまい申し訳ないです…。早く書かねばと思いながら今日に至りました…。
次こそは早く更新いたします! なんと次話は明日の更新を予定です! 明日ですよ明日! 超早い!!
いや、もう殆ど出来てるんですが…。明日までには何とか仕上げられるよう頑張ります…。
では皆さま、また明日お会いしましょう(;´・ω・)ノ
評価、ブクマ等、頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします_(._.)_




