49、友達の証
橘の屋敷を逃げるようにして飛び出した私は、一目散に自宅へと帰ってきた。
そして、誰とも顔を合わさず、誰とも話さず、朝食も摂らず。
一刻も早くその身を隠せるところまでダッシュした。
そして現在。
自分の部屋に引きこもって毛布の中にくるまっている。
「見ーーらーーれーーたーーーー!!!」
毛布の中でありったけの声を出して叫んで、なんとか羞恥心を誤魔化す。
でも、そんな事で誤魔化されるはずもなく。
足をバタバタさせながら身悶えしていた。
にゃぁぁぁ……!!
見られたぁ…、見られた見られたぁぁ……。
見られたよぉ……。
何で!? 何で私ばっかりこんな事が!?
ああ、あんなバカな事やってないでさっさと風呂から上がって服を着てればよかったぁぁ。
うう…、見られたよ~~。
見られちゃったよ~~~。
どうなの~? どうなのよ、それ~!?
いや待って、いくらお約束って言っても、私令嬢よ?
令嬢にこんなお約束いらないでしょ?
そんな令嬢見た事ないし!
はい、やり直し!
ちょっと時間を戻して! やり直しよ、やり直し!
やり直し……。
やり直し…出来ない……。
はぁ……。
千聖君……、どう思っただろう……。
…………。
あ、でも千聖君も男の子だから?
やっぱりその、嬉しかったり…するのかな?
嬉しいよね? 嬉しいでしょ!? 嬉しいと言いなさい! そして私に悩殺されろ!
こ、こほん…。
ま、まあ、喜んで頂けたなら、何かが報われた気がしないでもない…ような…?
ふむ…。
ここはちょっと考え方を変えてみよう。
これはあれよ、前借りみたいなものよ。
よくよく考えてみたら、結婚したら毎日見られる訳じゃない?
だからこれはその前借りをしたようなものと考えると……。
えっ!? 毎日見られるの!?
うわ~~~。うわ~~~。
ま、毎日なの~~~!?
千聖君えろい~~~~!
しょうがないな~~、じゃあ、しょうがないな~~~。
千聖君がエロいなら私も敢えてエロくなってやろうじゃないか。
うひゃぁぁ~~~。
敢えてよ、敢えて!
ひゃ~~~。
そこから暫く、毛布の中で足をバタバタさせながら身悶えしていた。
そこへ、ドアをノックする音が部屋の中に響く。
コンコンとさらに二回。
特に返事をせずにやり過ごそうとしていると、外から私に呼びかけてくる声が。
『お嬢様、お休みですか? お嬢様にお客様がお見えですが』
もう、良いとこなのに何なのよ!?
まったく、邪魔しないでよね。
「……お見えになっているのはどなたですか?」
『それが、橘様と…――』
「きゃああ!!! い、いいい、居ないって言ってぇぇ!!」
な、何で!?
何で来ちゃうの!?
さっきあんな事があったんだから、今は顔を合わせ辛いとか思わないの!?
こんな心の準備も出来てない状態で会えるわけないよ。
ここは、大人しくお引き取りを――
『いえ、それが――』
その言葉が言い終わる前に、私の部屋のドアがガチャリと開かれる。
「ちゃんと居るじゃないか。居留守を使うなよな」
「――ぬぁっ!?」
開かれたドアから顔を見せる千聖君。
私はそれを見て、慌てて毛布の中に頭まで潜り込んだ。
「お、おい…」
「な、ななな、何で入って来ちゃうんですか!?」
入ってきて良いなんて言ってないのにぃ!
女の子の部屋に勝手に入っちゃダメでしょ!
まったくもう!
しかし、千聖君から返事が返ってこない。
な、何この沈黙…。
毛布の中に潜ってしまったから千聖君が何をしているのか分からないんだけど。
ん……?
足音が近づいてきてる?
「……ああ、その。さ、さっきは済まなかったな」
「…………」
毛布の隙間から、ちょっと千聖君を覗き見してみた。
おお近い!
ベッドのすぐ側まで来てるよ!
「祥子が入ってるって知らなかったもんだから……。お、俺の不注意だった……」
毛布の隙間から見える千聖君の顔は、照れているような少し頬を染めたものだった。
ばつが悪い顔というのだろうか……。
何だか…、それが妙に可愛かった。
私の為にこんな顔をしてくれているんだと思うと、嬉しくてこそばゆくなってくる。
「……だから、そろそろ……、ん? お前、隙間から覗いてないか?」
バレた!!
「おい、出てこい。その毛布を引き剥がすぞ!」
そう言いながら千聖君は私の毛布を引っ張ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「いいから顔を見せろ」
「やーめーてー」
必死に抵抗をするも千聖君の力に適うはずもなく。
虚しくもあっさりとその毛布は引き剥がされてしまった。
「ああ、毛布が! な、何をするんですか!?」
「お前がいつまでも隠れてるからだろ」
「だ、だってそれは千聖君が……」
「だからそれに関してはさっきから謝ってるだろう!」
ええ…。嘘でしょ…?
そ、それは謝ってる人の態度じゃない気がするんだけど……?
芸能人だったら袋叩きよ、そんなの……。
少し興奮気味だった千聖君はすぐに冷静になり、コホンと一つ咳払いをした。
「ああ、いや…。そうじゃなくて……。隠れてるんじゃなくて、ちゃんと顔を合わせて話そうって事だ……」
「は、はい…」
私の返事を聞いた千聖君は、ベッドの端に座って私と目線を合わせてくる。
「……改めて、さっきは済まなかった。本当にお前が入ってるって知らなかったんだ」
そう言って真剣な顔をして謝ってくる千聖君。
そんな真剣な顔をされると…。
さっきまで如何わしい妄想をしていた自分が恥ずかしくなってくるんだけど。
「実はあの時――」
「千聖君」
私は千聖君の目の前に手を翳し、彼の言葉を遮った。
「そんなに謝らないでください。私は別に怒っているわけじゃないですから」
だからこの話はもうやめましょう。
あんまり掘り下げられるとあの時の記憶が蘇ってくるからね。
「そうなのか? でも、嫌な想いをさせてしまったんじゃないか?」
「恥ずかしくはありましたが……。見られたのが千聖君だけですから、嫌な想いはしておりませんわ」
結婚したら毎日見られるしね。
「いやしかし……」
「あら、千聖君は嫌な想いをされたのですか?」
「はっ? いや、そんな訳ないだろ」
「でしょう? では誰も嫌な想いをしていないということで、むしろウィンウィンです」
ちなみに、どう思ったのかは訊きたいところではあるけども。
それは恥ずかしくて訊けない小心者な私…。
「ウ、ウィンウィン…? それは違う気がするぞ…? 少なくともお前は勝ってないんじゃないか?」
「細かい事は良いのです。そういう訳ですから、これでこの話はお終いに致しましょう」
「そ、そうか…。祥子がそれでいいなら……。何か拍子抜けするな」
千聖君はふうと一つ溜息のような物を吐いた。
「その気持ちだけで私は嬉しいですよ。こうして態々来てくれたのですから」
「ああ、祥子…。実はお前に謝りたいのは俺だけじゃないんだ……」
「へ?」
な、何?
まだ何かあるの?
その前置き怖いからやめてくれない?
「連れてきてるんで、ここに呼んでいいか?」
「は、はい…。えと、どなたですか?」
千聖君は何も言わずにすっくと立ちあがると、ドアの方へすたすたと歩き始めた。
そして部屋の外にいる誰かに入るように促すと、その誰かが私の部屋へと入ってきた。
「あ、あの、祥子さん……」
それは、私が貸したドレスを手に持った汐莉さんだった。
そして。
とても申し訳なさそうな顔をしながら、部屋に入ってくるなり頭を下げて――
「本当にごめんなさい!」
――大きな声でそう言った。
「え……?」
☆
いつまでもベッドの上にいる訳にはいかないので、場所をベッドからソファへと移した。
汐莉さんとと向かい合って座り、その様子を千聖君が立ったままで見守っている。
座らないのは私たちの邪魔にならないようにだそうだ。
そして私は汐莉さんから事の顛末を聞く事となった。
ドレスの肩紐が切れた事。
それで千聖君から替わりのドレスを借りた事。
私がお酒で倒れちゃったので、橘邸に泊まって朝になってから謝ろうと思ってた事。
汐莉さんは本当に申し訳なさそうに、昨日の事を説明してくれたのだった。
「そうですか…。それは災難でしたね」
「祥子さん、私の不注意で本当にごめんなさい!」
汐莉さんは深々と頭を下げながら私に謝罪をしてくる。
その声からは、汐莉さんが心から謝っているのが感じ取れた。
しかし、そんな汐莉さんとは裏腹に、私の心の中は雲が晴れる様な思いを感じていた。
謝りたいってこういう事だったのね!
いやいや、そうじゃないかと思ってたのよ。
まったくもう、紛らわしい話をしないでよね。
二人で謝るって言うから、ちょっと変な想像しちゃったじゃない。
いや、信じてたよ? 私は信じてたけどね! でもほら、コンプライアンスとか色々あるじゃない? コンプライアンスとか…。コンプライアンス……? コンプライアンスって何?
「切れた所がハサミか何かで切ったような痕だった。誰かに切られたんだろう」
ここで、ソファの横に立って話を聞いていた千聖君が口を挟んできた。
切られたというなら穏やかな話じゃなくなってくる。
そう思いながら、私はドレスを手に取り――
「誰かに……。そういえば、妃花さん達と何かを話されていましたね」
その切られた箇所をじっと見つめながらそう言った。
「ううん、私がもっと注意していれば良かった事だから……」
「汐莉さん……」
こんな事されてるのに…。
さすがヒロインは良い子だね…。
「祥子さん。あの、このドレスは弁償するので、少し時間が欲しいというか…」
おっと、何を言い出すんだこの子は。
高校生のバイト代だったら、たぶん半年以上は働かないと払えないくらいの値段だと思うよ?
「汐莉さん、弁償なんてしなくてもこれくらいならすぐに直せますよ?」
「で、でも完全に元通りにはならないよね……?」
「……いえ、切られたのはこの肩紐の部分だけですから。肩紐を変えるだけなのに弁償なんて頂けませんわ」
「でも、祥子さんの大事なドレスを傷つけてしまったし…」
「この程度の事で大袈裟です。そんなに気に病む事ではありませんよ」
「じゃ、じゃあ、その肩紐の代金だけでも……」
うーん、どうしよう。
汐莉さん意外と頑固だな…。
私はあんまり友達同士でお金のやり取りってしたくないんだよね…。
うーん……。
ちらりと千聖君の方を見ると、千聖君も私の方を見ていた。
まるで私がどうするのかを窺っているような、そんな表情でこちらに視線を送っている。
え、何?
ひょっとして私なら上手く収められるとか思ってる?
買い被ってもらっちゃ困りますよ?
ああ…、ますますどうしたら良いか分からなくなってきた……。
ええと、このドレス……、弁償……、どうしよう……、どうすれば……?
どうする…?
ドレスを…、どうする!?
ん……?
あ、そうか。
こんなドレスがあるからいけないのか。
うん、そうだよ。こんなドレスは無ければ良いんだよ。
だったら――
「汐莉さん……、あなた大学は青華院に進学されるのですか?」
「え…? あ、うん。そのつもりだけど……」
「そうですか…。では、このドレスは汐莉さんにプレゼントします」
だったら、汐莉さんにあげてしまえばいい。
「ええっ!? な、何でそうなるの!?」
私の言葉に素っ頓狂な声を上げる汐莉さん。
「青華院にいる間はこういうパーティーはつきものです。汐莉さんもドレスの一着くらい持っていた方が、この先の事を考えるとそちらの方が良いと思うのです」
「で、で、でも、貰うのは無理だよ祥子さん!」
まあ、そんな反応になるよね。
でもこれをどうにか納得させないとこの話はいつまでも終わらない。
「これは我ながら妙案だと思うのですが…。どうですか? 千聖君」
「そうだな……。お前が言いださなかったら俺が買い取ろうかと思ってた」
「ちょ、二人とも何言ってるの!?」
千聖君と意見が合ってた。
むふっ。
「あら汐莉さん、お友達にプレゼントを贈るのはごく普通のことだと思うのだけど」
「いやいやいや、こんな高価なの贈らないよ!」
「そんな大袈裟に仰るほど高価なものではないのですが……」
多分かなり高価なものだ。
祥子ちゃんがそんな安い服を身に着けるわけないからね。
でもここは押し切る!
「そ、それは祥子さんたちにとってはって事だと思うんだけど…」
「私たちにとってはかもしれませんが、負担という事で考えれば同じことではありませんか?」
「そ、そうかもしれないけど……、それでもやっぱり私には貰えないよ」
むぅ、なかなか頑固だな……。
まあ、『あざす』とか言ってあっさり受け取られても困るんだけど。
このままでは堂々巡りになりそうなので、私は少し違う提案をする事にした。
「そうですか……。では、プレゼント交換というのはどうですか?」
「プ、プレゼント交換…?」
「はい、お互いに贈りたいものを贈り合うのです。前々から一度友達とそういう事をしてみたいと思っておりました」
「え、いやそれでも無理だよ。私このドレスに見合うものなんて贈れないから」
私も前世だったら同じような反応をしただろうな。
でも逆の立場になったら、自分の厚意を受け入れてもらえないのは何だか悲しさを感じるよ。
「見合うかどうかが値段で決まるのですか? それでは私は汐莉さんと一生プレゼント交換が出来ないことになりますよ。それでは寂しいじゃありませんか」
「う…、そう言われると……」
「汐莉さん、暮らしてきた環境が随分と違いますから感覚の違いがあるのは分かります。どちらの感覚が間違っているという事は無いのでしょう。でも、価値観の共有は出来ると思うのです」
「価値観の共有…?」
「はい、私と汐莉さんだけの価値観です。値段なんて関係ない、友達の証みたいなものですよ。素敵じゃないですか?」
「た、確かに素敵だけど…」
「何ですか? 何か不満でも?」
「ああいや、そうじゃなくて! 何だか私には勿体無い話のような気がしてきて…」
「汐莉さん、勿体ないなんて言ってはいけませんわ。あなたが自分を卑下すると悲しくなります。それに、それほど大した事なんてしていないのに大袈裟ですわよ」
「祥子さん……」
私の言葉に汐莉さんは目に涙を浮かべている。
汐莉さんはその涙が零れないように、指先でその涙を掬った。
そして、涙の替わりにくすりと笑みをこぼすのだった。
「どうかしましたか…?」
「ふふ。大した事してないって、橘君と同じこと言うんだなって思って」
ん?
「あ、あら。千聖君とどんな話を?」
「昨日ね、橘君に助けてもらったお礼を言ったら、同じように大した事してないって」
ほ、ほう…。
千聖君が私と同じ事を……。
そ、それは、私たちが似た者夫婦だと……言いたいのかしら?
どうなの? その辺どうなの!?
千聖君、どうなの!?
私は期待を込めて千聖君にちらりと視線を送る。
すると彼は溜息を吐くように口を開いた。
「そんな事は今はどうでもいいだろ。それで、話はついたのか?」
どうでも良くないですぅ!
大事な事ですぅ!
「うん、私また祥子さんに甘えちゃうけど、何か飛び切りのプレゼント考えて祥子さんに贈るね!」
勝手に話変えないで!
もうちょっと私と似てるってところを掘り下げてよ!
「あ、あら、それは楽しみですわ…」
もうプレゼントとかどうでもいいから、さっきの話をしてくれない?
それが私にとっては一番のプレゼントよ。
「じゃあ、これでこの話は終わりだな」
あう、終わらせないで…。
ぬぅ……。
ま、まあ、これで一件落着するなら良いんだけどね。
汐莉さんも嬉しそうだし。
でもね。
この件を終わらせても、まだ終わらせちゃいけない話が私にはあるのよ!
「いえ、まだです……」
私のその一言に二人は言葉を止めて私に注目した。
「どうした、まだ何かあるのか?」
「ええ、まだ大事な話が終わっていません」
私はずっとモヤモヤしていた事があった。
この話を聞いた時からずっと。
「だ、大事な話? もう全部終わったような気がするが?」
「このドレスを見た時から気になっていたのですが…。このドレス、肩紐で服を支えているんですよね」
そう言いながら、ドレスの切れた肩紐部分を指でなぞった。
「そうだな……。それがどうかしたか?」
「祥子さん…?」
「これが切れると、服が落ちちゃうと思うんですよ。服を支えられませんからね……。千聖君……、見たんですか?」
千聖君は一瞬動きを止めた。
「……いや、不可抗力だからな。見ようとして見たわけじゃ――」
「見たんですね?」
また千聖君が一瞬動きを止める。
「ちょ、ちょっと一旦待って冷静になれ。そこは重要な事なのか?」
「重要ですよ。千聖君は私だけでは飽き足らず汐莉さんまで見たわけですからね」
「おい待て! 語弊のある言い方をするな!」
「ええ! 橘君、祥子さんのも見たの!?」
「ほら、『も』って言ってますよ。『も』って!」
「だから不可抗力だって! 祥子が思ってるような事は何もな――」
「私が思ってる事ってなんですか?」
「いやだからそれは……」
この後も暫く千聖君への追究は続いた。
それにタジタジになっている千聖君が、何だかとても新鮮で可愛かった。
そして――
言いたい事を千聖君にぶつけてしまたったけど。
そんな私に言い訳をしてくれる事が、何だかとても嬉しかった。
いつもお読みいただきありがとうございます(/・ω・)/
なんとか年内に上げる事ができました。やればできる子ですよ私は(`・ω・´)b
これにて第三章は終わりとなりますが、如何だったでしょうか。
少しでも気に入って頂けたならポチポチっとお願い致します。
それでは皆様、良いお年を(*´ω`)ノ




